ソロル投稿所

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さん (8zf1pchi)2024/2/27 22:36 (No.96629)削除
夜、深夜とも言える時間。
使用人ならば普通は既に部屋に戻って就寝している時間にその少女はその家の旦那様の部屋の前にいた。
胸はまだ主張しておらず、生理すらきいていない、どう見ても少女と言える体型をしている。
身にまとっているのはとても少女の見た目年齢には似合わないネグリジェ。
ほとんど布がなく、服と言えるのかどうかも怪しいものだった。
少女の瞳には光が宿っておらず、生気を感じられなかった。
コンコンコン、3回のノック。
中から旦那様の声が聞こえ、少女は扉を開けた。
中に入った少女を見て旦那様はほくそ笑む。
少女にベッドの上へ乗るように告げ、自らが纏っていたバスローブを脱いだ。
少女は言われるがままベッドの上へと乗る。
旦那様と向き合えば旦那様はとても人とは思えないような笑みを浮かべて少女の両肩に両手を置く。
『何も怖がることは無いんだよ』
そう言って笑った。
少女は頷くばかりで微笑むことも出来なかった。
旦那様は少女の肩を優しく押してベッドの上に倒す。
ニヤリと笑った旦那様を見て、少女は諦めたように瞳を閉じた。







ペタペタペタ、と素足で廊下を歩く少女。
時折フラついており、少女の太ももに白い液体が伝う。
少女は廊下と部屋の間にあるトイレの中に吸い寄せられるように入っていくと、便座を上げて吐いてしまった。
夕飯として食べたもの全てを吐き出した。
だがそれでも少女は吐くのをやめない。
もう何も出ないというのに吐き続け、遂には吐血までしてしまった。
吐き続けたことによって喉を痛めたのだろう。
血を吐いてからようやく吐くのをやめた。
その場にへたり込むと疲れからか肩で息をする。
床に手をついて上半身だけは何とか支える。
体を支えている両手の間に雫が滴り落ちる。
少女は泣いていた。
まだ年端もいかない少女、まだ女としての初めてを奪われるには早すぎた。
しかもそれが、自分が仕える相手の父親となれば尚更だ。
気持ち悪くてしょうがなかった。
更にいうなれば、これがその仕える相手への筆おろしの前戯とも言えること、それが余計少女を傷付けた。
旦那様ですら気持ち悪かった。
兄のように慕っていた彼の前でいつものようにいられる自信がなかった。
もう二度と彼の前では笑えない。
彼の前にいることすら嫌になるかもしれない。
でも、離れたいとは思えない。
きっとこの感情は少女の我儘であり、まだ気付いていないが恋情だ。
少女は一息ついて立ち上がると吐いたもの全てを流して手と口を洗い、また廊下へ出た。
向かう先は自分の部屋。
明日の夜は彼の初めての相手だ。
失態は許されない。
今のうちに、全てをあきらめなければ、全てを捨てなければ。
少女は強かに前を向いて再び歩みを進めた。






















翌日、昨晩とほとんど同じ時間に少女は兄と慕う主人の部屋の前に立っていた。
少女は再び、服とは言えないほど布面積の少ないネグリジェを纏っていた。
しかしその顔は昨晩とは違う。
無表情でこそあれ、どこか諦めと虚しさを感じているように見えた。
コンコンコン、昨晩と同じように3回のノックをする。
中から彼の声が聞こえる。
少女は扉の取ってに手をかけて、扉を開けた。​
さん (8zf1pchi)2024/2/28 19:19削除
ロディは、女として必要な出来事全てを終えると両親からは常に男で居るように迫られた。
ロディも最初からそのつもりで、彼への筆おろしが終わったら女の自分を捨てるつもりだった。
でも捨てさせてもらえなかった。
旦那様が少女としてのロディを求めたから。
旦那様に抱かれる度に少女の姿をしているロディは吐いた。
胃液すら枯れるほど吐いて、喉を傷つけて。
だが彼に抱かれたあの時は不思議と旦那様の時のような不快感はなかった。
不快感こそなかったが、虚しさだけがあった。
女としてしか求められないのか、男としての自分は要らないんじゃないか。
ロディは両親に責められ、また旦那様に初めてを奪われた時に言われた言葉のせいも相まってどんどん自己肯定感がすり減っていった。
幼い頃の、彼を兄だと慕っていた頃の少女とはまるで別人のようになってしまっていた。
よく笑って彼を海の中へ連れ出したりしていた幼い少女。
性的な教育をされ始めてからは少しばかり接し方が変わったが、それでも兄として慕っていたのは変わらなかった。
でも今のロディには彼を兄として慕う心は無くなっていた。
彼の男の顔を見てしまったから、今まで知ることがなかった彼の男としての性の象徴を見てしまったから。
兄のそれを見て、自分が相手をして初めてを奪ったとしても兄として慕うことが出来る人間がいるのならば狂っている、と思うほどには傷付いてもいた。
昼間はほとんどを男として過ごし、夜は呼ばれるがまま女として性の発散を手伝わされる。
人魚という種族柄、顔は悪くない。
女として生きるにしても男として生きるにしても苦労はしないだろう。
だが両性、可変ができるタイプの人魚となると、ほとんどの人魚が思春期を迎える頃までには自分の性別をどちらかに決める。
けれどロディは自分の性別を決められずにいた。
両親には嫌われる女の自分、もちろんロディだって女の自分は嫌いだ。
けれど旦那様は少女としてのロディを求めている。




どちらになるかも決められないまま成人を迎えてしまっていた。




10年前、誕生日を祝われるよりも先に性教育を施された。
いつか来る仕事のため、旦那様の慰み者になるため。
嬉しくもない10歳の誕生日だった。
祝ってくれたのは彼だけ。
数多いる使用人の1人でしかないロディの誕生日を祝ってくれた彼。
朝からずっと性に対する教育ばかりを受けて、初めてのことばかりを教え込まれてわけも分からず疲れていた。
折角の誕生日だというのに嬉しくなかった。
けれど彼に祝われた時、嬉しくて泣いて喜んだかもしれない。
20歳になれば幼い頃のことなんてほとんど覚えてないけれど嬉しかったのは事実だ。
その日からロディの心の支えは彼だけ。
彼の傍に居れるなら、どんなに辛い教育でも耐えようと思っていた。
いつだったか、もう思い出したくもない初めてを奪われた日、その日ロディの心はほとんど壊れてしまった。
繋ぎ止めてくれたのは彼の存在。
彼がいるから生きていなければ、そう思って日々どんなに辛いことでも耐えてきた。
だが今でもその心は傷付けられ続けている。



