緑
緑茶さん (8z88g5i0)2025/9/19 22:59 (No.142546)削除「で、何の用だ。女王様がわざわざこんな組織の拠点に来るなんて…」
「私がここに来たら何か不都合でもあるんですか?」
「そうは言ってないだろ。相変わらず話が通じない女だな」
蒼月の瞳が、その閉じられている瞼をじっと見つめる
永い付き合いだが、お互いのことはほんの少ししか理解していない
干渉は諸刃の剣だ
そう易々とできる訳ではない
「ふふ。冗談ですよ。貴方も変わらず冗談が通じない人ですね」
「安心してください。今日は少し、お話がしたくて来ただけですから」
「………お前の妹の話をするだけなら今すぐ出て行かせるが」
「違いますよ!もう!確かにあの子にも関わる話ですけどね、違います!」
「はぁ…。話が進まんな。手短に話せ」
溜息を吐いては、茶番のように続く会話を終わらせようとする
この女と話すのは嫌いだ
己の妹の慈愛と似ている、氷を溶かそうとする温かな火
大嫌いだ
「先日、モイラ様から手紙が届いたんです。そこに『背後に迫る邪に注意せよ』と書かれていたんです」
「……彼女らの糸が何かを察知したと?そう言いたいのか?」
女王は静かに頷いた
蒼月の瞳の男は、少し思案する
あの運命の女神は時たま人を弄ぶような言動をする
今回だってその可能性はある
「気にしすぎだろう。アレらの戯れに付き合う難癖はよせ。時間の無駄だ」
「……そう、だと良いんですけどね」
「そんなに心配ならば何故ひとりで来た。お前は他の奴らとは…」
「ええ、わかってます。わかってますよ」
「私は他の人たちとは違います。権能が不完全です」
「自らそうした癖によく言う」
嘲るように、軽蔑するように溢した
彼女が昔にしたあの行為は、はっきり言って異例も異例すぎた
何故なら女王はとある少女に大事な瞳をふたつとも捧げたから
そうして彼女の権能は欠けてしまった
「今更己の選択を悔やみでもしたか?それで俺に助けを乞うと?」
「そんなことしませんよ。それに…」
「私はあの選択を悔やむことは絶対にありませんから」
「狂ってるな」
「はい?」
「ティターニア…お前は狂ってるよ」
冷たく、それでもはっきりと言い放った
理解できない目の前の女に対して
男にとって彼女は得体の知れない化け物のようだった
「アレは…あの女は、お前の妹でも家族でもない。その行いに見合う存在でもな…」
「フェリスは私の妹です」
「愛してる妹の為なら、この身を削ることを惜しみません」
「それは貴方も同じでしょう?」
「アイツを守れなかった俺への嫌味か?」
「いいえ?でも私たち、同じだと思うんです」
男は思いっきり顔を顰めた
それは自覚なしでありながらも、最大限の侮辱であった
「俺とアイツはお前たちとは違う。ちゃんと血の繋がっている家族だ。一緒にするな」
「細かいことは良いんですよ。そこに愛があるのは間違いではないでしょう?」
その言葉に思わず沈黙を走らせてしまった
だってそうだから、違わないから
最愛で、たったひとりの家族を愛していない訳がないから
「何が言いたい」
「守れと言うのなら俺はする気はない。他所を当たれ」
「守って欲しいとは言いません。ただ…」
「もし、私に何かあった時…その時はフェリスのことを見て欲しいんです」
「何故俺に頼む」
「理由はわかるでしょう?」
嗚呼、わかるさ
わかっている
わかっているからこそ聞いた
「よく俺に任せようと思えたな」
「貴方は優しいから。だからしてくれるって信じてますよ、アダムさん」
その数週間後に、ティターニアは寝たきりになった
言われた通り、あの女の妹を見る為に王城にまで足を運んだ
「なに。今お前に構う余裕ないんだけど」
「だろうな。俺だって来たくて来たわけではない」
「じゃあ何?冷やかしにでも来たわけ?」
