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緑茶さん (8z88g5i0)2024/5/25 23:51 (No.106150)削除
【rosa blanca y trébol blanco】

同じ銀の髪

柔らかく儚い肌

純白のドレス

花に彩られた化粧

眠り姫のように起きない姉

辛くない、苦しくない、悲しくないと言えば嘘で、それでも無力なシアワセには信じることしかできなくて

それがどれだけ歯痒く、そしてまたシアワセを苦しめることかは想像に容易いことであろう

姉は50年前からずっとこの状態

どうしてこうなってしまったのか

何か悪いことをしたか?

罪を犯したか?

誰かを不シアワセにしたか?

そんなことしてないだろう

ならなんの罰なのだ

なんのための試練なのだ

何故自分が、何故姉が、どうしてと嘆くことしかできない無力さよ

どうして自分では無く姉なの

自分なら良かったのに

姉がシアワセなら、自分はシアワセじゃなくても良いと言うのに

どうしてそれを叶えてくれないのか

涙は流れる

けれどそれを消すように、何回目かも分からない動作で、目を擦る

いつしか染み付いてしまった癖

悲しい時や苦しい時、辛い時、痛い時は決まってフェリスはこの動きをしてしまう

すぐに涙を拭うように

泣いたって意味が無い

涙は人を変えない

だから泣かない

泣いてもすぐに涙を消す

どうしたら目を覚ましてくれるの

どうしたら前みたいに笑いながら名前を呼んでくれるの

どうしたら

ふっと切れたように、意識が白く混濁する

その中で見たのはやはり、シアワセを今はそうでは無いと知らず残酷なものであった













『フェリス。私の可愛いフェリス』


『どうしたの?また絵本読んで欲しいの?』


『フェリスは本当にいい子ね。私の自慢の妹よ。』


『シロツメクサのように愛らしいフェリス。』


『あなたは____になってね。』














白昼夢でも見ていたのだろうか

だとしたら、最悪な白昼夢だ

こんなにも残酷な夢があってたまるものか

どうして今、過去の姉を思い出すのだ

思い出したって、姉の状態が変わることは無いと言うのに

なら、何故見たの

どうして見てしまったの

ポツリと始まりの雨のように呟いてしまった


「無理だよ」


「無理だよ、お姉ちゃん」

それは無理だ

だって"今"がシアワセでは無いと言うのに、どうシアワセになれと言うのだ

今がこんなにも苦しくて痛いのに

シアワセになれるはずが無い

シアワセになって良い資格が無い

だからシアワセになれない

なりたいけれど、ならない

あなたはシアワセのことをシロツメクサのようだと言ったけれど、それは違う

だってそんな愛らしさは無いから

だからあなたの方がそうだ

あなたは白薔薇だ

死んだように寝ているのに温かい姉の手を握る

その手に落ちたのは何か

ただその言葉は、誰かに聞こえることはなかった

「もうひとりはやだよ…」

この言葉をいつか、誰かに言えるたら良いな、なんてそれすら言えないけど
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うなぎさん (91huqvhv)2024/5/25 11:05 (No.106095)削除
ルインズの休日:旧友とのレースゲーム編




 夕方。

 二人の男が、何かを掛けてやっているようだった。

 片方は紅が二つ混ざった髪色で、もう片方は薄紅色。そしてもう片方の男には、紫色の髪をした男が付いてる。

 どうやら、久々に会った旧友の出会いのようだ。喧嘩ではないが、せっかく遊ぼうというので提案に、酒を飲む時の支払いをどっちがするかという賭けをするようだ。割り勘という頭はない。

「久しぶりだな。せっかく飲みにいくなら、かけようぜルインズ!どっちが奢るか!」
「涼太、構わないが大人になってゲームでなんとかするのはあれじゃねえか」
「学生時代を思い出すことも必要ってわけさ」

 二人とも、レースゲームの筐体に座る。硬貨を入れ、いろいろいじってる。

 この男たちがやるのはラリーレースのゲーム。天空都市はその構想上、あまりレースをするのに向いてない。故にこうしたシュミレータ上でのレースが人気を博しているのだ。

 亮太と呼ばれた男は、車を選んで待機してる。早めに決めたのもあってか、グータラして待機中。選んだ車はGT-R、サーキットにおいて無類の強さを発揮した車だ。

 一方、ルインズは少し考えてた。

「ルインズ、どれを選ぶんだ?」
「ああ?」

 ルインズに話しかけた男、ルーナは何かを聞いてる。

「相手のはわからんが、お前は勝てるような算段は経ってるのか?」
「もちろん。俺が選ぶのはこれだ」

 指が差されたのは、白い車。

「ランサーエボリューション?どうしてだ?」
「そう、ランエボ。正確に言えばランサーエボリューション6.5、オンロードのラリーレースに特化したものだ。馬力とかも設定できるなら少し落とそう」

 二人で固まってる方の、運転手。ランエボの数値をいじりながらも、彼はルーナに話を続けた。

「こいつには面白い機能がついてるんだ。ミスファイアリングシステム、知ってるか?」
「ミスファイアリングシステム……?もしかしてアンチラグのことか」
「別名はそうとも言うな」

 ミスファイアリング、別名アンチラグシステム。ラリーレースで使用される車に使用されるタービンからエンジンに空気を送るシステムの一つのこと。

 本来車が進む時、アクセルペダルの踏み込みでエンジンが点火しガソリンを燃焼させることで駆動系にエネルギーが行くことで動き、ターボチャージャーがそのエンジンの燃焼で生まれた排気でチャージャー内にあるタービン(水車や風車が複雑化したもの)を回し、接続されている空気を圧縮するコンプレッサーを通じてエンジンに供給して、燃料を燃やすために必要な空気を送る。その繰り返しで車は動くが、この際踏み込みから小さい動きをいくつか経てエンジンが動くために、一度スピードを緩めると高速域に至るまでに回転数をまた上げる必要があり加速に時間を要する(これを俗にターボラグと言う)。

 一般的な車の移動では全然問題にならないが、レースにおいてはずっと早く移動するためにカーブを曲がった後の失速でも致命的な敗因になりやすい。故に、エンジンの燃焼で出てきたガスをエンジン内で点火しないよう遅延し排出するための排気管、上述のエンジンの排気を送るターボチャージャー内のタービンに繋がるエキゾーストマニホールドと呼ばれるところでガスを燃焼させて小さい爆風を起こしてタービンを回し続けることでエンジン内に持っていく空気をアクセルを踏み込んでなくても多めに持っていけるためエンジンが高速域の稼働をしている状態から減速時に加速力を落とさない。

 つまり”いつでも全力疾走ができる状態をキープするシステム”がルインズの言うミスファイアリングシステムのことだ。

「あいつに奢らせるためには全力を出す、と言うわけか」
「レースゲームにおいては、足回りの強化が大事になる。つまりこれも、立派な選択だと思ってもらっていいぜ」
「一般社会で学んでたのはデザインだけじゃないんだな」

 ともかく車を選んだルインズ。

 そうして画面は切り替わり、コースの全体図が映る。全体的に直線とカーブが半々くらいのコースだ。最初は直線が多いが、終盤に行くにつれてカーブが増える。最初に大きく突き放す、というわかりやすいステージだ。

「じゃあはじまるぜ!ルインズ、オレに持ち込んだこと後悔するんだな!」
「いいだろう、考えなしに選んだんじゃないってこと思い知らせてやる」

 コースに写った二つの車。天候は夜、だけど晴れだ。

 3、互いにハンドルを握る。

 2、一速に入れてアクセルを踏む。

 1、クラッチをゆっくりと離す。

 そして、二つの車はスタートの合図と共に走り出した。

 お互いに綺麗にクラッチを繋いで、だんだんとギアを上げていく。

 コースのスタートは少し長めのストレートであり、速度と馬力を強化した涼太のGT-Rが最初のストレートの3割で大きく前に出た。

「なんだ、ルインズが異様に遅い。いじった時に馬力を落としたのか?」

 そう言いつつも、涼太はアクセルを踏んで進み続ける。この時点でランエボの車体が三つほどの差は生まれてる、故に彼の心には余裕が生まれていた。

「突き放されてるぞルインズ」
「大丈夫、俺にはちゃんと秘策があるさ」

 ただ、そんな秘策も今はまだ出す時はない。直線は力の比重が大きい、故に速ければ正義だ。そんな単純勝負のタイミングは、とにかくミスをしないで追いつくことに限る。

 GT-Rが曲がったタイミングにツーテンポ遅れて、ランエボも曲がる。立ち上がりだけ見ればやはり、加速力が優れるランエボの方が早い。だが、まだ序盤、直線が多いエリア。故にまだ差が埋まる時ではない。

「やっぱ突き放してくるか。当たり前か」
「それはな。しかしあのGT-R、だいぶパワーを上げたな。だが加速力が少し劣ってるか」

 ルーナは画面を見て分析している。

「コースの序盤は直線が多い。つまりここで速度を上げつつ大きく突き放し、減速前提で突っ込んでこっちの加速を間に合わせない作戦だな。ポピュラーだが、基礎を突き詰めるためにいじっただけの事はある」
「後ろから抜くのはロマンだが、実際やろうとすると失敗事例も多発するからな。だけど俺はそれも織り込み済みだ。抜くタイミングは最初から一つだ」

 ランエボも加速して、GT-Rのバックライトがとらえる範囲で追跡してる。

 序盤も全くカーブがないわけではない。スピードに波がある以上、その波を素早く埋められるルインズ側にも一応のカードはある。故に追いつけなくとも、見失う事はない範囲を前後しながら相手を追って反撃の時を待つ。

 先行している涼太も面白いと思いつつ、少し焦っている。

(思ったよりも離せてないな。加速力は最大速度のために少しローにしたのはあったが、やはりこのコースだと採用するのは微妙だったか?いや、にしたって相手が追いつくスピードが早すぎる。ん?)

 カーブを超えた後ルインズが接近するタイミングで聞こえる音。

 バン、バン!という銃声に似た音が響く。

「うるさいな」

 そう溢さずにはいられなかったが、それに伴い一つの可能性が彼の頭をよぎる。

(つまりあの音を発するシステムが相手の加速力をカバーしてる?そんなシステム、なんだ?タービンを無理やり回してるのか)

 色々な疑念がよぎりつつも、だんだん短くなる一個の直線を全力で引き剥がす。

 そして追う側は、ジリジリと近づきつつあるGT-Rに多幸感を覚えていた。

「そう簡単にはスピードを落とさないか。当たり前だな、お金掛かってて緩める奴はいないよなあ」
「しかし、このままだといくらカーブが連続しても間に合うかどうかは分からないぞルインズ。どうするつもりだ?」

 カーブが増えてきた中盤を超えたが、距離は縮まらない。だが、ランエボに乗っている男はこれで動揺してない。なんならここからだ、という笑みを浮かべてる。

(バックミラーから消えている瞬間が増える、ほんとにおさらばだぜルインズッ!)
(最高のナイトメアを見せてやる!)