青年となった今ですら、何度も何度も両親から『坊ちゃんと仲良くするな』『女の姿でいるのをやめろ』と言われ続けており、逆に旦那様からは"癒し"として女の姿を求められ続けている。
逆らうことができない両親と旦那様との間で板挟みとなり常に圧とストレスのせいで心が押しつぶされそうになっている。
それでも生きようと思えるのは彼がロディを傍に置いてくれるから。
だから生きようと、彼の役に立とうとしている。
主人と執事の関係、いつか彼も旦那様の跡を継いで家庭を持つ。
その時、もしかしたらロディは要らない存在になるかもしれない。
そうなったらきっと、ロディは彼に、いや誰にも知られないような場所で命を絶つだろう。
だって存在価値がないのだから、もう用済みなのだから。
彼からその存在自体を例え遠回しでも要らない、と言われたらロディは生きる意味が無くなる。
生きる意味がないのに生き続けることは出来ないだろう。
今でさえ、死にたいという思いが夜寝る前に溢れてきて死のうとした事が何度もあるのだから。
その度に、彼を悲しませてしまう、せめて要らないと言われるまでは、とロディは自分を奮い立たせたていた。
だがそれが無くなったら。
考えたくもない未来を想像しては1人涙することもあった。
それ程までにロディの心は限界だった。
だがそれを察してくれる人も、助けてくれる人もいない。
1人で抱え込むしか無かった。





かつて旦那様に言われた言葉、仕込まれたもの。

『男である時はリーを支えればいい。支え、守ることしか男であるお前には出来ないのだから。だが女である時は私やリーを癒すことだけを考えなさい。女とは男を癒すために存在するのだから。お前のその薄く幼い体でも癒すのに十分だ。私が今から仕込むことをリーにもやってみなさい。顔や言葉では嫌がったとしても、体は喜ぶだろうからね』

それは男としてのロディも、女としてのロディもまるで物として扱うようなものだった。
その時ロディの心が壊れかけ、そのような思考になってしまった。
自分は物だから、要らなくなったら捨てられるだけ。
だから要らなくなったら自ら命を絶つ。
それが1番潔い去り方だとロディは思っている。

将来、ロディを自由にする為とはいえ彼が手放したらロディはきっと死を選ぶだろう。​
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ヘルさん (90xdn9d1)2024/2/22 14:38 (No.96026)削除
父と呼ばれるものは最低だった。酒に明け暮れ妻を殴り女を探す。最低な男だった。


「おい!何故酒がない!」

「あ、貴方横にありますわよ」

「空だからいってんだよ!」


これが毎日だった。そのあとは母は殴られて蹴られた。



兄と呼ばれるものはいつも守ってくれていた。

まだ幼い彼女を、妹と呼ばれる者は兄に寝室へと連れていかれ眠りについた。

ここから聞こえる父の怒声、母の泣き声、兄は絶対この子を護ってやる、そう決心した。

ある雷のなる晩に出来事は起こった。

父は夕方に母を殴り家を出た。

兄も殴られて、頭から血を出している。妹は泣きじゃくる

父に優しくして貰えるのは妹だけだった。父の血を多く受け継いでいるからだ

だが、妬む事もなく母と兄は彼らなりの愛情を注いだ

食事の時は母が自分も栄養を取らないといけないのにおかずを妹にあげた。

ある夜父親は散々兄、母を殴った挙句何処かへ行った。

家族三人が眠りについた時引き戸が開いた。

それに気づいたのは兄だった。

どうせ父親だろうと思ったが火の音がする。すぐに起き上がり引き戸を見る。人間だ。

そう思った矢先。弓矢が放たれた。兄の心臓目掛けて。何とか避けたが腕を貫通。

兄の呻き声に目を覚ました母は人間の胸めがけ刀を振る。

1人倒したがその後に母も切られた。その時に



「零落…!生きてちょうだい」


と妹に覆い被さり息絶えた

一方兄は能力を使用しばったばったと人間を倒したが、とある人間が最期の力を振り絞り

「忌まわしい鬼どもめ!ここで息絶えろ!」と言い兄に刀を振り回した。兄は絶命した

妹は出来事の後泣きじゃくった。

時間が経ったら泣き止みここに居ては行けないと思い母の上着、小刀を持って走る。

人間に見つからないように息を殺して…



ここで目が覚めた。ずいぶん昔の夢、兄と母が死んだ日今日は命日だ。墓参りに行かなくちゃ

山奥に1人紅の上着を揺らし短い髪を揺らして土葬してある2つの墓へ行く

「久しぶり、母様、兄様」そう言って花を手向ける女が1人、彼女が手向けた花は

カーネーション・アイリス・キンセンカ・スターチス
りんどう・グラジオラス・ケイトウ・ユリ

と一般的社会における墓参りの花である。2人の墓に花を置き手を合わせる。













守れなくてごめんなさい。


これから彼女は母、兄のために生きられなかった分生きてゆくのだろう。
ヘルさん (90xdn9d1)2024/2/28 17:23削除
後から追加されたものだろう。
宴好きの妻が好きだった「紫苑」を墓の前に置いてあった
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うなぎさん (91huqvhv)2024/2/28 08:14 (No.96657)削除
少年の昏き朝

母親を殺したその翌日。

犯されてるのが自分の子供だと知っていてもただ快楽に酔いしれてる女に嫌気が差してしまった。種を2回巻いた後に口を塞いで覚醒剤を溶かしたものをコップ一杯分飲ませたら人とは思えない金切声を上げて、体を震わせてから死んでしまった。

無駄にしたくないからと、母親をブローカーに渡して臓器代をもらった。それをした朝は、ちょっと気分の悪いものだ。

「親、か」

やはり、ただ生殖してから子育て趣味の奴らに子供を投げ渡すのが一番なんだろうな。そんな子が、親という概念が生まれて、楽しく生きているんだなって。

無論この生活も悪くない。何にも縛られることなく、薬と金を使って育ち盛りの少女を食って、一時的欲求を満たし続けるただれた生活。だけど、自由は別に愛は付帯しない。寂しい限り。

……人生について考えるのは俺様らしくない。飯を食いに行こう。貢がせた金で買った白いスーツを着て外に出る。

「もう、昼近くか」

歩道を歩くと、時計は11時を差していた。あんな女に疲れさせられた挙句こんな時間まで寝るくらい疲れさせられた。とても最悪だ。

朝食を食いに行く時にはいつも行っているサンドイッチ屋には、そこまで遠くはない。けど、気分が憂鬱しているとあまりに長く感じた。

「今日はどこに行くー?」
「あっちで買い物しようよ!」

「おとーさん!おかーさん!」
「じゃあっちに行こうねえ」
「わーい」

なんで同じ光を浴びて、同じ場所にいて、同じ言葉で、同じ人間なはずなのに。ここまで生き方が違うんだろう。なんで、自分はそんなきらびやかな街で母親を殺すなんて惨めな生き方してるんだろう。