「お前があの事を気にしているようだから助言を言いに来ただけだ」
「お前は姉を守れなかったことを悔やんでいるようだが…お前が悔やんだところで何も変わらない。それに…」
「あれは避けることのできない害だった」
「……だからお姉ちゃんがああなったのは仕方ねぇって?黙って受け入れろって?…ふざけんな。ふざけんなよ!仕方ないもクソもあるかもんか!そんな言葉で納得するわけねぇだろ!」
「…………そうだな。だが、今何をしても現実は変わらん」
「ティターニアは寝たきりになった。お前は姉を守れなかった」
「ただそれだけの話だ」
「………なんだよ。何が言いたいんだよ」
深海のような瞳を蒼月の瞳で見つめる
たとえ言ったとしても伝わらない
だが言わないと言う選択肢はない
「お前は誰も守れてない。ずっと守られてきただけだ」
「だが教えてやる。この世界にはどうしようもできねぇ現実ってもんがあるんだよ。どれだけ努力しようが夢見ようが、人にはどうしようもできねぇもんが必ずある」
「それがこれだったってだけだ。ティターニアを守れなかったこと。それはお前が悪いことじゃない。自分を責めても何も変わらん」
「そう言う現実を受け入れることも必要だ。仕方がないことだったと」
『仕方がないことだった?』
姉が寝たきりになったことが?
守れなかったことが?
それら全てがそんな言葉で片付けられて溜まるものか
「いい加減にして!お前が妹を守れなかった気持ちを私に押し付けないでよ!」
「まだお姉ちゃんは死んでない。だから」
「だから…」
「仕方がなかったって…勝手に終わらせようとしないでよ…」
嗚呼、腹が立つ
弱いから大切な家族を守れない自分
そんな自分と似ているこの女
腹が立って仕方がない
「じゃあなんだ?今から何かできたとして、それでお前は胸を張って守れたと言えるのか?笑えるな。あの女の体から血は流れたのに、それから見て見ぬふりをし、それで守れたと言う気か?」
「だとしたらお前は、自分の心を満たす為に姉を利用しているだけだ。誰かを守れたと言う称号が欲しいだけの、ただのお子様に過ぎない」
「……言う訳ないじゃん」
「今から守れたとしても、それはお母様とお父様が望んだような守り方じゃない」
「でも…。だからって何もしないのは嫌なの」
「今度はお姉ちゃんを死なせない為に…」
「お姉ちゃんが大好きな世界を守る為に…」
「私は動かないといけないの。イヴさんを失って何もできなくなったお前とは違うの」
後者の言葉に対しての反論は、しなかった
そんな称号目的で何万年も我慢ができる訳ないだろう
なんて、言える筈がないから
「なら…憎しみの使い方を考えろ」
「……は?」
「その感情を使い、どう動くか。何をするかをその頭でよく考えろと言ってるんだ」
「口だけならなんとでも言えるだろ」
口だけの奴
そんな奴が大嫌いだから
「言われなくてもわかってるよ」
口だけの奴になりかけてしまったから
自室に戻り、ドレッサーの前に座る
鏡に映る自分の顔を見つめる
短い髪、薄く濁っている瞳
嗚呼、似ていない
あの人に似ていない
あの人になりたいとは思わない、あの人は唯一無二だから
ただ一緒にいて欲しい
隣にいて欲しい
手を繋いで欲しい
ただそれだけ
「フェリス、戻った?アダムさんと何話して…」
「フェリス、その髪…」
「ロス。私決めた」
「お姉ちゃんをあんな目に合わせた奴を殺す」
「あの化け物みたいな奴らをひとり残らず殺す」
「私にできることは、もうそれしかない」
「私にはお姉ちゃんしかいないの」
長く伸ばした髪を揺らしながら、フェリスはそう言った
花を手折った
健気な花だった
人を殺すことを躊躇う花だった
「これで良かったのか?」
また手折った
何度目だろう
後何回するのだろう
「……だから嫌いなんだ、あの姉妹が。どちらもイヴに似てるから」