 二人の思考が奔り、後半。カーブの増加に合わせてカーブが増えていく中で、ルインズの方からカーブのせいでGT-Rが画面から消えた。車体から出たハイビームが、先を薄ら照らしてる。

「見とけよルーナ。俺のとっておきだ!」

 相手がこっちを見れないことを確認したルインズは、夜道にしては危険な賭けをする。

 ランエボのライトを消して、先行した涼太のGT-Rのライトの動きを頼りにカーブを曲がり続ける。

「正気か?」
「大真面目だよ。効果は出てくるさ」

 ルインズは真面目に、笑わずに運転に集中する。

 カーブのたびに放たれる銃声のような音。まだ先行してる涼太は、異変に気づく。

「なんだ……!?」

 バックミラーを見てもランエボは見当たらない、しかし銃声のような音は響き続ける。でもどこにもいない。

「どこに消えた!?」

 驚くが進むスピードは著しく遅くなることもない。

 そしてそのスピードを維持する走り方を見て、暗闇から追うルインズは効果を感じていた。ミスファイアリングによる低速コーナーの復帰力の高さで段々とGT-Rに接近してる。

「見ろよルーナ。効果が出てるようだぜ」
「そうか、カーブを早くミスなく渡ろうとしたら原則に加えて制御のために車体の後ろがよく振れるのか。すると復帰するまでに時間が掛かるから」
「そ、追いつくスピードまで落ちるんだよ。そして触発させるためにもライトを落とす必要があったわけだ、なんでか分かるか?」

 ルーナは頷いて答える。

「どのくらい距離があるのかを把握しにくくすることで、追い抜かせないようにするよりも早めに辿り着くことが比重に置かれる。慣れてたらしっかり対策してくるだろう、だけど相手はそうじゃない」
「気持ちだけの先行になったら意味ないのさ」

 そうして、最後のコーナーに辿り着いた。

「驚かせてやるか!」

 ルーナは再びヘッドライトをオンにした。すると、ドリフト中のGT-Rに至近距離で追従してるランエボが現れた。

「んだと!?」
「逸ったな涼太!」

 大きく車体を傾けて、車線との角度が大きいGT-Rと、後続なのでそのまま接触させまいとしつつ車線との角度を抑えてるランエボ。

 ゴール目前のカーブの終わり。GT-Rの姿勢が戻る時に、ルインズはエンジンを思い切り踏んで自慢の加速力で相手の速度を凌駕して追い抜いた。涼太も負けじと抜こうとするが、ゴールまでの短い時間で、カーブでさえそこまでのハンデとならない車種であるランエボには敵わない。

 そうして、追い抜いたものがゴールし、レースの結果は明白となり画面に映し出される。

 ルインズが勝ったのである。

「よしっ!俺の勝ちだ!」
「嘘だろぉ……!?」

 負けた方は驚いてる。涼太はハンドルから手を離し、筐体から離れた。ルインズも離れて、涼太の方を見る。

「いつの間に来たんだよ!?」
「あの銃声が出たってことは、思い切り加速していることだ。カーブした後にブーストしてるんだ、そっちは度重なるカーブでスピード落ちるけどこっちはキープできる。最後に集中しててその前が全部軽いコーナーだけで大体直線ですってなら俺の負けだったけどな」
「たはーっ、やっぱそういうところは周到だよなルインズは」
「お褒めに預かり光栄だ。じゃ、お前の奢りで」
「仕方ねえ」

 そうして、三人で飲み屋に行くことになった。今回は涼太の奢りで。

 奢る方は少し残念そうにしてるけど、全力勝負で疲れた後の飯を楽しみにしている。

 ああ、大人になっても褪せることなき青春。これを享受している姿は、至福そのものだった。
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さん (8zf1pchi)2024/5/22 15:49 (No.105879)削除
【ちょいグロ注意】




シンクは再び廃墟へと呼び出されていた。

本当なら絶対に来たくなかった、絶対に言うことなんて聞きたくなかった。

それなのに言うことを聞くしかない。

そう刷り込まれているから。

何をされるか分からないから。

まだ廃墟に訪れただけ、それなのに自然と手が足が体が震える。

動悸が激しくなり、恐怖からか瞳に涙が溜まる。

立っているのもやっとの状態である。

今まで比較的平和に過ごしてきたシンク。

そのツケが来たのだろうか。

いや、元の生活に戻っただけか。

なんにせよ、シンクは夜鈴からは逃げられない。

「可哀想に、そんなに震えて…。何に怯えている?麗花」

後ろから話しかけてくる夜鈴。

その声はどこか楽しそうであり、そして嬉しそうであった。

「…は?」

勇気をだして振り絞った第一声。

だがその声も酷く震えて怯えているのが丸わかりだ。

震えながら恐る恐る振り返るシンク。

怯えた様子は隠せず、その様子を見て夜鈴はニヤリと口角の端を上げる。

夜鈴がどうするのか、シンクが様子を伺っていると夜鈴は指を鳴らした。

その瞬間、空気が変わったのを感じた。

だがその時、真横に刀が降ってくる。

それは次から次へとまるで雨のように降り注ぎ地面へと突き刺さっては消えていく。

だがその雨のような刀をシンクが避けられるか。

否、避けられるわけが無い。

慌ててバリアを張るものの、肩や腕に刀が刺さる。

とはいえ、ただ刺さっただけ。

引き抜いてしまえばなんともない。

少し出血はするものの、これだけならば問題ない。

バリアの強度はかなりのもの。

だが降り続ける刀に延々と耐えられるわけでもない。

バリアが壊れるか壊れないか、その瞬間に刀は止む。

自身を守りきったシンクに対して面白くなさそうな顔をする夜鈴。

「…つまらぬ」

一言呟くと降っていた刀の一振を掴んでいたのだろう。

その刀でシンクのバリアを破壊した。

「で?」

「…で、とは」

夜鈴はつまらなそうな顔をしたまま一言問いかける。

その問いかけに意味もわからず質問で返せば夜鈴は大袈裟にため息をつく。

その様子にシンクは肩を跳ねさせる。

「今守って何になる?これから何をされるか、もしや分からないと?」

夜鈴の言葉は紛れもない正論だった。

今、あの刀の雨をやり過ごしたところで夜鈴が満足して終わるはずもない。

今のうちに何かやり返さなくては、ダメージを負わせねば。

そう思うが夜鈴にかなうわけがない。

夜鈴が投げた刀がシンクの横腹を掠め音を立てて地面へと落ちる。

その瞬間どうだ、先程まで夜鈴に危害を加えようとしていたシンクの戦意が綺麗に消えてなくなった。

「ふむ、やはり智慧の剣は侮れんな」

戦意が消えてなくなると同時にその場から動けなくなる。

恐怖はあるのに、逃げたいのに、逃げられなくなる。

なぜ、どうして。

そんな事を考えていれば夜鈴は感心したように独り言を呟く。

智慧の剣、それは夜鈴の武器となる刀の1つで戦意と煩悩を払う剣。

少しでも身体を掠めれば簡単に戦意も煩悩も取り除ける優れもの。

それが他の誰でもない夜鈴の手にあるというのだから。

かつて、夜鈴の友人はその剣の力を聞いて呆れていた。

『君じゃなかったら誰かの役に立てたのにね』。

と。

正しくその通りだと思う。

夜鈴だからこそ、このような使い方をするが、本来ならば悪人の戦意を削ぎ、煩悩を削ぐ役割で使われるもの。

それがこのような、嫌がらせから逃げようとする姪を無理矢理引き止めるために使うものでは無い。

ゆっくりとした足取りでシンクの側へと近付く夜鈴。

その足取りに自然と喉が鳴る。

横を通り過ぎれば、シンクの横腹を掠め、地面に落ちた智慧の剣を手に取ればそれでシンクの太もも、腕、腹、首をわざと掠めるようにして振るう。

切り傷ができ、血が滲むものの少量。

死には至らない。

恐怖に怯え耐えるシンクの顔を見て楽しそうに笑う夜鈴。

「何も耐える必要は無いぞ?」

「ゔっ゙!!」

シンクの腹を渾身の力で蹴れば抵抗も出来ないままシンクは軽く吹っ飛び、地面に倒れて蹲る。

横向きで腹を抱えるかのように蹲ったシンクの横腹をこの間と同じ、棘のついた靴で踏みつける。

呻き声を漏らすシンクを見下ろすその瞳は凍ってしまいそうな程冷たく恐ろしいもの。

シンクに対する敵意も殺意も隠すことは無い。

『お前を殺す』、そう言わんばかりの視線と痛み。

抵抗も出来ず蹲ることしか出来ないシンクはそれを受け止め続けるしかなかった。

己の貧相な体を隠すかのように着ているコートがボロボロになるほど蹴り続ければシンクの横腹は見るも無惨な状態に。

痛みから涙を流し、痛みに耐えるために握りこぶしを作り力を入れていた手のひらは爪のせいで出血していた。

「…この間は幼子故、すぐに折れてしまったが」

意地悪くそこで言葉を止める夜鈴。

その言葉に青ざめるシンク。

すぐに折れた、否、すぐに"斬れた"の間違いだろう。

夜鈴は楽しそうに笑って智慧の剣を突き刺すように握る。

そして、案の定その剣をシンクの太ももへと突き刺す。

「い゙っ゙っ゙っ゙!!!!!」

この間と変わらない痛み、なのに抵抗する気にすらなれない。

それが智慧の剣だからだろうか、はたまた恐怖からか。

どちらにせよ、逃げることが出来ないこの状況では抵抗など無意味であり、抵抗しようものなら更に酷いことになるとバカでも分かるだろう。

「バルン」

「にゃにゃ〜ん♪」

夜鈴はその剣を刺したまま友人の名を呼ぶ。

バルンと呼ばれた青年。

間抜けなその声と着ているその白いローブは、以前シンクに魔法薬をかけた人物、その人だった。

バルンはトンカチを取り出すとそれを夜鈴へと渡す。

「本当にやるのかにゃ?」

「やるが?」

「ひぇ〜意地悪ぅ〜」

「貴様には後でしてやる」

「イヤンッ!楽しみにしとくネ♡忘れないでよダーリン♡」

「さっさと行けアホ」

「イヤンッ!冷たいのネそこもス・テ・キ♡」

くだらない友人同士の会話を終わらせればバルン再び元いた場所へと戻る。

そこにはバルン以外の友人が3人もおり、それぞれが楽しそうに見ていたり、引いていたりと様々な反応を示していた。

だがその友人達の気配にすら気付けない程シンクには余裕がなかった。

恐怖に怯え、更に今からされるであろう事に気がついたからだ。

「や、やめ」

「ると思うか?」

震える声で懇願しようとするがそれを冷たい言葉で突っぱねられる。

そして、バルンから受け取ったハンマーを振り上げると右手で抑えていた剣の柄へと叩きつけた。

「あ゙っ゙っ゙!!!い゙、ゔ…や゙ぁ゙っ゙!!!!」

骨を剣ごと叩かれた痛み、響く振動で剣が刺さった足丸ごと痺れるかのような痛みに呻くシンク。

だがまるでシンクの呻き声は聞こえないかのように夜鈴は均等のタイミングで叩き続ける。

まるで、岩を叩き切るかのように。

シンクが意識を手放そうとしても夜鈴が目ざとく気付き、横腹を踏む。

両方の痛みによって意識を手放せないまま呻くしかないシンク。

「ひ、い゙、や゙、や゙だ゙、や゙っ゙、あ゙、あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙っ゙っ゙っ゙っ゙!!!!!」