ああやって愛してくれた覚えはないけど、それでも寂しいなって。

好き勝手生きてるのに、だめだな。ずっと、ずっと考えてる。

悶々としている中でサンドイッチ屋に着いた。いつもと違って、ただただ惨めな気持ちを覆い隠すために足早で店内に入った。

「いらっしゃいませー」
「あ、ああ」

いつも通りの店のお姉さんにナンパしてたような気がするけど、なんだか無理だ。どうしても、気持ちが消沈してる。

「ご注文は……?」
「ローストビーフサンドを一つ。りんごソースで」
「わかりました」

カウンターの受け取り口で、待ち続ける。用事もないメニュー表を見たら、その光沢と反射で誰かが近づいてきたようだ。

「あ、クイン様?」
「ああ?」
「ここにいらっしゃったのですね」

父親の囲いの一人がやってきた。

「お父様からのご依頼は完遂されましたか?」
「俺様が誰だと思ってるんだ?とっくにやったさ。それくらい分からないの?」
「そうでしたね。ええ、私からお伝えしておきますね」

そうして囲いの一人は。店の外に出て行った。

あの女は、果たして子供を産んだ時にそいつを愛することがあるのだろうか。俺があんなことしてて、その親の鞘やってるような奴にはそういうのもないのだろうな。

なんで俺が人の品定めしてるんだろう。

「お待たせしました、こちらご注文の……」
「ありがとう」

自分らしくないことをずっとやって、気分が遠のいていたのを店員の声で我に帰った。流石にこのままだといつもの威勢があまりになさすぎるから、それを隠すかのようにしてさっさとトレーを受け取ってカウンター席に向かった。

朝と昼の間の時間帯だが今日はやけに人が多いのか、カウンター席は一つを除いて全部埋まっていた。

はあ、そうだよな。人ってほっといて欲しい時に限って寄ってくるんだから本当に厄介な生き物だ。

だが、俺様はクイン・チュイチュ。麻薬市場大手の御曹司だ、こんな木端な市民に遠慮することはない。一言挨拶することもなく、その席に座った。

「うわ……」

右の男が、俺の顔を見て怯えて逃げていった。

あんな男に恐れられても嬉しくないな、んじゃ、両隣空いたから気分を上げるために……ん?

左のやつは俺のことを気にしないで食っている。でかいフルーツサンド頬張りながら、何かをメモに書いては悩んでまた頬張ってはメモに書いてを繰り返してる。手ほどしかないメモにはおそらくC言語か何かのコードが書かれてあった。

人は集中するとああやって自分の世界に入っていく。そういう話こそ聞いたことあれど、集中してる人間は大抵近くでは俺に挨拶するためにいかなることがあろうとも近づいたらやめていた。そういう意味では職人という人種は自分の近くにはいなかったな。

その男の手元を見たまま、自分が頼んだサンドイッチを少しづつ口に頬張った。

「困ったな……」

そう呟く男。紫色の髪は、店内なのに少し靡いていた。

「しかしなあ、これだとセンサーが変に検知してしまうな。もっといい方法はないものか」

その男が、飲み物を手に取ろうとよそ見をしたまま己のドリンクに手を伸ばす。

すると、ごとん、がらん、からん……と、案の定手を当ててしまってコップをこちらにこぼしてしまった。

「あ、すまない」

男はこちらを見たら申し訳なさそうに、手をハンカチで拭いている。スーツは小手先ではどうもならないことは分かっているくらいには頭があるらしい。

「気にするなよ、俺様はこういうスーツは何着でもあるから別に気にしてない。それよりそっちのメモは大丈夫かよ?思考は替えがきかないだろ」
「私のメモは無事だったが……そんなところまで気に回させるとはだいぶ情けないことをしたな私も」
「お前は疲れてるんだな。一旦考えるのをやめて、ちゃんとしっかり飯を食べたらどうよ?」

そうだな、といった男はメモをバッグの中に入れてちゃんと目の前を片付けた。

「いよいよ君のような子に言われるまで考え詰めていたようだ、本当に申し訳ない」
「気にすんなよ。どうせ終わったら帰るんだ」
「ありがとう」

男は優しい笑顔で、俺様の厚意に感謝してる。仕方ない男だと、俺が飲もうとしたスプライトもそっと前に出すと飲んでくれという意図を察したのかお礼を言ってから飲み始めた。

「美味しいな。ゆっくりするって決めると、舌も敏感になるものだ」
「周りに気は回せない時は、一人で入れる場所でやってくれよ」
「そうだな……ああ、そうだ」

男はこっちを見ている。

「きみ、元気ないね。何かあったのかい?」
「俺様はそんな気に病むような生き方してないぞ。でも、そうだな……お前は、自分の親についてどう思う?」
「うーん。一般家庭よりかは幸せじゃないかな。反抗期が来る前に互いに一人の人間として尊敬して代わりがいない存在と知ってるから、互いに大事にできてる」

羨ましいな、と素直に思ってしまった。なんでだろう、生きてからそんなこと口にしたことないのに。この男の言ってることは、道徳を説く者とは違う本心が入ってる。

「君はどうなんだ?反抗期の途中なのか?」
「お父さんもお母さんも自分のことに夢中だから、反抗する気もなくなった。母親は、昨日死んだしな。オーバードーズで」
「そうか。親は放置してるんだな……」

この男は哀れみの目を向けることもない。ただ、ただ、こっちを見ている。何かの感情を抱きながら。

「自由にやっているから何もいうこともないけど、少しだけ気になったんだ。汚したことを後ろめたく思っているのなら今の答えで借りを返したと思っていてくれ」
「ではそう思うことにしよう」

俺は果たして何を求めてるんだろうな。自分と血のつながった女は気持ちよければなんでもよくて、自分の息子と交わっても何も言わなかった。その時に満たされた気はしなかったのだから、きっと欲しているのは肉欲ではない。でも、愛というものがあるとして、それを一切……目の前の男みたいに親とコミュニケーションを取って知ることができた訳でもない。愛というものが欲しくてもその性質がわからないなら探しようもない。

そしてその愛を知るきっかけもどこか遠くへ消え去った。自分は、きっと愛することを知らないまま死ぬ。この男との問答で、そう知ってしまった。

残りのサンドイッチも全部食い切って、そろそろ店を出ることにした。これだけ話したんだ、名前だけは聞いておこう。

「……俺様の名前はクイン・チュイチュっていうんだ。お前は?」
「私の名前はルーナ・ビアンカだ。また、どこかで会おう」
「ああ______また、どこかで」

どこにも居場所がなくなって、それでいて何かに晒されてる重圧感に耐えきれず、自分の巣への帰巣本能に駆られるように店の外に出た。

外の時刻は11時50分。

残り7時間の日の光すら耐えられない、それでも悲鳴を上げることは、誰かに縋り付くことは、気づいた一幕で全てを捨て泣くことは。

今までの生き方が許してくれなかった。
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柚子カレーさん (8zml5wu2)2024/2/26 15:25 (No.96450)削除
金髪の娘が、ガサツに銀髪の男の前に座る。銀髪の男は、その目の前にコーヒーを差し出して。

「なんだそのいかにもです、ってピアス。てめェそういうの好みじゃねェだろ」

金髪の目が、見開かれる。そうか。見ればわかってしまうものか。こういうものは。

「てめぇのような無頼漢にはわかんねぇだろうが。こういうのを人間性の担保、っつーんだよ」

自分には人間らしい交流があります。自分には他者との真っ当な関わりがあります。そういう関わりをきちんとできる人間です。そういった事実の保証。そう思えば全く安い出費であるし、無駄な時間でもない。
騎士団の立場もそういう意味では役立っているが、あれは人間性と言うよりは社会的立場、の方が大きい。

「商人様は考えることが多くて大変でいらっしゃる」
「だいたいてめぇの息子も似たようなもんだろが、極楽とんぼ」

副団長様とBARのうさぎの恋愛模様。気づいているやつこそ多くはないが。そもそも自分も目の前の男からそうだと言われなけりゃ気づかなかった口。
言われれば確かに朱雀殿の首に下げられたものと、うさぎの指にあるものは同じデザイン。何故わざわざペア物をつけたがるのか。

「理解出来んね」
「くはっ。なァにが。満更でもありませんって顔してんぜ?」

はて。満更でもない、とはどういう顔か。

「自分の人生に食い込まれることの何が満更なものかよ」
「おいおい、違うぜ狐。逆だ逆。向こうの人生を食いつぶしてんだよ俺らは」

あぁ、と合点が行く音がした。なるほど。

「「支配欲」」

ふたつの声が重なって。なるほどなるほど。支配、というのもおかしな話だが。自分の都合のために向こうの人生の重要なピースを利用しているのだから、あながち間違っている訳でもないのだろう。

「ふむ。気分は悪くねぇな。どれ、少し色をつけてやろう」
「まいどォ」

男の差し出したいくつかのロールをトランクに放り込み。代わりに封筒をテーブルに放り出した。

───────────

「やぁ。うさ坊。紅茶頼めるかな」
「あらぁ。狸狗狐さんが来るなんてめずらしいねぇ。どうしたの?」

客の少ない時間帯。BARに金髪の男が入っていく。別に酒の類を好んでいる訳では無いし、そもそも食事も必要ではない。

「いや何。こういうのは先達に話を聞くものだろう?」

そう言って、金髪の男はケースに入れられたピアスの片割れをカウンターに置く。
それと入れ替えるように紅茶が差し出され。

「……おどろいたなぁ。狸狗狐さんにも、そういう相手、いたのぉ?」
「うん。己でも驚くことにな。それで、聞きたいことなのだが。こういうのは始終つけておくものなのか」
「え。それ僕にきくのぉ……」

それ多分じぶんがこたえることじゃないでしょ、ってか自分で考えなきゃダメなことでしょ。という顔をバニーは隠しもせず。だって、ねぇ?愛しているからつけてます、じゃなくて、人に言われたからつけてます、なんて。言われたいことじゃないでしょ。

「なにせ長々生きて初めてのことだ。さっぱりわからん。うさ坊のそれ。そうだろう?」
「やだなぁ、バレてたの?」
「隠す気もないだろう」

金髪がそういえば、ふ、と銀髪の目が細められる。ああ、なるほど。気づく人間は気づく。虫除け以上の意味。

「あの子は僕のもので、僕はあの子のもの。示すには都合いいでしょう?」

支配と、顕示。いやあ、全く。本当に父親と同じ顔をする。その顔、朱雀殿に見せてやればいいものを。まったく、愛を歌うには。少しばかり悪辣すぎる。

「なるほどなぁ」
「ちゃんとつけてあげなよぉ。よっぽど都合悪いんじゃなければねぇ」

血とは実に恐ろしいものだ。それと知っているわけでも。そう育てられたわけでもないだろうに。

「では、そうさせてもらうよ」
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グラサンさん (8zkxxs3h)2024/2/26 13:39 (No.96444)削除
【14年分の片思い】

いつから好きだったなんて分からない

もっと前からだったかもしれないし
そうじゃないかもしれない

けどこの気持ちにハッキリと気づいたのはあの時だった





好きだなんて気づきたくなかった

友達のままで幼なじみのままで

それで居られたら苦しむことなんてなかった

いつの間にか目で追っていた

いつの間にか頭の中で考えていた

どうしようもないくらいに恋をしてるって気づいた

けどこんなの叶うわけがないから

口が悪いし

性格も悪いし

いつもいつも悪態ばかり着いて素直になれないし

きっと他に好きな人がいるでしょ

きっともっと素敵な人がいるでしょ

自分なんてただの幼なじみでしょ?

小さい頃にした約束だって覚えてないでしょ?

分かってる

分かってるのに諦められない

隣に立っていたい

そばに居たい

好きになって欲しい

自分を見て欲しい

そんな醜い黒い感情が出てきて
自分が嫌いになる








体を売るか、殺しをするかの2択だった

後者を選んだのは

まだ君が好きだったから

選んだって仕方ないのに

たったそれだけの気持ちで選択をした

意味なんてないのに

こんな行動をしても関係ないし

無意味に守ろうとするんだかららさ

本当に馬鹿だよ

叶うはずなんてないのに








13年?14年?久しぶりに見かけた

あの時よりも成長してカッコよくなっていた

また恋に落ちる音がした

けど...隣に立つことなんて叶わないって分かった

だって隣にはとても素敵な人が既にいたから









それでもまだ好きなんだ...








黒く醜い霧が心を支配するんだ

そこに立ちたいって

譲ってよ

奪わないで

返して

自分のものでもないくせにそう思ってしまう










好きになんてなりたくなかった

大嫌い

無神経に身勝手に心を乱す君なんて大嫌い

素直になれない自分が一番大嫌い
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緑茶さん (8z88g5i0)2024/2/23 16:05 (No.96135)削除
【Έρωτας με την πρώτη ματιά, πρώτη αγάπη】


好き。


大好き。


ずっと見ていたい。ずっと一緒にいたい。ずっと話してたい。触れてたい。


でも、ボクにはそんなことを言って良い資格はない。


ないから。


見てるだけ。


ちょっと近くで見てるだけ。


近くにいるだけ。


それだけで良いから。それ以上は何も望まないから。


望めないから。


でもね、本当は嫌なの。


きみが他の子と話してるのも、一緒にいるのも。誰かに触れられたり、触れてるのも。


他の人のものにならないでほしい。


ボクだけのものになってほしい。


でもきみはものじゃないし、きみにだって気持ちはある。


きみがもし、他の人のことを好きになったらどうしよう。


ボクは喜べるかな。


でももうその時は、きみがボクに向けている愛は他の人のものになってるんだろうな。


それはいやだな。それもいやだな。


他の人を愛さないで欲しい。


好かないで欲しい。


でもきみは優しいから、きっと他の人のことも愛するし、好きになる。


ボクにはできないことも、きみはする。


いいなぁ。ボクにはきみしかいないのに。


きみはボク以外にも大切な人がいる。


もうボクにはきみしか残ってないのに。


ずるい。


ずるいよ。


ボクだけ考えて欲しい。


ボクのことだけで頭いっぱいになって欲しい。


ボクのことだけで苦しんで欲しい。


ボクだけに優しくして欲しい。


ボクだけを触れて欲しい。


ボクだけを抱きしめて欲しい。


ボクだけに笑顔を見せて欲しい。


ボクだけを好いて欲しい。


ボクだけを愛して欲しい。


ボクだけものになってよ。


ボクもきみだけのものになるから。


でも。


こんなこと言えない。


言っていいはずがない。


ボクには、きみに愛される資格も、愛する資格もない。


そんなボクがこんなこと言って良いはずがない。


だって……


気持ち悪いでしょ?