悲痛な叫び声を上げるシンクに夜鈴は尚も冷たい視線を向ける。

剣先を骨に付けられてハンマーで叩きつけられ続ければどうなるのか。

そう、折れたのだ。

骨が折れた痛みとそのまま剣が完全に突き刺さった痛み。

叫ぶしか無かった。

痛みに呻くしかなかった。

抵抗など出来ないのだから。

泣いてやめてくれなんて叫んだって聞いてくれるはずもない。

折れたまま放置されるより、斬られた方がどれほどマシか。

だが夜鈴は敢えて痛めつけるために斬らない。

実際、シンクの足にはジンジンと響くような痛みが続き呻き声を上げるしかない。

わざとハンマーをシンクの足の近くに落とせばその振動で痛み、また呻く。

横腹も、足も痛くてしょうがない。

それなのに、夜鈴を殺したいとも思えず物理的にも逃げることが出来ない。

智慧の剣、その剣のせいでシンクは夜鈴に殺意を向けられない。

誰がその剣を渡したのか、与えたのか。

それは他の誰でもない乐怡である。


その乐怡は少し離れた場所で2人のやり取りを楽しそうに眺めている。

目を細めて、口の端を意地悪そうにニヤリと上げて、とても楽しそうである。

「…………軽く引くんだけど」

「若いのぉ〜♪」

「そういう問題じゃないでしょ…」

若い声の主と短く言葉を交わす。

若い声の主はどうやら夜鈴の行為に引いているようで、それを訴えても乐怡は何処吹く風。

楽しそうに笑うばかり。

共に見ている他の2人も楽しそうに眺めており、若い声の主は頭を抱えた。


そんな4人のやり取りに目も向けず夜鈴は痛みに呻くシンクを見下ろす。

剣を足から抜けばついた血を振り払う。

そして次に目をつけたのは腕である。

「え゙、あ゙…」

何をされるのか分かったシンクが嫌だ、と首を横に振るが辞めてくれるはずもない。

夜鈴は足を上げるとシンクの右腕へと勢いをつけて下ろした。

「い゙っ゙!!!ゔ…あ゙、ぐぅ゙…」

靴の裏についた棘がシンクの腕を刺す。

何度も何度も、先程やられた横腹のようにグチャグチャになるまで腕を踏みつけられ続ける。

出血多量、肉は抉れ、骨が見えるほどグチャグチャである。

最早ほとんど意識がない状態のシンク。

涙を流しながら小さく呻くことしか出来ないシンクを見てつまらなそうな顔をする夜鈴。

意識を無理矢理戻そうとしたのか剣を振り上げ刺そうとする。

「もうやめなよ、夜鈴」

それを制止する若い声。

「…止めるな阿玖里」

「死んだらどうするの?本末転倒でしょ」

阿玖里、そう呼ばれた声の主はため息をつきながら夜鈴の肩に手を置く。

阿玖里の言葉に夜鈴も言い返せないのか大人しく剣を下ろすと不機嫌そうに腕を組んだ。

「うわ……ありえな…」

シンクの症状を見た阿玖里は引いた様子で小さく呟く。

能力を使いつつ治してやれば、夜鈴を鋭く睨みつける。

「あのさ、俺がいるからなんとかなってんの。わかる?」

「…」

「誰が黙れって言ったよ、こっち見ろ」

自分よりもだいぶ年下の友人に叱られる夜鈴。

それを離れた場所からケラケラと見つめる乐怡とバルン、そしてもう1人。

「ねーねー、ルーくん」

「なんじゃ?」

「ユノも、その『ヘラ』って子を見つけたら同じことしていーい?」

「好きにせよ、妾は止めぬぞ」

「やったぁ〜!」

無邪気な顔で楽しそうに笑う青年、ユノ。

おそらく、この場で1番まともなのは夜鈴を説教している阿玖里であろう。

「おい、お前らもこっち来いアホ共」

どうやら夜鈴への説教はケラケラ見ていた3人にも飛び、気を失ったシンクの目の前には、シンクよりも年下な青年に正座をさせられ叱られている4人がいた。

シンクの体は阿玖里のおかげで綺麗さっぱり怪我が治っていた。

だが精神的疲労はかなり蓄積されているはず。

怪我は治ったものの、夜鈴の狙い通りに事は進んでいるようだった。​
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さん (8zf1pchi)2024/5/19 17:40 (No.105656)削除
【ちょいグロ注意】




呼び出された廃墟の中。

本当なら来たくは無かったのだが逆らえばどうなるのか。

シンク本人が1番よく分かっていた。

呼び出された廃墟に人の気配はしない。

10分待って誰も来なかったら帰ろう、そう考えていた矢先。

「にゃんにゃんにゃ〜ん♪」

なんとも間抜けな声が聞こえたかと思えばシンクに液体がかけられる。

「にゃっはは♪イーくんに頼まれたからにゃあ??頑張れにゃ〜♡」

相手の姿を見ることも出来ず急激な眠気に襲われてその場に倒れてしまう。

意識を手放す直前に見えたのはゆらゆらと浮かぶ真っ白なローブだけだった。










痛みと共に目覚めた時、彼は立っていた。

気持ち悪いものを、まるで汚物を見るかのような顔でシンクを見つめていた。

起き上がろうとした時、異変に気づいた。

手が小さい、いやそれだけではない。

体全部が小さくなっており、髪の毛も元の金髪へと戻っている。

これは、一体なぜ。

そして思い出す、あの間抜けな声と掛けられた液体。

それが魔法薬だったとしたら、もしかけられたのが体を幼児期に戻すものであったとしたら。

シンクの顔がサッと青ざめる。

「随分と惰眠を貪っていたな、麗花」

シンクが恨めしそうに彼を見上げる。

彼は未だ汚物を見るかのような目でシンクを見下ろしており、眉間に皺を寄せている。

「私が呼んだにも関わらずそのような姿で現れるとは…。バカにしているのか?」

苛立ちを隠さない彼の声。

しかしシンクも怯まない。

「アンタが頼んだんだろ、あのクソ野郎テメェに頼まれたって言ってやがったぞ」

睨みつけて言葉を返すシンク。

その声はやはり普段の中性的な声ではなく、幼少期の少女の声。

シンクの言葉を聞き彼は舌打ちをする。

どうやらあの間抜けな声の主が、彼自身が頼んだことを言ったのは誤算だったらしい。

再びシンクを見つめるその目は先程とは違って殺気を含みながら睨みつけている。

お互いがお互いを睨みつけている最中に声が響く。

「夜鈴、俺ら先行ってんよ」

「あぁ、構わない」

それは彼、夜鈴の友人の声である。

若いその声の主は他に3人連れているらしくその3人を引き連れて気配が消えた。

「…して?惰眠を貪る牝羊には仕置が必要か」

冷たく発せられた言葉。

その言葉で気付いた。

目覚めた時の痛みとシンクの脹脛に突き刺さった物を。

「ひ、いっ…!?!?!?」

反抗的な顔が再び一気に青ざめて突き刺さった物、刀が引き抜かれると同時に痛みに呻く。

「泣くな泣くな」

楽しむかのような、蔑むかのような声。

引き抜いた刀を今度は同じ足の太ももへと突き刺す。

だが刺し所が悪かったらしい。

横たわっており、足を重ねるようにしていたためか、刀は両足の太ももを貫いた。

「い゙っ゙……!!!!!!!!!!」

自然と涙が溢れ、その場に蹲るようにして痛みに耐える。

幼い頃は当たり前だった、これが日常だった。

いつからか、比較的平和に過ごせていたシンクからすればこの痛みは耐え難いものだった。

「…ふむ」

夜鈴は再び刀を引き抜けば何を考えたのか刀の握り方を変えた。

そして、骨と皮しかないシンクの膝上を切り落とすかのように刀を下ろす。

「い゙っ゙っ゙!!!!!!!…ぅ゙…あ゙…」

だがやはり骨を切るのは難しいらしい。

少ない肉は切れたようだが骨で刀が止まってしまう。

「…そうか」

独り言のように呟くと夜鈴は刀から手を離した。

終わるのかとシンクが期待したのも束の間。

「あ゙っ゙、ゔ…や゙ぁ゙あ゙っ゙!!!!!!」

刀が刺さったシンクの足を、夜鈴は刀ごと踏みつけた。

体重をかけられた踏まれた刀と足。

幼少期の姿に戻っている、ということは骨は今よりも脆く細い。

ただでさえ大人が力加減を間違えれば簡単に折れてしまう子供の骨。

それが刀と共に大人の体重で踏みつけられたら。

「い゙……ぅ゙…」

もう声にならない声をあげるしかないシンク。

泣くことしか出来ず、逃げ出すことも出来ない。

「片方だけか、つまらぬ」

骨が折れたと同時に切れたのは片足のみ。

それを見て夜鈴はつまらなそうに呟いた。

痛みと疲れからグッタリとしたシンクを見ても何も思わない夜鈴。

泣きながら肩で息をしていても夜鈴は労ることもなく切れた足を蹴り飛ばして、背中を思いっきり踏みつけた。

「い゙っ゙っ゙!!!や゙、あ゙!!!」

踏みつけられたシンクは痛みに悶え呻く。

それもそのはず。

夜鈴の履いていた靴には無数の棘のようなものがついており、それで背中を踏みつければその棘全てが背中に刺さる。

「うるさい、喚くな」

叫び声のような声を上げたシンクにイラついたのか、何度も何度もその小さく薄い背中を踏みつけ、時折体重をかける。

その度に棘が背中に刺さり、血がどんどんと溢れ出てくる。

しばらくして飽きたのか、踏みつけるのを止めると足を背中から下ろす。

背中からも、切れた足からも大量に血が溢れる。

本当なら失血死をしてもおかしくない。

だが死ねないのはシンクが龍の血を引く者であるから。

人より丈夫なその種族のせいで死ねずに痛みに呻き泣くだけ。

抵抗も出来ないまま泣いているシンクを見てつまらない、と言わんばかりのため息をつく夜鈴。

足でグッタリとしているシンクの体をうつ伏せから仰向けへと変える。

「い゙っ゙……ぅ゙…」

仰向けへ変えられた瞬間、自身の体重が背中にかけられ痛みに呻く。

横を向いて痛みを逃したいのに、動かす程の力もない。

夜鈴はそんなシンクを横目に見て今度は腹を踏みつけた。

「ゔっ゙、あ゙、や゙ぁ゙っ゙っ゙!!!!」

痛みに呻くシンクを見ても表情一つ変えない。

背中の時のように何度も踏みつけて棘を刺す。

血だらけになった腹を見て夜鈴はようやく足を下ろす。

刀を持つと剣先でツゥーと臍の下辺りを裂く。

もちろん麻酔などしているわけない。

「あ゙ぅ゙、い゙、」

痛い、確かに痛いのだが先程切られた足に比べればまだマシである。

そして切った腹をどうするのかと思えば、思い切り刀を突き刺した。

「い゙っ゙っ゙!!!?!?!?」

何をされたのか分からない、なぜ刺されたのか分からない。

わざわざ切ってまで刺す必要があるのか?

混乱する頭で必死に考えるシンク。

だがその答えはすぐに夜鈴の口から明かされた。

「元より自分で刺しているのだから慣れているだろう?それに…子など孕めずとも問題ないだろうしなぁ」

夜鈴が狙って突き刺したのはシンクの子宮。

ただ突き刺すだけでは子宮から外れてしまった場合何度も突き刺さなければならない。

そんなめんどくさいことをするぐらいならば裂いて目視してから刺した方が間違いないと思ったようだ。

そもそも、シンクがストレスが溜まった時に刺しているのは腹。

決して子宮ではない。

それを夜鈴が刺し、ましてやシンクの数少ない夢を潰すような発言。

ここで改めてシンクは絶望したような顔を夜鈴へと向けた。

それを見て表情一つ変えなかった夜鈴が初めてニヤリと笑った。

「ぁ…ぅ、あ…」

涙を流すことしか出来ず、言葉を紡げないシンクを見て夜鈴は楽しそうにクスクスと笑う。

満足したのか刀を振り抜いて血を払う。

「よいよい、反省したようだな。次からは、気をつけろよ?」

わざわざ屈んで言い聞かせるように言うとシンクに背を向ける。

「夜鈴、治した方がいいの?」

絶望と恐怖と痛みの狭間で薄れゆくシンクの意識。

そんな中聞こえたのは先程の若い声。

夜鈴と何やら会話をしているようだが、それを聞き取る間もなく意識を手放した。​
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ヘルさん (90xdn9d1)2024/5/19 14:55 (No.105641)削除
【猫を拾った】
雨が降る初夏の昼

夕は街に来ていた

今日は久々の休み。お買い物だ。
だけど蒸し暑く、ジメジメとしている、まだ梅雨ではない。
最悪すぎる。早く帰ってお風呂はいろう、なんて思いスタスタと歩く。
とあるお店を通り過ぎようとしたら


にゃー


と小さく声がした。

猫?なんて思って声がした所を見るとダンボールが、

その段ボールに近づき覗いたら白猫がニャーニャーと鳴いているではないか、

…気づいたら体が動いていた、自分が走れる全速力で、段ボールを持って、

部屋に着いたらお風呂に直行。自分もラフな格好になり、

まずは猫を洗うか、汚れが多いな、なんて思いつつ

熱くない、冷たくないような少しぬるいお湯で猫の体をわしゃわしゃと洗い流す。

ついでに自分も濡れたので自分もシャワーで綺麗にした。

お風呂を上がって、猫の体をタオルで拭き、自分も拭く。

パーカーに着替えて猫をドライヤーで乾かす。

終わったら自分は自然乾燥でいいかと思い、買ってきていた牛乳を煮詰めて、

少し冷まして猫に与える。どうしよう、飼おうかな、なんて思い。

ならば病院も行ってみるか、なんて、名前どうしよう。

白い毛並みにオッドアイの瞳。

……どうしようかな、白い…雲……お菓子…………マシュマロ……


マシマロ……ましまろ……

ましまろでいいか、そう思い、命名、ましまろ。

よし、ましまろ。「ましまろ〜、」試しに言ってみたらにゃー、と

ぱぁ、と顔を明るくして、ニコニコとする。今日のところはこのままでいいかな、

明日また、病院とか、行ってみるか、なんて思って

雨だしね、眠いしな、なんて思ってましまろこと猫も眠いらしく寝てしまった、

自分も寝た。
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さん (8zf1pchi)2024/5/17 23:39 (No.105508)削除
ロディが歩いているのはとある廃墟の中。