迷惑でしょ?


きみだって、こんなことボクに想われたくないでしょ?


だから言わない


言えない。


我慢しないといけない。


でもね、本当は言いたいよ。


だって好きなんだよ。


大好きなんだよ。


愛してるんだよ。


他の人たちは死んでも良い。


今ボクたちが知ってる人達が死んでも、きみが隣にいてくれれば、ボクはそれだけで良い。


けど、そんなこと言ったら困らせるだけ。


「まぁボクに言う気はないですけど。」


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緑茶さん (8z88g5i0)2024/2/22 23:08 (No.96080)削除
【猫の日】


2月22日。


俗に言う猫の日とやら。


それを冬花が知る由もない。


だがまぁ…魔法と言うものはどこまでも不思議なもので…不運にも、ヘンテコな魔法にかけられてしまったようだ。


鏡を見る。


生えている。


猫の耳が。ご立派なくらいに。


なにこれ。


本当に、なにこれ。


瞬きをしては、頭のてっぺんに生えている耳を触る。


実感がある。どうやら夢ではないようである。


尻尾まで立派に生えている。


どうしよう。今日はフェリス様とヴァニタスさんと会う約束がある。


無視する訳にはいかない。


行くしかない。


「……絶対からかわれる…。」


あの二人だ。揶揄うに決まっている。


行きたくないなぁ、そう思いながらいつも被っているローブをいつも以上に深く被っては、約束の場所へと向かった。


🐱❄┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈🐱❄


誰もいない。


まぁ2人とも忙しいか…と思い待っていた。


ソワソワしてしまう。


いつ来るか分からない。


特にフェリスは、気配をよく消してくる。完全にドッキリだ。酷い。


そう思っていると、後ろから声をかけられた。


「おい。何してんだおめぇ。」


「ぇ、ぇ…!?」


いつの間に!?そこには、ヴァニタスがいた。


いつ来た?どうして気づかなかった?


冬花は慌てるばかり。


じっと見つめる、夜空のようなヴァニタスの瞳。


怖い。


「なんでお前猫になってんだよ。ギャグか?」


なんで!?なんで気づかれた!?


逆に気づかないと思った方が馬鹿らしいだろう。


「ぇ、ぁ、えっと…。実は…。」


と、冬花はヴァニタスに詳しく説明をした。


説明と言っても、朝起きてら生えていた、だけだが。


「まぁアリーフキに聞けばなんかはわかるだろ。どうせ魔法だろうしよ。」


「そ、そうだと良いんですけど…。」


アリーフキさんに聞いても分からなかったらどうしよう。


そればかり考えてしまう。


ネガティヴな思考で埋め尽くされる。


そんな様子を近くでヴァニタスは見ては、まぁ悪意しかない彼だ。イタズラしたくなったのだろう。


冬花の腰に腕を伸ばしては、指先で腰をとんっ、と何度か叩いた。


すると、冬花の体は震え上がり飛び跳ねてしまった。


何が起こった?何をされた?そんなふうに。


「な、ぇ……」


その様子を見たヴァニタスはもっといじめてやろうと尻尾を引っ張りバックハグのような形になれば、腰をトントン叩きながら尻尾の付け根を強く掴んだ。


「っ、ぁ…。んぅ、ゃめてくださっ…。」


なんて言いながらも抵抗はできずにいた。


その時。


「ヴァニタス何してんだセクハラだわ馬鹿!!!」


体が持ち上げられ、そして目の前には地面に転がるヴァニタス。


フェリスの登場である。


「いって…。ただのイタズラだわ。」


「度が過ぎたイタズラはいじめとセクハラだわカス。」


そのあとはなんやかんやあってアリーフキが魔法を研究した後にフェリスに解除されましたとさ。
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うなぎさん (91huqvhv)2024/2/22 01:43 (No.96003)削除
うなぎ宅小話・顔合わせの後

________夜。公園のベンチにて。

二人の男が、ベンチに座っていた。

「やってしまったなあ……」
「あれは私が対応できる話ではなかった。気がついたらキレていたからな」

薄紅色の髪をした男が一人、紫色の髪をした男が一人。

二人の間が空いている中では、焼酎の缶が四つ。おでん缶が大きいのが二つ。爪楊枝でおでんを掬っては、二人は口に運ぶ。何かやらかした後にしては、冷たい中で楽しく飲兵衛をやっている。

「肉付きと聞き分けのいい女だと思っていたが、風俗代が浮くぐらいしかメリットないからなそれだと」
「お前行かないから何も浮かないだろ」
「じゃ結婚した時の責任しか来ないな」
「それはいいところないじゃねえか」

二人の爆笑が、公園に響く。
ひどい話だ、レディの話題にしては最低ラインを下回る。

「だいたい何言ったらあんな怒るんだ?」
「君を特別扱いする理由はない」
「それが愛の言葉に聞こえるか?」
「愛があったらTENGAは赤十字よりハートフルだぞ」

また爆笑が公園にこだまする、自重なき男どもの下衆な会話もそれに追随して聞こえてくるようだ。

「それ言ったらもうカンカンでね。みんな嫌い!って言って飛び出していってしまった。淑女ぶりなど捨ててな。今夜分の宿を確保できていればいいんだが、確かめる術もない」
「まあの性格ならきっとうまくやれてるさ。そうだ、ご家族とは上手くやれそうか?結婚するとはその付き合いも生まれるからな」
「それが私、無理そうでね」

もうだめじゃねえか、と笑う男。
二人の話は、外気に晒され冷えていくおでんの倍の速さで盛り上がる。

「私はあの手の者たちが嫌いなんだ。何せ、一家団結して何かを守ろうというのが非常にいけ好かない。それを守れば人類に色がつくというのであればだよ、今の世の中になるはずはないからな。ただ一つの強大な力による支配、これに頼る弱さを歴史が証明しているのにこの始末。一家揃って学んでないのはまあバカでしかない」
「実はあんな言い草してて嫌っているのは親説ないか?」
「何言ってるんだ100%親のほうがどうかと思うが」

これが小説なら何度目かわからない爆笑が、公園に広がる。二人とも笑いすぎだ。

「聞いてくれ。最初はね、ただ綺麗な女だと思ってただけで小菊に興味なかった。それが別れ際の挨拶で、知らねえ!出ていく!ってなんもせずにそのまま出ていってしまった。あの時に、檻から虎を出した背徳感を味わったよ。ただの令嬢じゃ終わらないからな。で、地位が高い以上は家出した以上絶対に何かを手に入れつ。それが何かを見るために彼女の居場所を知りたい、というわけだ」
「何せ戦闘鍛錬は積んでたって話なんだろ?じゃあ、ノアの方舟に来てもおかしくはないな。来たら知らせるぞ」
「助かる」

笑いも治ると同時に、焼酎は半分を切り、おでんは出汁を残して食べ切った。

「こうやって出た以上彼女はもう、元には戻れない。だが、戻る必要もない。何故なら恥肉の数珠から放たれた彼女には、居場所しかないからな。自由とはその生き物のスペックによってのみ個が確立される。つまりだ、誰も白虎の側面なんて気にも留めない。本当の彼女のみを見て、認めてくれる世界へ飛び出した。私が婚約者から外れたとしても、仕事はもう終えたようなもんさ」

二人ともが器用に、おでんの出汁に焼酎を注ぐ。寒気に当たった瓶は、人肌ほどに緩くなっていた。

「じゃ、乾杯をして〆ようか。どうする?」
「では、彼女の約束された未来を祝って」

________こん、と音が鳴る。

「乾杯」
「乾杯!」
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柚子カレーさん (8zml5wu2)2024/2/21 23:36 (No.95997)削除
最も幸福な記憶は?
Reginaに指輪を受け取ってもらった瞬間だ

では最も恐怖した記憶は?
あの指だ

では、最も悲しい記憶は?

────────────

イェンスの朝は早い。BARから帰ってきて、まずやることはお弁当と朝ごはんの作成。あの子の口に入れるものなのだから、下手なものは作れない。結構丁寧に用意しているのだ。
そうして、起きたあの子と共に朝ごはんを食べる。

「おはようRegina。今日の帰りはどのくらいになりそう?」

一日の予定を擦り合わせて。だって、あの子が1人になる時間なんて作りたくない。この、広い家に1人っきり。きっと彼女は、大丈夫だよ、とか。慣れている、とか。そういうことを言うんだろうけど。もし本当に慣れているんだとしたら、尚更嫌だよねぇ。あなたがいないと心に穴が空いてしまう。俺はそうなんだから、君にもそうあってもらわなきゃ。

「行ってらっしゃい」

彼女を見送って、まずは買い物に出る。夜は何がいいだろうか。疲れて帰ってくるのだし、簡単なもの、というのは嫌だ。あの子は多分それでもいいと言うだろうが、簡単なものだ、と自分自身が思ってしまうようなものをあの子の口に入れたくない。さて……

商店街を回り終わる頃には、日は天頂にあり。家に帰り、夕飯の下ごしらえを始める。自分の朝食は、朝の残りと簡単に作ったサンドイッチ。あの子が知ればどう思うか?あの子が知ることなんてないのに、考える必要も無い。

下ごしらえを済ませれば、今度は部屋の掃除。彼女の部屋にも少しだけ。でも余計なところなんて見ないで、文字通り最低限の掃除だけ。彼女にだって、権利ってものがあるからね。

さて、そうすれば今度は毛玉になって。ぽふぽふ、ぽんぽん、と家の中を飛び回る。狭くてくらい場所。重苦しければなお良い。そういう場所でないと……人の手の、入らないような隙間でないと、もう寝れなくなってしまった。そうして、見上げた先に、壁の小さな凹み。人間体なら気にならないような大きさ。
毛玉ではどうやっても手が届かなくて。仕方なく、もう一度人間体に戻り、その壁に手を伸ばす。コンコン、と叩いてみれば、軽い音。空洞の音。人の家を壊す、という事実に、躊躇いがない訳では無いが。ましてやここは彼女の兄の部屋。自分がそこを使っている、ということに、引け目がないと言えば嘘になるのだ。けれど、多分。たぶん、ここはむしろ。

「………外れた」

そこにあったのは、何冊かの手帳。いや……日記、だろうか。パラパラと中身を確認したイェンスは、ベッドの上に身を放り投げた。あーあー。馬鹿だよあんた。どうすんのこれ。……多分もう、取り返しつかないのに。
彼女の身に、月ごとの血の匂いがした記憶が無い。家を掃除している時、そういった用品を見た覚えがない。何もかも手遅れだよ、あんたこれどうすんの。
イェンスは、それをまた壁の中へと戻す。あの子に読ませてやらなきゃ行けないのは山々だけど。だけどさぁ……。あの子に、子を抱かせてはやれないんだよ、俺。
あの時、あの子の手を取った時から。あんたが死んだ時から全部全部、手遅れなのに。

「………サイアク」

やっぱあんた、石の下に引こもるより前に、あの子にちゃんと伝えるべきこと。山のようにあったんじゃねぇかよ。

────────────

最も悲しい記憶は、あの日、あの子が俺の手を、振り払わなかったこと。
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緑茶さん (8z88g5i0)2024/2/21 22:48 (No.95991)削除
【αιώνια εξιλέωση】



雪が積もる


墓石が見えない


雪を払う


やっとのことで見えた


そこには、《モネ》と生きていた名前が刻まれていた



️🧡┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈❄



「…モネ、ちょっと遅れちゃったけど…。会いに来たよ。」


モネはマロングラッセが好きだった。


だから買って、墓の前に置いた。


冬花にとって、モネとは自分に名前をくれた大切な人だ。


そして…大切な、仲間。


そのはずだった。


だけどその命は儚く散ってしまった。


自分のせいで。


だからこうして、懺悔するように墓参りに来た。


他の仲間たちはもう先に行っていたようだが、冬花は精神が安定するまで時間を有してしまった。


仲間の3人に一緒に行こうか?と誘われたが、冬花はどうしてもひとりで行きたかった。


それは、謝るため。


墓に冷たい手を当てる。


呼吸をする度に白い息が小さな口からこぼれる。


何回も口は開かれては閉じてを繰り返し、やっとのことで言葉に乗せることができた。


「ごめんね。モネ。ボクのせいで助けれなくて。」


言葉は思っていたよりも淡々としていた。


だけど…どうだろうか。


表情はそんなものではなかった。


泣いていた。


涙で溢れていた。


自責、罪悪感、自己嫌悪。


自分のせいでこの子は死んでしまった。


あんなにも自分に優しくしてくれていたのに。


好きだと、大好きだと、愛していると言ってくれたのに。


そんなモネに、自分はなにかできただろうか。


なにもできなかった。


なにも返せないまま、見殺しにしてしまった。


償わなければいけない罪。


償わないと、そうしなければ自分は生きる資格もない。


価値もない。


「ごめんね、ごめんね…。モネは……ッ…モネはボクに……色んなもの、与えてくれたのに……なのにッ…。ぼく、ボクは…ッ。なんにも……できてないよッ…。ごめん。ごめんねッ…。」