彼の主人であるリーが請け負った猫探しの依頼。

その依頼にロディも駆り出されていた。

二手に分かれて猫を探していた時、たまたまその猫が廃墟の中に入っていくのを見た。

どこをどう見ても悪魔や呪いが居そうな雰囲気が漂う廃墟。

しかし見つけたのなら入っていくしかない。

その廃墟に足を踏み入れて十数分。

どこを探せど猫はいない。

すると何処からかチリンチリン、と鈴の音が鳴る。

それは廃墟の奥の方。

禍々しいオーラがある場所。

ロディの強さでは向かうべきではない。

「失礼レディ?」

勢いよく振り向くロディ。

ロディの後ろに立っていたの白いファーのついた黒いコートに身を包んだ銀髪の青年。

物腰柔らかそうな表情を浮かべている彼はロディを見て不思議そうな顔をした。

「このような場所で貴女のような麗しいお方が一体何を…?」

まるで息をするようにロディの容姿を褒める青年にロディは眉間に皺を寄せた。

「…失礼、迷い猫を探していまして」

「なるほど迷い猫…」

ロディが冷たく突き放すように答えれば青年は口元に手を当てて考え込んでいるようだった。

ため息をつきつつ、青年を撒いて行こうかと思っていた時先程と同じく廃墟の奥から鈴の音が。

「なるほど、あの奥のようですが…」

青年もどうやら気付いているらしい。

奥から漂う禍々しいオーラに。

きっと奥に進めば悪魔か呪いがいることは確定している。

どれほどの強さかも分からないがこれほどまでのオーラ、逆に強くない方がおかしい。

「…こんな状況で申し訳ありません。1度名乗らせてもらっても?」

青年は廃墟の奥を見つめた後にロディの方を見てニコリと微笑む。

ロディがそれに頷けば青年は左手を胸に当て軽く会釈をした。

「私はアルク=スィニエーク。エスポワール魔法団の幹部をしております、どうぞお見知り置きを」

優雅に名乗った青年、アルクは顔を上げるとまた微笑んだ。

ロディはため息を漏らしつつアルクの方へ向く。

「こちらこそ、名乗るのが遅れて申し訳ありません。私はロディ・ヘルアトース、しがない執事です、よろしくお願いいたします」

こちらも優雅に自己紹介をする。

決して微笑むなどの愛想は見せないが。

ロディの自己紹介にアルクはまた微笑む。

「では早速ですがロディさん、ご協力をお願いしても?」

「もちろんです」

アルクはこの先の戦闘の事を考えてロディに協力を仰いだ。

それにロディも同調し、能力で武器を生成してみせる。

それに『おぉ』と驚嘆の声を漏らすアルク。

「どうやらレディは私が今まで出会ってきた方々の中でもずいぶんと素晴らしい方のようだ、貴女のような方に出会えて私は幸せ者ですね」

「お世辞は結構です」

アルクのお世辞を受け取ることもなくロディは先に廃墟の奥へと進んでいく。

そんなロディの態度にクスクスとアルクは笑ってからロディへと小走りで駆け寄った。
























「ズルイ…ズルイでしょう?どうして"私達"は愛して貰えなかったのに貴女は、この子は愛されるの?」

目の前で腹を裂かれ、痛みや困惑、ショックから涙を流すことしか出来ない女性に対して語りかけるピンク色の髪をした少女。

その顔は笑顔であるものの、髪にも顔にも可愛らしい服にも血がベッタリとついている。

その右手には血の着いたナイフと左手には首だけになった胎児が。

「だからね?私は殺すの。妊婦も、赤ちゃんも」

楽しそうにニヤニヤと笑う少女。

まるで遊んでいるかのようだ。

楽しそうに高笑いをするとそのまま胎児の頭もバラバラに切り刻む。

その場に残るのは肉片のみ。

母親はそれで理解した。

自分がどうなるのか、を。

「じゃあね、あっちで会えるといいね赤ちゃんに」

ニッコリと優しく笑って見せた少女はそのまま母親の心臓を一突きすると息の根を止める。

そして再び切り刻み始めるのだ。

跡形も全てなくなるまで、徹底的に。

少女の足元に残るのは大量の肉片。

初めて見た者はこれが人間であったとは思わないだろう。

「あら?いらないお客さん達…しかも、片方は欠陥品」

己に近付く2人の気配を感じ取って楽しそうに笑う少女。

『片方は欠陥品』、そう言って口の端を意地悪そうに上げた。









辺りを漂う鉄の匂い。

おそらく血であろうそれは、奥に進めば進むほど強くなっていく。

ロディは思わず服の袖で鼻を覆った。

耐え難い血の匂い、嫌なことを思い出す。

アルクも同じようにハンカチで鼻を覆った。

これ程までに濃い血の匂いはスラム街ですら経験したことがない。

きっと、自分ですら耐え難いのだからロディはもっと耐え難いのであろう、と考えそちらを見れば不快そうな顔で服の裾で鼻を覆っている。

「レディ」

アルクは自分が着ていたコートを脱ぐとロディの肩にかけた。

その行動を訝しむロディにアルクは微笑んでみせた。

「私はハンカチを持っていますので、しかし1度私が口をつけてしまったハンカチは女性には厳しいかと…」

先にハンカチをロディに渡していれば良かったのだが、生憎アルク自身が使ってしまっている。

自分の口が少なからず当たった物を女性に使わせるわけにはいかない、と考えたアルクなりの配慮であった。

「…結構です」

「いえ、そうはいきません」

「…ありがとうございます」

断ろうとしたロディに対して頑なにコートを着せるアルク。

ロディは3度目のため息をついてそれを受け入れることにした。

アルクのコートを肩にかけて、そのコートをハンカチ代わりに鼻を覆う。

先程の血の匂いは消えないものの、アルクのコートの匂いと混ざって若干調和されている。

とはいえ本当に若干であるため気持ち悪いものは気持ち悪い。

なんとか嘔吐しないように気を付けながら進めば足元に転がる何かの破片。

よく見ればそれは肉片であり、辺りを漂う酷い血の匂い、そして転がる肉片。

最悪の事態を考えてロディの顔がサッと青ざめる。

「…レディ!」

顔を上げればピンク色の髪に可愛らしい洋服に身を包んだ少女がぷかぷかと宙に浮かんでいた。

見ただけでわかる、その少女がこの肉片を作り出した犯人であり、呪いであるということが。

「こんにちはお呼びでない来訪者様達?私はマリン、どうぞよろしくね」

にこやかに自己紹介をする少女の名はマリン。

だがその言葉はどこか鋭く、2人を歓迎していないのは丸わかりだ。

「あら…マーキングのつもり?男ってめんどくさいのね、自分の所有物です〜って見せ付けないと死ぬのかしら」

ロディにかけてあるコート、どう見ても男物でありそれが隣に立っているアルクの物であるとマリンも気付いたのだろう。

つまらなそうな顔で嫌味ったらしく語るマリン。

「いえ、この場のあまりにも不快な匂いが麗しい彼女に移ってはなりませんから」

アルクも嫌味ったらしく返す。

例えどんなに美しい少女であっても呪いであれば容赦はしない。

マリンは口の端を意地悪く上げて楽しそうな顔をした。

「その欠陥品が麗しい?冗談じゃないわ」

その言葉にロディの肩が跳ねる。

『欠陥品』、それは果たして何を意味するのか。

アルクには分からないがロディには心当たりがあるらしい。

「やめなさい、どんな人であれど欠陥品などと呼ばれる筋合いはない」

「男とも女とも決められないソイツが??」

ロディを庇うように背中で隠してアルクがマリンに苦言を呈す。

だがマリンは意地悪そうな顔をしてロディが気にしていることを指摘する。

その言葉にロディを女だと思っていたアルクが驚いた表情をする。

「今は女なのね?普段は男のくせに」

ニヤニヤと笑うマリンをロディが睨みつけるもののマリンは何処吹く風。

気にしていない様子でぷかぷかと浮いてはクルクル回る。

「知らないとでも思ったぁ?色んな人を見てるのよ、性別は変わってもその瞳は変えられないのよ?」

動揺が隠せないロディを見てマリンは楽しそうに笑う。

「その瞳…本当に好きなのね?それなのに隠して生きるなんて…あぁ、なんて哀れなことでしょう」

楽しそうにクスクス笑うマリンに動揺したまま二の句が告げない。

「……いい加減になさい、余程死にたいようだ」

アルクが殺気の籠った瞳でマリンを睨みつける。

能力で武器を生成し構えるアルク、立て続けに能力で自身を強化し、氷のゴーレムを作り出す。

「命令を下す、アレを殺せ」

先程までロディにかけていた優しい声色ではなく、鋭く突き刺すような冷たく低い声色。

本気でマリンを殺すつもりらしい。

だが殺気を向けられようとマリンはどこか楽しそうに笑うだけ。

「悲しい悲しい、私は嘘なんてついてないわ。全て本当のことだもの!」

悲しいと嘆くマリンだがその顔はニヤニヤとしているまま。

全く悲しんでおらずむしろ楽しんでいるようだ。

ゴーレムは腕を振り回したり、両手で挟んもうとしたり、と様々な攻撃を繰り出しているがマリンはぷかぷかと浮いて華麗に逃げ回る。

「あははっ!どうしたの?私を殺すんじゃないの?…あぁ、そこにお荷物がいるから動けないのね可哀想に」

楽しそうに笑ってアルクとロディを挑発する。

それを聞いて動揺していたロディも覚悟を決めたようだ。

「……アルクさん、これをあのゴーレムに」

「命令を下す、装備せよ」

ロディは大きな斧を作り出すとアルクに声をかける。

アルクはそれに頷きゴーレムへ命令を出した。

ゴーレムも、アルクも、そしてロディも武器を装備しマリンへと殺気を向ける。

それを見て心底楽しそうに笑うマリン。

狂ってしまっているのか、嬉しそうに『うふふ』と笑うその姿は無邪気な年相応の少女のように見えてしまう。

「やぁね、価値のない人間共がいくら頑張ろうと無意味なのよ?」

楽しそうに笑ったマリンが炎の渦を魔法で作り出し、アルクの方へ向ける。

アルクは咄嗟に避けつつマリンへ斬り掛かるがマリンは再びぷかぷかと浮いて避けてしまう。

何度も何度も斬りかかっては避けられ、を繰り返していた時、マリンの背をロディが取った。

挟み撃ちである。

アルクと遊ぶことに楽しむばかりにマリンはロディのことを忘れてしまっていた。

アルクとロディがそれぞれマリンの胸から腹にかけてと背へ斬り掛かると避けることも出来ずに血が舞う。

その瞬間、声にもならない恐怖がロディを襲った。

先程まで楽しそうに笑っていたマリンの顔。

それが今では殺気の籠った、般若のような顔に変わっていた。

「あーあ…あーあ!!!!私を、私達を傷付けたのね、私が守ってきたこの子を傷付けたわねッ!!?!?!?!?」

思わず呆気に取られるロディとアルク。

「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」

まるで譫言のように何度も呟くマリンにロディは恐怖が勝り、アルクも背中に冷や汗が流れる。

「邪魔よッッッッッ!!!!!!!!!!」

未だマリンを殺す為に動き続けるゴーレムの方へ手を向けると炎を出して溶かしてしまう。

あれ程までに巨大なゴーレムは炎の威力には逆らえずにあっという間に溶けてしまう。

ゴーレムがいた場所にはロディが作り出した巨大な斧だけが残った。

「大事な大事な私の宝物…それを傷つけるなんてッッッッ!!!!!!ジョーダンじゃないわッッッ!!絶対に許さないッッッ!!!!」

叫んで怒って、ナイフを取り出すとマリンも戦闘態勢に入る。

アルクとロディも再び武器を握り直す。

背から腹から血を流し怒り狂うマリン。

可愛らしい少女の面影はどこへやら、今ではただの呪いという化け物でしかない。

マリンはアルクに突進する勢いで斬り掛かる。

アルクはなんとか防御することが出来たものの、切り返すことは出来ない。

ロディが再びマリンの背を狙うものの、怒り狂ったマリンは抜かりない。

「邪魔をしないでよッッッ!!!!!!」

叫ぶとロディに向けて左手をかざすと突風を出す。

立っているのがやっとなほどの突風。

動くことも避けることも出来ない。

きっと今この状態で動けば吹き飛ばされてしまうから。

かなり広いこの廃墟内で吹き飛ばされてしまえば戻ってくるのに時間がかかる。

その間にアルクが死んでしまっていたら、きっとロディは罪悪感に駆られ耐えられない。

動かないようにするため、文字通り邪魔をしないようにされていた。

変わらず攻防を続けるマリンとアルク。

アルクが押されており、後退りながらそのナイフを受け続ける。

アルクは機会を伺っていた、能力を使うその機会を。

「アンタなんかにッ!!!!!」

マリンが両手でナイフを掴み大きく振りかぶったその時、アルクは能力を発動させた。

マリンへ向けて氷の柱を作り出した。

だがどうだ、マリンはそれを避けてアルクを見つめる。

その顔は目に光が入らず、笑顔が消え去ったただ憤っている顔。

恐ろしい程に美しいその顔で見つめられるとアルクも恐怖に駆られ動けなくなる。

「…て、どうして…?"私達"は愛されたかったのよ、普通に生きたかったのよ」

小さく呟くように、されどアルクに聞こえるように語られたその言葉。

「どうしてパパもママも"私達"を愛してくれなかったの」

泣きそうな子供の声。

「贅沢なんて望まないから、貧乏でも良かったから、愛して欲しかっただけなのに」

両親に愛されなかった子供。

それはアルクもロディも経験がある。

両親に捨てられたアルクとその弟。

両親に自分自身を否定され続けたロディ。

どちらもマリンのその言葉に心が揺さぶられた。

「愛して欲しいと思うことの何がいけないの!!」

泣きそうな顔をしているマリン。

その時アルクは気付いた。

"愛情に飢えた幼い子供のまま"であることを。

幼いから面白いと思うことがあれば楽しむ。

幼いから周りをちゃんと見ることが出来ない。

幼いから怒って癇癪を起こす。

幼いだけの呪い。

愛情に飢えた呪い。

アルクの中で初めて呪いに対して慈悲が生まれた。

マリンはロディを縛っていた突風を消す。

その瞬間、ずっと耐えていたせいかロディは膝から崩れ落ちた。

「"私達"だってもっと生きていたかったの!!もっと幸せになりたかったの!!」

今にも泣き出してしまいそうな少女の声。

まるで嘘をついているようには見えなかった。



だから、油断してしまった。

アルクとロディの肩から力が抜けているのを確認するとマリンは口の端をニヤリと上げた。

「…やぁね、すぐ騙されるんだもの」

アルクの腹をナイフで3回突いたあと、素早くロディの方へ向かい胸を2回刺す。

動けなかった、油断してしまったから。

慈悲を抱いてしまったから。

「あぁ…許せない許せない…」

マリンはぷかぷかと浮いていたかと思うと足元に散らばっている肉片を掴むと口に放り込む。

するとどうだ、マリンの怪我がみるみるうちに治っていく。

ニヤリと笑ってマリンは言った。

「"あなた達は違うもの"」

そのまま『キャハハっ』と笑うとどこかへ浮いて行ってしまう。


アルクはその場に座り込むと刺された腹を手で抑える。

だが自分の腹を治すつもりはないらしく、ロディの方へと手をかざす。

『コンジェラシオン』。

アルクが唯一使えた治癒魔法だった。

それをロディへ使う。

どうか、ロディだけでも逃げられるように、と。

少し段階は踏んでしまうが完治はするだろう。

このまま死んだら弟に怒られるだろうか、悲しませるだろうか、無念だな、と考える。

苦しい息の中、痛みに呻いた。




胸を刺されたロディ。

まるでこんなものいらないでしょ?というような顔だった。

痛い、苦しい、息が出来ない。

このまま死んでしまうのか、嫌だ、嫌だ、まだ生きていたい。

涙が溢れるが拭うことも出来ない。

怖い、助けて、お兄ちゃん。

この場にいない相手を求むロディ。

声も出せずにいると言うのに誰が助けてくれようか。

ヤダヤダ、と泣いていると段々と痛みが引いていく。

どうして、なんで。

考えつくのは少し離れた場所にいるアルク。

アルクは座り込んだまま動かない。

まさか、死んだのか?

ダメだ、そんなの許されない。

『fidélité éternelle』。

ロディが唯一使う事の出来る治癒能力。

瀕死のアルクを完全に治すことは出来ないかもしれない。

それでも一命が取り留められるなら、使わない手はない。

まだ動けはしないが能力はちゃんと使えたはず。

だがアルクは未だ動かない。

次第と足や腕に力が入るようになってくると、崩れ落ちた体勢から立ち上がってアルクの元へ行く。

アルクの容態の確認をして肩を軽く揺する。

息はしているが意識はないようだ。

いくら回復し始めているとはいえ今のロディではアルクを担いで廃墟の外に出る程の力はない。

どうしよう、どうしたら救える。

そんなことを考えていると鈴の音が聞こえた。

「あ、あの。誰かいらっしゃいませんか」

怯えている少年のような声。

鈴と共に聞こえたその声にロディは警戒する。

いまさっきまで戦っていた呪い。

愛情に飢えた子供を演出して同情を誘っていた。

子供型の呪いや悪魔に多いやり方だろう。

もし傍に来ているであろう少年が再び呪いや悪魔であったら?

今度こそ2人は生きて帰れない。

警戒しつつ、いつでもアルクにバリアが張れるように身構えていると現れたのは白髪の少年。

その腕の中には探していた迷い猫もいる。

2人の姿を見ると慌てたような顔をする少年。

「ど、どうしたの!?血出てるよ!?ま、待ってねお兄ちゃんが治すから!!!」

少年は2人に近付くと手をかざして能力を使う。

するとアルクの怪我は瞬く間に治っていく。

それでも意識は戻らないようだ。

「お姉さんも、じっとしててね」

アルクの怪我が治れば少年は今度はロディの方へ向き直る。

少年の治癒能力は目を見張るもので、一瞬のうちにロディの怪我も治ってしまう。

少年はニコッと笑ってみせると片腕で抱いていた猫を両腕で抱き直した。

「この猫ちゃんが教えてくれたんだよ、よかったねぇお兄ちゃんが傍にいて」

どうやら少年は自分のことを『お兄ちゃん』と呼ぶらしい。

ロディの所属している組織にはそんな少年はいなかった。

別の組織の子供だろうか。

「…助かりました、ありがとうございます」

微笑んで見せれば少年は『どういたしまして』と笑う。

ロディはアルクのコートをアルクの足元へとかけてやる。

アルクは未だ起きないが、2人の元へバリアを貼ってやると立ち上がる。

「助けを呼んできます、少々お待ちください」

もし、またあの呪いが戻ってきたらいけないから。

少しは時間が稼げるはずだから。

しっかりとした足取り廃墟を出るとアルクを運ぶための助けを求めて人混みの方へと歩いていった。​
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さん (8zuyld7s)2024/5/16 23:05 (No.105395)削除
あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あァ゙ァ゙ッッ゙!!!

怒り。感情に任せた叫び声。

ガシャン!

物が落ちる音。

きっと部屋の中は悲惨だね、

濃いピンク色の証明が照らす部屋。
ただでさえ散らかった部屋。

まるで心を表しているようで…

汚い床に足された割れた花瓶、生けてあった花は花弁が毟られ、水びたし。
切り裂かれた白い髪の少年少女の写真。
ナイフの刺さったクッションから飛び散る白い羽。
ツギハギだらけのぬいぐるみは水色の目玉が取れて転がっている。

そう水色。青いけど薄く透き通った水のような色。

アタシを恐怖の瞳で見る水色。

なにかを思い出して泣く水色。

蕩ける水色。

堕ちてきた水色。

忘れられない水色。

ピンク色の世界に落とされた水色は
とても純情で、純心で…
ピンクにとってはとても愛らしい存在だった

存在だったのに、

ダッタノニナゼ?

ドウシテ

どうして!あの子は自分の手じゃなくて

あんなオウジサマの元へ?

初恋が叶うなんてそんなの御伽噺

夢のまた夢でしょ

聞いただけで吐き気のする御伽噺

そんな御伽噺は童話じゃないの。

ボロボロになった部屋と、ベッドの上の彼女。
キャミソールにショーツだけで、1点をボーッと見つめている

手元の携帯は誰かとのトーク画面のようで
ピコン、と独特の通知音が鳴れば返信が返って来たようだ。

だけど彼女は見る素振りも無い。ただただ、壁を見ている。意味もない剥がれかけのポスターや、なにも入っていない写真立ての飾られた壁を。

少しするとベッドを照らすように光が入る。

ドアが開いたみたい。
誰も入ってくるなって、全員を追い返していたのに入って来た。いや、呼んだのだ。

『今日は一段と荒れているじゃないかkitten?』

アノコと同じ水色。目障りなのに、呼び出したのは何故だろうね。

「ねぇDr.?アタシは間違って無かったノ、だってアノコも喜んで、ヨガって、喘いで、ハートを浮かべてサ」

黙って頷きながらドクターと呼ばれた男は部屋を片付ける。なにも言わずに、ただただ耳を傾ける。

「ソレなのにアノコは白雪姫のオウジサマを選ンダ。夢から覚めた。長いナガイ眠りから。数千年の恋だって。なんてロマンチック……
…ンな事言う訳ねェだろ!?なんだよ、数千年の恋って!そんな手出すのが遅いムッツリ男に取られたのムガつく!」

別に自分の物でも無かったのに被害妄想も甚だしいところだ

そうだね、と相槌をうちながらDr.は勝手に彼女の本を開いて【白雪姫】から《7人の小人》を取り出して掃除を手伝ってもらっている。

「白い雪の精ダッタ。冬の花。小さなスノードロップ。踏み潰してしまぇばヨカッタね!!??」

思い出して微笑み、それに怒り出し、泣き叫びだす、なんとも情緒不安定な十面相。

ひと泣きすれば「マダ居たの。」なんて自分が呼んでおいて酷い言いようだ
それに対して顔色変えずに近づくDr.は彼女の目にライトを当てたり舌に棒を当てたりお医者ごっこ

『久しぶりに過剰摂取してるね、落ち着いてたのに』

浮かせたカルテに状態を記入なんてしてみて

「全部あの政府が悪いんだヨ!こんなコトなら居場所奪う為に動画をバラ撒くんだった」

それをつまらないそうにクッションを抱いて睨む

『それは怖い怖い』

「ア゙ァ゙ークッソ!思い出すだけで頭痛い、ムリ、イライラする!!ねぇDr.!!!」

ピンキーは手を出して相手に何かを強請る

『それ以上は危ないし怒られるんじゃないの』

一応止める。主治医だし。

「どうでもいいの!ピンキーがオネガイしたらDr.はナンデモ叶えるんデショ!?…イチゴミルクに溺れたのはイチゴか」

その言葉を聞けば眼鏡をカチャリと直すDr.