いつもの許しては言えなかった。


言えるはずがなかった。


許してもらえるはずがないから。


許されて良い罪では無いから。


墓の前でうずくまっては、何回も謝った。


誰かが答えるはずがない。


そう思っていた。


だが意外にも、声は聞こえた。


『そうね。あの子はあなたのせいで死んだ。許すわけないだろうね。』


聞き覚えのある声。


その声の相手はモネの姉であった。


モネは小さい頃に両親を亡くし、それからは実よりもないのに姉弟たち全員で苦労しながら生活していたらしい。


以前、住んでいる城に家族が来ていたから会ったことがある。


ろくに話せなかったが、それでも家族仲は良好そうであることはよく覚えている。


羨ましいと思ってしまったことも。


「ぁ…。モネのおねえさ…」


『ねぇ、なんで生きてるの?』


その言葉に、何も返せなかった。


変えせる言葉がなかった。


だって、それは冬花自身も思っていることだから。


《自分はなんで生きている?》


《モネや他の子は死んだのに、どうしてこんな自分が生きている?》


自分が死ねばよかった。


何回も思った。


何回も死のうとした。


でも、やはり生きたいと思ってしまう。


だが、どうやら冬花が生きることを許してくれる人はいないようだ。


『モネは死んだのに!!!!なんで!!!なんでアンタは生きてるのよ!!!!返してよ!!!!あたしたちのモネを!!!!それができないなら死んでよ!!!!』


その言葉に冬花は母親を重ねた。


重ねてしまった。


皆、自分のせいで人生が崩壊している。


なのに自分は死なない。


死ねない。


未だに生に執着しやがる。


誰にも生きることを望まれていないのに。


誰にも生きることを許されていないのに。


どうしてそこまで生きたいのだ?


『なんで何も言わないの?………………。嗚呼…そっか。人殺しだもんね。わかんないよね。被害者遺族の気持ちなんて。アンタが逃げてた間も毎日来て祈ってたあたしらの気持ち、人殺しに理解できるはずがないもんね。』


違う。


逃げたんじゃない。


心が壊れかけてたから、治していただけ。


それだけなんだ。


だけどそんな言葉も、全て言い訳と捉えられてしまうのだろう。


冬花は過去の記憶と今言われている言葉に震え、泣くことしかできなかった。


『なんでアンタが泣いてるの?!アンタが殺したくせに!!!!アンタが!!!!アンタが……!!!』


その言葉を言いながら、彼女は泣き崩れてしまった。


冬花は声をかけないと、そう思い口を動かし言葉にしようと思った。


その時、ローブを誰かに引っ張られた。下からだ。


そこには、幼い子供がいた。


そしてその子供は冬花を見詰めながら言った。


『ねぇ、モネお兄ちゃんを返してよ。僕、なんでもするから。モネお兄ちゃんを返して。』


冬花はその子供をどこかで見たことがあるような、そんな気がした。














嗚呼、昔の自分だ。


この子供の、全てに絶望している瞳。


昔鏡で見た、自分の瞳と同じだ。


「やめて、そんな目で見ないで…ッ…。」


《お前のせい》


《全部お前のせいだ》


《お前が生きてるから、みんな死ぬ》


《みんな絶望する》


《お前が生きてるだけで》


《お前は誰にも望まれても、許されてもいないのに生きる、化け物だ》


《人殺しだ》


冬花は逃げた。モネの家族から。


必死に逃げた。


逃げた先は、あの時のスラム街だった。


冬花はうずくまり、地面に涙をこぼした。


「………………………………………………………………死なせてよ……ッ…。なら、………ならッ!!!死なせてよ!!!!殺してよ!!!!ボクだって死にたいのに!!!!なんで誰も死ぬの許してくれないの!!!!」


冬花はもう限界だった。


死んで欲しいと言う人がいる。


死なないでと言う人がいる。


冬花は分からなかった。


どうせ誰にも、どちらも許して貰えない。


何も許して貰えない。


「……………死にたい。……だれか……………ッ………殺してよ…………………死なせてよ…。」



❄┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈❄


「……………………………………………………………死にたい。」


だけど


「………………誰か……ボクが生きるのを…許してよ……。」



緑茶さん (8z88g5i0)2024/2/21 22:49削除
「お母様、なんでボクを産んだの?」
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ヘイさん (8ze0xlyw)2024/2/21 22:28 (No.95989)削除
【極道の挽歌】

人というのは、皮肉にも自身の直視したくない物から目を背けるものだ。それに気付いてしまえば、心が壊れてしまう。自身の心を守るために、人は直視したくない現実から逃げる。

ならば、もしも嫌でも向き合わざる負えなくなった時、人はどうなるのだろうか。

その現実と上手く、向き合えるのだろうか









「おい親父、アンタに限ってんなことって嘘だろ...!?」

ギラギラと輝く街の大通りで、スーツを着た一丁前の極道がその額に冷や汗を浮かべながらひたすらに走っている。それを見ていた周りの者は、般若の顔とも言える必死の形相に怯えて縮こまってしまっている。
何故男はここまで焦っているのか。何故必死の形相を浮かべているのか。答えは至極単純だ。

男の下に、一つの凶報が届いた。

北雲会直系、入嶋組組長、入嶋俊和が、彼の親が襲撃によって命を落としたと。

彼は未だに信じられなかった、自身を拾い、自身の子どもとして育てて来てくれた恩人が。熊をも素手で打ち倒す程の強者が死んでしまったことを。

「んなことあって溜まるかよ。入嶋の親父が、易々とくたばるなんてな!」

息を切らしながらも、彼は自身に言い聞かせる。そんなはずは決してないと、何かの間違い、虚報であると。でも、心のどこかで、彼はもう知っているのだ。自身が敬愛する親父は、もうこの世にはいないのだと。
でも、その目で見るまでは信じない。きっとまだ生きてる。そう希望を持たなければ、彼は耐えられなあった。
夜道に虚しくも力強い足音が響き渡る。それと同時に、龍と化した昇り鯉が、気迫を強めている。
血反吐を吐く程必死に走り、気付けば、彼は入嶋組の本拠地を眼前にしていた。

「お前ら!親父はまだ生きてる、か...」

勢い良く扉を開け、組員に安否を聞く。

彼を襲ったのは、直視せねばならぬ、残酷で冷酷で空虚な現実だった。

虚報ならどれほど救われただろう。

ただの悪戯ならどれほどよかっただろう。

目の前に見せしめの如く転がっている死体は、数人の若頭補佐と組員。




そして、組長。入嶋俊和その人だった。

「ッ、親父!」

彼は涙を必死に堪えながら、もはや何も言わぬ肉塊となった親の側に駆け寄る。

「おい、しっかりしろよ!誰にやられたんだ。親父!」

もう返事は帰ってこない。そう知っていても、彼は聞かずにはいられなかった。怒り、哀しみ、憎悪、様々な激情が心の中でグチャグチャになる。もう自分でも何が何だか分からない。頭は考えることを止めようとしているが、心はこの現実を受け入れようと躍起になっていた。