『それともミルクか』

そう言って渡したのは小さな小瓶に入ったクスリ。
もちろん医薬品ではナイ。

「アハ、キャンディ、ラムネ、コンペートウ」

その瓶を受け取れば無邪気に笑う。彼女には光る宝石のように見えているよう。
幻覚症状の中。クルクルと回る視界と、2つに重なる小さな小瓶。私を飲んで、私を食べて。
大事な大事な安定剤。

『また様子見に来るからね』

そう言って部屋を出たDr.は口元に弧を描いて軽快に歩いて行く。
こいつもまた悪魔。外道で非道。 そして利己主義。
閉まっていた羽を伸ばして自分の薬学室に戻る。

普通じゃないのだ、誰も彼も。

普通なんて無くて、異常が普通のこの世界。

だから壊シテも問題無いデショ?
幸せを不幸せに。不幸せを幸せに。

また忘れた頃に顔出すからネ。
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さん (8zf1pchi)2024/5/16 12:25 (No.105351)削除
産まれた頃から灯火 玖々莉は実母の着せ替え人形であった。

実母は玖々莉を父親にすら触らせず、使用人にすら触らせず、ただ1人で育てていた。

それは汚い手が綺麗なお人形さんを汚さないようにするため。

実母は玖々莉を人ではなく"人形"として見ていた。

何がきっかけかは分からない、元々壊れていたのかもしれない。

だが長女を孤児院から引き取った時も、次女が生まれた時もそんな素振りは見せていなかった。

だが三女である玖々莉が産まれた瞬間、おかかしくなってしまった。

玖々莉は物心つく前から実母の言いなり。

喋ることは許されず、自分の意思で動くことも許されず。

食事や排泄は全て実母の管理下の元。

イヤイヤ期を迎えた玖々莉を実母は骨が折れるほど殴って思い通りにさせた。

幼いながらに実母への恐怖心で玖々莉は、ただの人形と化していた。

そんな生活を続けていればいつの間にかそれが当たり前になり、恐怖心すらも消えていった。

だって言いなりになっていれば怒られないんだから。

実母の言う通りの行動をしていれば、感情も持たない喋りもしない自分の意思では動けない操り人形の出来上がり。

実母は玖々莉を可愛く着飾ると色んな人間に見せびらかした。

伴侶にも、玖々莉の姉妹にも、妾にも妾の子供にも、使用人にも。

だが絶対に触らせなかった。

触ろうものならば怒鳴って泣いて暴力を振るって。

大切なお人形さんだから、と大きな屋敷の中で最も端の方にある部屋の中に閉じ込めてしまっていた。

そんなお人形さんに近付く一つの影。

玖々莉の異母弟である阿玖里だった。







阿玖里は幼い頃からの友人になんとなく家の事を話した。

すると『ならば唆してしまえば良かろう』と言われた。

『元より操り人形、頼めば行動に移すやもしれぬぞ』

ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべる相手を見る阿玖里は肩を竦めた。

『それが出来るなら苦労しないけど?そもそも近付けないのにさ』

それは事実であった。

玖々莉の実母は出掛ける時ですら玖々莉の世話を誰にもさせなかった。

部屋には鍵を閉めて出ていく。

近付こうものならば見張りを頼まれた使用人が部屋の前に立っており、玖々莉の実母に連絡が入る。

それを聞いてその相手は変わらずニヤニヤと笑う。

『これを使えば良いじゃろ。くれてやる好きに使え』

渡された小さな包みには薬らしきものが。

相手曰く睡眠薬と記憶障害をもたらす作用のある薬草を混ぜた物らしい。

滅多に手に入らない代物、これを阿玖里に渡すということはそういう事。

『…何が目的』

阿玖里は訝しんで相手を見るが今度は相手が肩を竦めた。

『何も?ただ面白そうじゃな、と。…妾はそういう人間だぞ』

ニヤニヤと笑ったまま告げる相手、確かにそういう性格はしていた。

阿玖里はその小包を素直に受け取るとその場を離れる。

相手は楽しそうにニヤニヤと笑ったまま、阿玖里の背中を見ていた。







阿玖里が玖々莉の部屋の前まで来ればやはり使用人に近付くことを止められる。

その使用人達に貰った小包の中身を溶かした水を吹きかけた。

と、すぐに使用人達は倒れてしまいその薬の効果が恐ろしいものであると気付かされた。

阿玖里は付けていたヘアピンを真っ直ぐにして鍵穴をカチャカチャと弄る。

数十秒後、カチャ、という音ともに鍵が外れた。

鍵を受け止めて扉を開ければ、綺麗に着飾られた玖々莉が正座のまま部屋の真ん中に座らせられている。

入ってきた阿玖里には目もくれずただ床を見つめている。

阿玖里は近付き、しゃがみこんで玖々莉の顔を覗く。

あまりにも無表情すぎて恐ろしく感じるほど美しいその顔を見て阿玖里は納得した。

似ていたのだ、阿玖里の実姉、紅葉に。

父親譲りの髪色も、そのつり目も。


玖々莉の実母は羨ましかった。

妾が最初に子を孕み産んだこと。

その子が、幼い頃からあまりにも美しい見た目をしていたこと。

父親譲りの綺麗な髪も瞳も、母親譲りの愛らしくも美しいその顔も、鈴が転がるようなその声色も。

全てが全て、羨ましかった。

だから必死に伴侶を誘った。

自分も、紅葉のような美しく愛らしい人形のような子が欲しかったから。

やっと授かり産んだ子は、髪色と瞳の色こそ父親に似たが、顔は自分そっくりのタレ目。

どうしても許せなかった。

これじゃ可愛くない、これじゃあの美しい子には勝てない。

再び伴侶を必死に誘った。

そして授かり産まれた子供は、紅葉に似た美しい子。

やっと、やっと授かった。

やっと私のお人形さんが産まれた。

そして玖々莉の実母は狂った。

紅葉の生き写しとして育て始めた。

だがやはり、母親が変わればかなり変わる。

声は美しいものの紅葉ほどではない。

喋り方も立ち振る舞いは躾ればなんとかなった。

だが声ばかりは変えられない。

どう頑張っても、矯正しても声は中性的な声のまま。

美しい鈴が転がるような、紅葉の声にはならなかった。

だから喋ることを禁じた。

見た目だけなら似たのに、声だけ似ないなんて信じられなくて、自分の理想を壊したくなくて。


そんな玖々莉を見た阿玖里は納得と同時に酷く憤った。

自分がイビリ抜いて心を壊した姉を、優しく麗しい姉を、自分の娘で再現するのか、と。

あぁ、そうだ。

見た目こそ似ている。

見た目"だけ"な。

だがどうだ、笑いもしなければ喋りもしない。

動きもしないこの娘が姉であると???

姉の代わりになるとでも????

ふざけているのか。

そんなこと許されるわけない。

自分で壊しておきながら、自分の娘で再現しようなど。

阿玖里は憤ったのを隠さないまま、玖々莉に話しかける。

『ねぇ、お前喋れんの?』

『…』

だが玖々莉は喋らない。

実母にそう言いつけられていたから。

『じゃあ喋んなくていいから心の中で考えてくんない?』

考える、考えるとは?

と玖々莉が考えていると

『それだけど』

阿玖里の言葉に玖々莉はなぜわかったのか、とまた考える。

『わかるけど。だって俺そういう種族だし』

平然と告げられればそれが目の前にいる彼の力なのか、と玖々莉は納得した。

『ねぇ、俺の言うこと聞ける?』

目の前にいる同い年ぐらいの少年の言葉。

それは母親に幾度となく言われ続けたもの。

『お母さんの言うことを聞けないの!?』。

幼い頃からずっと言われ続けた言葉。

聞けない訳では無い。

『…じゃあ頼みたいことがあるんだけど』

じっと、玖々莉を見つめて阿玖里は言う。

そんな阿玖里の瞳を玖々莉も見詰め返した。

『お前のお母さん、お前が殺してよ』























ある日の朝。

いつも通り実母の着せ替え人形にされる玖々莉。

実母が服を選ぶために玖々莉から背を向けたその一瞬。

玖々莉は初めて実母の許可なく動いた。

音を立てずに、実母に気付かれないように移動する。

玖々莉は部屋に飾ってある刀を手に取った。

まずは声帯を切る。

実母は漸く玖々莉が許可なしに動いていることに気付いたが注意ができる訳もなく。

痛みに声を上げることも、助けを呼ぶことも出来ない。

そんな実母を見下ろしながら玖々莉は刀を構える。

そして、心臓を一突き。

明確に殺すため。

そしてその後は一心不乱に体に刀を突き立て続ける。

返り血が飛びちろうが気にしない。

服や髪、顔にかかろうが気にしない。

だって言いつけだから。

言われた通りにしなければまた怒られるから。

あれほど忙しく回っていた口も、少し気に食わないことがあるだけで醜く釣り上がるその瞳も、今ではもう動かくことはない。

力無く血塗れのまま畳の上に倒れ込んでいる母親の遺体を見ても、玖々莉は何も思わなかった。

そうしているうちに、あまりにも物音がしない事に不審に思った使用人の1人が扉を開ける。

するとどうだろう。

そこには血塗れで倒れている玖々莉の実母と、血塗れで立っている玖々莉がいる。

使用人は思わず悲鳴をあげた。

むしろこの状態で悲鳴をあげない方がおかしいだろう。

悲鳴を聞いた他の使用人達や更に玖々莉の実父に義姉まで現れる。

その中に阿玖里はいない。

皆が玖々莉の行動に警戒していても、玖々莉は何も思わずただ遺体となった実母を見つめる。

遺体を見て可哀想だとも、今までの恨み辛みも何も思わない。

玖々莉の中は無で出来ている。

なぜなら、実母がそう作り上げたのだから。

情を持たない。

自我もない。

何も考えてはならない。

言われた通りに動くだけ。

言われないことはしてはいけない。

許可なく動くことは許されない。

阿玖里が命令したのは殺すところまで。

その後こう動け、とは言われなかった。

だから玖々莉は動かない。

玖々莉の実の姉である美玖理が追いつくも、すぐに玖蛇に抱きしめられ、この惨状が見えないようにされる。

瞬きもしているのかわからないほど、人が集まろうと微動だにしない玖々莉を見て父親が動いた。

玖々莉の元へ警戒しつつ近付いて刀を玖々莉の手から抜き取る。

こちらへの敵意が感じられないと分かると父親は迅速に使用人達に対して指示を出した。

ある者は遺体を運ぶための担架を。

ある者は血を拭くためのタオルを。

そして、養女と玖々莉の姉である美玖理には部屋に戻るように告げた。

養女は最後まで玖々莉を見せないように美玖理を連れていこうとしたが、美玖理には見えてしまった。

血塗れで無表情のまま立っている玖々莉が。

最初はそれが何を意味するのか分からなかった美玖理だが、部屋に戻った後に養女から

『お母様が亡くなったのよ』

と聞かされて、真逆の出来事を『玖々莉は被害者なのだ』と導き出していた。

去って行った娘二人の背を見送り父親は玖々莉の方を見る。

未だ何を考えているのかわからない顔で遺体を見つめる玖々莉。

父親が何をあったのか聞いても反応をしない。

そのうちに阿玖里が帰ってきた。

阿玖里は家の中がドタバタしている事に気がつくと誰にもバレないように口の端を意地悪く上げた。

『父様、どうし…』

さも、今知りましたよ、という態度で父親へ話しかけ、部屋の中の惨状を見て絶句する。

その全てを知っていながら、まるでこの惨状に心から驚いているような顔をする。

『阿玖里、部屋に戻っていなさい』

『でも父様!母上が!!』

『阿玖里』

『…わかりました』

義理の母を心配する優しい息子、それを見事に演じきってみせると阿玖里は部屋へと戻って行った。

なにを聞いても喋らない、動かない玖々莉。

父親はその場で使用人達に命令し、濡れタオルや新しい服を用意させた。

血まみれのままでは玖々莉も気持ち悪いだろう、という父親なりの気遣いだった。

生まれてから今までずっと、母親の言いなりだった玖々莉。

ずっと操り人形にされていた玖々莉。

鬱憤が溜まってしまってもしょうがない、甘すぎる父親の考えた結論だった。

使用人達に玖々莉についた血を全て拭き取るように、そして着替えさせるように告げた。

年頃の娘の姿を見ないように、かつて妻であった女性の遺体を持ってきた担架に乗せる。

そして、自分が主導になり遺体を運んだ。























あれから数年、玖々莉は普通に喋ることも、己の意思で動くことも出来るようになっていた。

今日も姉弟と鍛錬を重ねる。

姉弟の中では一番の技術力を持ち合わせる玖々莉。

父ですら玖々莉の剣術には太刀打ち出来ない程である。

『おねぇ、ちょっといい?』

鍛錬を終え、空腹に耐えながら汗を流す為にシャワールームへと向かう玖々莉を阿玖里が引き止めた。

『なんだ?』

玖々莉が返事をすれば阿玖里は何も言わずに合図を送る。

それを見て玖々莉の肩に力が入る。

まるで、緊張しているかのように。

その姿を見て阿玖里は『おやつ楽しみだね』とだけ残しその場を去った。




真夜中の3時を回った頃、玖々莉は人目のつかないような場所に1人で現れた。

『遅くない?俺3時までには来いって言ったよね』

イラついた様子の阿玖里がその場にいた。

周りには他に4人の気配がある。

だがその4人は2人の会話を聞くだけらしく、姿は表さない。

『…すまない』

申し訳なさそうに謝る玖々莉。

その様子にイラついたのか『チッ』と舌打ちをする阿玖里。

『………てかさぁ』

阿玖里は玖々莉に近付いて大股一歩、距離が空いたところで大きく踏み込むとどうやって出したのか刀を取り出して玖々莉の腹を貫く。

痛みと驚きで動けず固まる玖々莉。

声すら出せずに貫かれた腹を、刀を見る。

『お前最近ウザイよ、姉さんの真似しろって言ったのは俺だけどさぁ…』

刀を引き抜いてクルクルと回す阿玖里。

吐血までして、玖々莉は貫かれた腹を手で覆う。

だが血が止まることは当然ない。

『限度ってものがあるよね。ねぇ、聞いてる?』

年々増していく阿玖里の狂気度。

今まで暴言を吐かれたことは何度もあった。

だがここまでされたことはない。

恐怖よりも驚きが勝る。

ここまで酷くなっていたのか、と。

死ぬことに躊躇いはない、何れ訪れるものだから。

だが捨てられるのは恐ろしい。

価値がないと言われたら、要らないと言われたら、きっと生きていけなくなる。

何も答えない玖々莉に痺れを切らしたのか、覆っていた手ごとまた腹に刀を突き刺す。

『あぁ、ズレちゃった。ごめんね?』

刺さったのは先程とは違う場所。

痛みに呻くことも出来ずに涙が溢れる玖々莉。

そんな玖々莉を見て悪びれもなく謝る阿玖里。

再び刀を引き抜けば、刃で玖々莉の顎を掬う。

その顔はどこか楽しそうだった。

『振る舞いには気を付けてよ、ほんと』

次は無いからね、と言葉を残して隠れている4人と共にその場を去る阿玖里。

怪我は治してもらえない、自分で治すしかない。

得意でもない魔法を使ってゆっくりと怪我を治していく。

死んでしまったら楽だろう、だが阿玖里がそれを命令していない。

ならば生きるしかいない。

傷口を軽く塞ぐと立ち上がる。

フラついたままゆっくりと歩いてその場を去る。

痛みはまだ残っている、しばらくこの痛みは消えないだろう。

誰にも気付かれず部屋に戻れればいいが、獣人である姉を誤魔化せるか、誤魔化せなかったら悪魔や呪いに罪を擦り付けるか。

痛みに苦しみ、言い訳を考えながら帰路についた。​
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グラサンさん (92cyh0px)2024/5/12 21:01 (No.105098)削除
「お兄様……お兄様!」

可愛い妹

優しい妹

世間知らずで明るくてかけがえの無い大切な妹

「どうした?」

そうなれない笑顔を振りまいてシロに尋ねる。ぎこちない笑顔。
昔からクロは笑顔が苦手だった。

「んーー…お母様とお父様はどんな人だったのか気になったんです。お兄様は知ってますか?」

それを聞いて一瞬だけ顔が曇るけどすぐに元に戻す、優しく頭を撫でながら

「ごめんな。俺も覚えてねぇんだ。」

と。嘘だ。覚えている。ハッキリと。
そしてその記憶をシロから消したのは自分だ。

あの記憶なんてシロには必要ないから。

あのおかしなヤツらの記憶なんていらないから。









おかしな家だった。
いや元々おかしな家だったけど……それが明らかに目に見えて狂い始めたのは妹がシロが生まれてからだった。

生まれた場所はおかしな宗教を開いている家だった。カルト宗教……個人的な宗教法人。まぁ世間でたまに見るような、よくある話だと思ってくれて構わない。

自分は浮気相手との子供だった
そのせいで嫌われ者だったがある程度の衣食住は確保出来たし、男という理由で置いて貰えていたから特段不満もなかった
子供がいなかったから、自分も跡取りにするつもりだったのだろう

なんの意味もない幼少期だった
可もなく不可もなく
けどそれが崩れたのは妹が生まれた時だった

なんでって?
妹はシロはとてつもない運を持っていたから
神に愛されたとしか思えない極運を

それからどうなったか?
それはもう蝶よ花よとシロは祭り上げられたよ
まるでシロ自身が神様であるかのようにね!

自分?自分は段々と存在を忘れたかのように放っておかれたさ
そりゃ当然荒れるよね
元々親にもなににも興味なかったから良かったけど
シロにも興味なかった

けどシロは違った

「お兄しゃま!みてみて!四つ葉のクローバーでしゅ!」

と何度も何度も懲りずに話しかけてきた

自分に話しかけなくともチヤホヤしてくれる親と信者がいるくせに
そんなシロが嫌いでムカついて……守らないとそう思ってた

シロの周りにはいつも色んな人がいた
自分とは違って

「シロ様!!シロ様……どうか…どうか我が子を助けてください!!」

「シロ様……シロ様……!どうかどうか…」

「シロ様ありがとうございます……貴方様のおかげで借金を返すことができました!!」

気持ち悪くて仕方なかった
シロがなんだって言う
シロの本当を知らないくせに

親も親だ
シロを利用して金儲けをする

「これはシロ様のご加護が入った特別なお守りです。今なら信者の皆様には特別に10万円でお売りいたしましょう!」

そんな嘘っぱちを吹いて、それに騙されるバカも嫌いだった

自分も自分でクソだったけど
親が嫌いで
家が嫌いで
外に出て
夜遊びをしていたから
その間だけは何もかもを忘れられたから

それでも夜遅くに帰ってくる自分を

「お兄様!おかえりなさい!お身体は大丈夫ですか?」

とニコッと笑って出迎えるシロ
バカにしか見なかった
そしてバカなのは自分だった

浸りと落ちるその赤い血に気づかなかったから

ある日のこと
いつも通り夜遊びに行った時に不思議な女の人に出会った

キマイラの女の人
名前は聞けなかったが…いい人だった
その日はなんだかとてもイラついていて
なにかにあたりたくてしかたなかった

そんな時に話しかけられて

「少年ー?そんな顔してると幸せがにげちゃうぞ?」



「なら…幸せにしてくれんの?なぁお姉さん?」

なんてけっとからかうように嘲笑うように言って1度遊んだのをよく覚えている

きっとお姉さんはそのつもりはなかったと思うが……自分の我儘に答えてくれたのだろうね

優しい人だ

数度遊んではんば友人のような関係になり……ある日言われた

「大切なもんは見失っちゃいけないぞ?案外近くにあって……直ぐに消えちゃうんだからねぇ……絶対手放すなよ。それを。後悔しちゃうからさ。」

その言葉の意味を理解するのには
そう時間はかからなかった


ある日のことだ
家を歩いていた時にシロが少し暗そうな顔をしていた
珍しい…なんか辛気臭いからどうしたのかと聞いてみると

「……お兄様。もうすぐ私は18となります。そして…神様への捧げ物として私は行かねばならないらしいです。」

なんて苦笑いをして答える

「お父様は名誉なことだと…私にしかできぬ役目も申しておりました。私頑張りますね!」

意味がわからなかった
神への捧げ物?そんなものありはしないというのに
どうしてそうやって笑っていられるんだ

どうして?なぜ?頭を中がグルグルとして仕方なかった

その後…気になってはいなかったいや気になってはいた
それでも目を逸らして見なかったシロの様子を注視するようになった

……おかしい
なんでシロはあんなに血の気がない
思えば違和感があった
毎日うまい飯を食ってるはずなのにって

その答えは簡単だった……息を殺してシロの部屋を覗いていると父親がシロに対して何かをしていた

目を疑った
シロの血を抜いていたんだ

シロは涙を浮かべてこらえていた

そういえば…親が信者に向けて売っていたものに「赤い液体」があった気がする。
どうせ偽物。水に赤い絵の具を混ぜたものだろう……そう思ってた。
吐き気がした……なら?あれは?シロの血液?

他に何を売っていた……
思い出せ思い出せ
急いで売り物を保管している部屋に行き一通り物色して部屋に持ち帰った

・赤い妙薬:血液
・加護のお守り:髪の毛
・加護の札:皮膚の一部
・奇跡の霊薬:涙

まだまだあった…調べたらどれもこれも……シロの体の一部が含まれている。

いつから?いつからだ?ずっと前から?
けど怪我なんてひとつだって…そんな時に思い出した。

シロはなぜか少ない魔力て高精度の魔法を使えること
その一つに回復魔法があることを

乾いた笑みが出てくる

何だ何だそういうことかよっと

本当に狂ってる……狂いすぎている
あんな小さな子供にそんなことをしてたのか?
それにあの子は耐えていたのか?
それに自分は気づけなかったのか?



苦しくて仕方なかった
吐きたくて仕方なかった

「助けなきゃ……」

失ってからは遅い

そう言ってた。教えてくれた。

守らないと

俺が守らないと

誰がシロを守ってくれる?


シロが18歳の誕生日を迎える前日
俺はシロのところに行っていた
監視の目をかいくぐって

「シロ。」

そう声をかける

もう間違えないために

もう何も見失わないために

「お兄様?」

と不思議そうに尋ねてくるシロ

何も分かってない……いや分かれなかった……可哀想なシロ

俺が守らないと

これからもきっと酷い目に合わされるから

「逃げよう。一緒に逃げよう。」

そうして自分はシロを連れ出した。

シロを抱えて走って走って走って逃げた

追ってが来ていた

魔法で怪我をして

血が出て苦しかった

「お兄様?お兄様!!」

とシロが叫ぶ声が聞こえる

この子だけでも逃がさないとと

もっと遠くに逃げないと

そう思ってた必死に逃げた

「大丈夫……シロ。俺が守るから。だから…寝ていろ。これは夢だから全部忘れてしまえ。」

そう言って記憶を消して眠らせた。
そうしたら暴れないだろ?大人しいだろ?
嫌な記憶は夢にして忘れた方がいいだろう。

親なんて嫌いだ

我が子にこんな重みを背負わせる

人間なんて嫌いだ

勝手にまつりあげて……利用する

世界なんて嫌いだ

誰も助けてくれない

神様なんて居ない

どれくらい逃げた分からない

けど怪我をして血を溢れさせて

シロに怪我をさせないように守りながら転けてしまい……

追い詰められた

父親がいた

「……渡すかよ…お前になんかに…シロは…道具なんかじゃねぇ!!!自由に生きるべき人間なんだよ!!!!」

けど手段がない
もうダメか……そう思った目を瞑って目を見開いた……

そこは知らない場所だった

意味がわからない

まるで瞬間移動でもしたみたいに

けど誰もいない

父も母も信者も誰もいなかった

それだけで安心できた

腕の中にはすやすやと眠るシロがいた

ぎゅっと抱き締めて事切れたように倒れ込む

どうかどうか

お願いだ

俺はどうなってもいいから

シロだけは助けてくれ

そう刹那に願いながら

彼はそっと目を閉じた
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さん (8zf1pchi)2024/5/10 20:23 (No.104880)削除
『存在してはいけない記憶』




十字架で拾われてから数年経った。

リエルの怪我は完治、とまでは言わないがそれぞれ傷は塞がり、痕は残ったものの火傷も治った。

リハビリ代わりの日課の散歩。

いつかまた、妹と逢えた時にすぐに駆け寄りたいから、抱きしめたいから。

そんな散歩の途中。

猫を見かけた。

野良ではあまり見ない雪のように真っ白な美しい猫を。

そんな美しい猫が路地裏へ入っていく。

普段なら寄り道をしないリエル。

だがその猫がどうしても気になって歩きづらい足で追いかけてしまった。

路地裏に入って、猫を追いかけて奥へと進む。

まるでリエルを待っているのかのようにその美しい猫は時折立ち止まって、リエルの方を向く。

そうして路地裏の奥の奥。

普通の人間が、ましてや足に障害を持っている者が近付いてはいけない場所まで来てしまった。

そこにはゴロツキが数人。

ジロリとリエルの方を見遣る。

その目つきは獲物を見つけた狩人の目。

しかしリエルはそれが分からない。

なぜならそのゴロツキのことを色のついたモヤモヤにしか見えていなかったから。

ゴロツキが何かを喋る。

しかしリエルには理解できない。

首を傾げることしか出来ず、相手が何を言いたいのかも分からない。

言葉が言葉として脳に到達しない。

そうしている間に腕を力強く掴まれる。

何が起こっているのか、相手が何をしたいのか分からない。

引っ張られて無理矢理歩かされる。

足が不自由なリエルはその速度についていけず、足をもつれさせて転んでしまった。

そんなリエルの肩が今度は掴まれる。

モヤモヤが複数、リエルを取り囲んで見下ろしている。

何をしたいのか、何をされるのか分からないリエル。

服を脱がされてもその意図に気付けずにいた。




病気の影響で記憶に存在しないものが時々混じる。

それは幻聴と幻覚であることが多い。

だが稀に"存在してはいけない記憶"も存在する。

それがこの記憶だった。




リエルの記憶は飛び飛びである。


気が付いたら自分の体のあちこちが悲鳴をあげていた。

顎も、臀部も、背中も、足も。

口には得体の知れないものが入れられており、抜き差しがされている。

喉奥に当たっては嘔吐くがやめてはもらえない。

見えはしないが臀部も同じだろう。

得体の知れないものを、本来そのような使い方をされない場所に抜き差しされている。

鉄の匂いがする。

おそらくどこからか血が出ているはずだ。

だとしたら臀部か。

まるで切り裂いたように痛いのだから。


そこでまた記憶が途切れる。


次に気付いた時は四つん這いにされていた。

だがされている行為は変わらない。

それどころか背中をレンガのような固いもので叩かれている。

口に入れられた得体の知れないものを上手く奉仕しないと容赦なく叩かれた。

少なくとも痣が出来ているはずだ。

悪くてヒビか骨折か。


再び記憶が途切れた。


再度気付いた時は最初と同じ体勢。

違うものがあるとするならば息苦しさか。

状況は何一つ変わらない。

その中で初めて感じる息苦しさ。

まるで、喉を絞められているかのような。

否、間違いなく喉を絞められている。

息がしたいのに出来なくて、死んでしまうんじゃないのかという恐怖心が出てくる。

抵抗をしようにも両手両足、誰かに掴まれているようで動かせない。

言葉で抵抗しようにも嘔吐くばかりでまともに声も出せない。

酸欠からか、はたまた病気のせいか、また記憶が途切れた。


もう何度記憶が途切れたのかリエルは分からない。

一つわかることがあるとするならば、終わりのないこの行為。

苦しいだけ、痛いだけの生産性のない行為。

嘔吐いて泣いて苦しんでも終わらない。

まるで、人形のようにリエル扱うこのモヤモヤ達が一体どんな顔をしているのかも分からない中で、発端となった白く美しい猫の姿が見えた。

助けてほしい、藁にもすがる思いだった。

だが猫は無情にも去って行ってしまう。

殴られて、蹴られて、首を絞められて。

何度も何度も嘔吐いては涙を流して。

終わりのないこの行為は抵抗するより受け入れた方が早い。


リエルは全てを諦めて自ら意識を手放した。


最後の記憶は知らないベッドの上。

怪我の治療を施されておりそこが十字架内の部屋であることが分かった。

だが体はあちこちが痛み動かせない。

療養するように言いつけられてそのままリエルは眠る。

どうやって戻ってきたのか。

あのモヤモヤ達はどうなったのか。

分からないことばかりだが、リエルの中ではこの記憶は"存在してはいけない記憶"として忘れられることになった。











────────────???


リエルを襲っていたゴロツキ達の屍を踏みつけながら現れる2人組。

片方は山藍摺色の髪を持つ少年で、もう1人は白い布を頭から被った青年だった。




『あちゃ〜思ったよりやられてんねぇ?』

『お前がさっさと助けないからだろ』

『え〜だってつまんないじゃ〜ん!!』

『意味がわからない…』

『てか坊ちゃん治せる?』

『無理。やだ。つか綺麗さっぱり治ってる奴を放置したって意味ないだろ』

『そりゃそうかぁ〜!ならさ、恥ずかしいとこだけ治してやってよ』

『…そんな慈悲あったの?』

『ひっどいなぁ坊は。流石にオレだって可哀想だな〜って思うことはあるよ』

『……』

『なにその嘘だぁって顔。ほんとですぅ〜』

『…はぁ。なんでもいいや早く帰りたい』

『あ、痣とかは治しちゃダメヨ♡』

『うっっっっざ…』

『んな事言いつつぅ〜??…お〜!ちゃぁーんと治ってんねぇ』

『当たり前でしょ。…てか、血を摂るだけならただ襲えばいいのに…。どうせコイツ人の認識出来てないでしょ』

『ん〜?だってフツーとかつまんねぇじゃん?』

『その感性が分からない…』

『坊の友人クンも同じ完成の持ち主ヨ♡』

『はぁ…友達選びミスったな…』

『あっはは!今更じゃん!』

『…もういいや、アスタと約束があるんだ。さっさと連れてくよ』

『はいはい坊の仰せのままにぃ〜??』

『…殴るぞ』

『イヤンッ!乱暴は2人きりの時にネ♡♡』

『はぁぁぁぁぁ…………………』




少年がリエルを担ぐと、青年は美しい白猫に姿を変えた。​
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さん (8z9vrvz5)2024/5/5 01:17 (No.104374)削除
〖悪い気はしない。〗



「…………ハ?」



とあるいつもの通りの日常。


突然の出来事。


撫でられている、頭を。



「おイ、何気安く触ってんだヨ。」



そう言えば、相手の手を振り払う。



『あーすまん』


「オマエふざけるなヨ。」



軽い謝罪。


虫酸が走る、謝るならちゃんと謝れ。



「んデ、何でいきなり人の頭を撫でたワケ?」


『えーっとなァ…もふもふしてそうだったから。』


「引くワ、そんな理由で撫でんナ。」


『えー……』



自身のもふもふとした耳が気になったそうだ。


いや…それだとしても引く。


分が悪そうに、苛立ちを隠さずに舌打ちをした。



『そんで、撫でられた気分はァ?』


「ハ?」


『いやだからァ、撫でられた気分はどうだよォ?』


「気持ち悪い以外にあると思うのカ?」


『気持ち的な問題じゃなくてよォ、体感的なもんでどうだったかを聞いてんだよォ。』


「…………」



乱雑に髪を掴まれる訳でも無く、引っ張られる訳でも無く、優しく撫でられた頭。


体感的なものを問われれば、全くもって気持ち悪くは無かった。


そのことを言うかどうか、少し目線を下げて、何も言わずに考えた。



『ま、言わねェんならそれでいいわ。』



かなりいい事を言ってくれる。


こちらとしては好都合



『勝手に良かったと思っとくからよォ。』



と思ったのも束の間だったようだ。


「ハァ?ふざけるのも大概ニ…」


『じャあ感想言ってみろよォ?』


「…………」


『素直じャねェなァ…』



そんなことを言われれば、また顔を下げた。


自分のプライドが邪魔をするのだから、言える訳が無いだろう。


目の前の存在に感想を言う程、プライドは捨てていないのだから。



『そんじャ、俺はもふもふ堪能出来たから帰るわァ。』


「金は払ッて貰うからナ。」


『はいはい。』



そんな会話すれば、ここから離れる背中を見送る。



「………ハァ…」



大きな溜め息。


ふと、撫でられた頭に手をやる。


撫でられたことなんて久しぶりだ。


兄に撫でられたくらいの記憶しか無い筈なのに。


何でこんなにも、感情がめちゃくちゃになるのだろう。


色々な感情が入り交じって、また溜め息をついた。


今一番、言えること。


彼から撫でられたことは









「…………悪い気はしなかッタ。」



         本音
誰に届くことも無い言葉。


思わず、独りで零してしまった。
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緑茶さん (8z88g5i0)2024/5/3 21:42 (No.104258)削除
【La desgracia de una hija feliz.】

広い広い自室に戻っては、頭と心を落ち着かせる為にと姉のお下がりであるドレスに身を包む。


だが、それで何かが変わってくれる訳では無かった。


むしろ姉との記憶を思い出してしまい、過去の悔しさが込み上げてくるばかりだ。


『あの時守れていたら』


そんな虚しいタラレバばかりが心に積もっていく。


守れなかったから、この残酷で苦しい現実がある。


自分が守れなかったから、最愛の姉は寝たきりになってしまった。


自分のせい。


誰かのせいになんてできるわけが無い。


だって自分のせいでしかないのだから。


自分が弱かったから、無力だったから。


悪魔と呪いはもちろん殺す。そいつらと仲良くするヤツも殺す。大悪魔だって殺す。


だけど一番殺したいのは、フェリス。


自分自身だ。


自分が憎くて、殺したくて仕方がない。


爪を何度も何度も噛んでは、血が滲み出てくる。


痛い


痛いけど、別にどうでも良い。


だって姉はこれよりも苦しんだから。


私が苦しんだところで何にもならない。


可哀想?


そんなわけが無い。


そんなこと合って良いはずがない。


私は可哀想なんかじゃない。


可哀想なのは、お姉ちゃんだ。


私じゃない。


血が滲んでいる爪で、腕を引っ掻く。


何度も、何度も何度も。


殺したいほどに憎い自分を、殺すように。


これで死ねたら良かったのに。


こんな力、欲しくなかった。


要らなかった。


自分の無力さを思い知るくらいなら、


無い方が良かった。


だんだん腕からは微量の血が出てくる。


気にしない。


痛いけれど、でも。


何度目?


痛いを無視したのは


苦しいを見て見ぬふりをするのは


あと何千回繰り返せば良い?


その時、ふと聞こえてきた声


『フェリス。落ち着いて。誰も責めてないから…。』


ロス。大切な幼馴染の声。


それさえも、今は鬱陶しく思えてしまう


ロスは平気だから良いじゃん


どうせお姉ちゃんに何かあっても平気なんでしょ


「ロスには分からないでしょ?分からないならそんなこと言わないでよ。」


冷たい言葉を思わず言ってしまった。


言いたくないよ、こんなこと。


だけど今は、今だけはひとりにさせて欲しかった。


こんな惨めな自分を見て欲しくないから。


だが次に聞こえてきた声に、意識は凍てついてしまった。


『大切な大切な姉のお下がりのドレスを汚ぇ血で汚しても良いのか?』


指揮官であるカラリエーヴァの声。


その声に反応し、ドレスを見れば少しだけだがそのドレスは己の血で汚れてしまっていた。


姉からのお下がりなのに。


大切なものなのに。


「ぁ…。ちがう…ッ…。違う違う違う違う違うッッッ!!!!!!わたし、私はッ…こんな…こんなことッ…。」


こんなことがしたかった訳では無かった。


ただ姉を守りたい、それだけだった。


『違うだなんだそんな言い訳が聞きたいんじゃねぇよ。誰もお前にそこまで必死になれなんて言ってねぇだろ。』


鋭い言葉。


言い訳、


そうだ言い訳だ。これは言い訳でしか無いのだ。


後から強くなったところで、全て遅いのに。


胸ぐらを掴まれては、互いの蒼い瞳が輝く。


カラリエーヴァの瞳は自信に。


フェリスの瞳は後悔に。


『俺が惚れたお前はそんなんじゃなかっただろ。そんな惨めな姫様じゃなかっただろ。』


「知らねぇよ…。お前から見てる私を押し付けんなよ。」


それは全て、偶像に過ぎないのだから。


傷ついた爪と腕を一瞥しては、深呼吸をして言葉を紡ぐ。


「出てって。そもそも勝手に入るなって何時も言ってるでしょ。」


数秒、二人を睨んでは二人は不服そうな、まだ何か言いたげな表情をしながらも部屋から出て行った。


無力。


孤独。


でも、こうするしかない。


痛い


じんわりと痛みが体を流れる。


だけどこのままで良い。


罰だから、これは。


権能を使っては、その痛みを強くした。


ベッドの端に座り、短いナイフをまたしても権能で作り出す。


それを首に当てては、


「守れなくてごめんね、お姉ちゃん。」


そう言って首を切る。


しかし死なない。


死ねない。


死にたいのに。


「……死ぬのは逃げか。」


納得したように、落胆の溜息を吐いた。


逃げたいなんて思ってもないけど。
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