「待てよ、他の奴らは何処だ?」

今、入嶋組は彼以外全員本部だ。玄関の広間にいる数じゃ全然足りない。凶報を知らせた組員、桐島明も今は出払っていない筈。

最悪の予感が彼の思考を支配した。

「冗談もいい加減にしろや...!」

そんなことはない筈だと、最悪の未来を否定するために彼は玄関からつながる通路に出て、部屋を調べ始める。だが、もしかしたら、ここで引き返した方が彼にとっては良かったのかもしれない。それでも彼は進むだろう。有り得ないことが、有り得てしまっているのかもしれないのだから。

通路を覗き込んだ時点で、数人、いや、十数人の死体が顔を見せる。虚ろながらも、怒りと苦悶に満ちた表情のまま、死体は放置されている。

「クソッ!」

物言わぬ死体には見向きもせず、彼は半狂乱になりながら、部屋を捜索する。扉を開ければ死体があり、扉を閉める。扉を開ければ死体があり、扉を閉める。扉を開ければ死体があり、扉を閉める。扉を閉める。閉める。閉める。閉める。閉める。

開けて、閉める。

それの繰り返し。例外はない。生者はいない。例外はない。

もうこれ以上、何も見たくなかった。でも、見なければならなかった。

「もう...もういいだろうがよ!」

今にも張り裂けそうな心を必死に抑え込みながら、彼は最後の部屋へと向かう。絶望の中に取り残された、最後の希望。そこにはきっと、誰かいる筈だ。
掴めぬと分かっている希望を胸に、走り続ける。
あるのは絶望の報せのみと知っていながらも

「おい、誰か生きちゃいねぇのか!」

最後の扉を、悲鳴にも似た叫び声を上げながら開ける。そこにあるのは、さっきと同じ光景。惨めに殺された組員たちだった。だが、先ほどとは違うものが一つある。組員の一人が、スマホを付けっぱなしにしながら握っていたのだ。

「一体、何をしていたんだ...?」

組員の死体に駆け寄り、手からスマホを奪い取る。スマホにはメールアプリが開かれており、来ないでくdと、恐らく書いている途中だったであろう文章が映し出されていた。

動揺しながら顔を見れば、凶報を送って来た組員だった。最後の力を振り絞って、自分を守ろうとしてくれた、一人の組員。その顔を見て、彼は床に力なく倒れ込んだ

「ッハハハハハハ...ったく、親父の言った通りだ。悪いことばっかしてたら、罰が当たるんだなぁ...」

空虚で虚ろな目は、天井を向いている。まるで生を諦めたかのような、全てを悟ったかのような哀しい瞳だ。

「俺みたいな何もねぇヤクザもんが、これからどうやって生きりゃいいんだか」

もはや、今にも命を絶ちそうな者が呟きそうな戯言を言った途端、何かが落ちるような物音と共に、誰かの声が聞こえる。

『もしかしておめぇ、死のうだなんて考えちゃいねぇよな』

大きく目を見開いて、後ろを振り返る。そこにあったのはボイスレコーダー。録音されているのは、入嶋の親父の声だった。

『コイツは、俺が死んだときや組が壊滅したときにお前に渡してくれととある奴に託したもんだ。俺は一方的にしか喋れねぇし、お前は俺に何かを言う事は出来ねぇ』

最初にそのことを断っておくと、録音音声は言葉を紡いだ。

『園也。お前は今酷く落ち込んでるだろうな。入嶋組が無くなるかもしれねぇ。でもお前には何も出来ねぇ。無力感に打ちのめされて、自分の事弾きそうになってるんじゃねぇか?』

図星だろ?と、少しだけ笑っている親父の声を、静かに、ただただ聞いている。

『あのな。俺は別に、お前はこの組に縛られねぇでいいんじゃねぇかと思ってるんだ。この組継ぐってお前があんまりいうもんだから、中々言い出せなかったけどな』

頭を掻く音が聞こえる。恐らく困ったものだと思っているのだろう。入嶋の親父はよく、困ったときに頭を掻く癖があった。

『別にお前がこのまま極道続けようが、別のことしようが俺はどうでもいい。お前は、自由に生きりゃいいんだよ。俺みてぇに、親に縛られずにな...好きに生きればいい。思い切り楽しんだらいい。どうせ、俺等は早く死ぬんだ。なら、思い切り暴れまわりゃいい』

力強いが、優しく、心にできていった氷塊を溶かすような、熱気のこもった声で、入嶋の親父は彼の心を揺さぶった。

『最後に一つ、言いてぇことがあるんだ。園也。親ってのはな、子がいて初めて親に慣れるんだ。





ー俺を親にしてくれて、ありがとう』

その言葉を最後にして、彼の親父の声は途絶えた。

最後まで聞き終えると、彼は廊下まで歩き、部屋の外にあるボイスレコーダーを拾い上げる。そしてそれを、徐にポケットに仕舞い込んだ。

「巣立ちの時ってのはよ、もっと華々しいもんだぜ。親父」

荷物を纏めに、自分の部屋へと向かう。極道は卒業しない。だが、心に決めたことがある。

親のように、いや、親を超えるために、自分は極道であり続ける。今のもはや形だけの地位も、所属も、何もかも、全てを拭い去って、親元を離れ、自分の組を持って、全ての極道の頭になる。

好きに生きろと言われた。思い切り楽しめばいいと言われた。思い切り暴れまわればいいと言われた。なら、そうしてやるさ。自分のやりたいように生きてやる。自分のやりたいことを全て、叶えてやる。

「まずは、ちょいと別の組に邪魔しに行くか」

その目にもう諦めの二文字はない。喧嘩好きの、自分なりの仁義を持ったヤクザ者。あるべき自分の目に戻っていた。




一人の女性が、彼から隠れるようにしながら、彼の後姿を見ていた。

「...これで良かったのよね。貴方」

乱れた衣服を直し、口元についた何かを拭いながら、女性は何処かへと消えていった。




「...これでもう、心残りはねぇな」

スーツケースに自分の私物を詰め、懐にハジキやドスを忍ばせて、彼は自分の部屋を出る。

物言わぬ仲間たちが見送る中、彼はこれからの方針を決めていた。

通路を抜け、広間についた時、彼を待っていた親父の方に向き、スーツケースを降ろして向き直る。

親父がいつもと変わらぬ、厳しい顔を見せる中、彼は膝を曲げ、上に手を置いて、頭を下げた。

「入嶋の親父...今まで、お世話になりました!」

数秒ほど、涙を流したまま頭を下げる。再度頭を上げた時、親父は少し、優しい顔をしたような気がした。

入嶋組を背にして、彼は歩き出す。さぁ、今日が新たなる一歩を踏みしめる時だ。

後悔はない。何故なら、自分に取って一番大切な後押しをしてくれたのだから、悔やむ必要なんてない。



俺が自分の道を歩むことが、ここで散った偉大なる極道たちへの挽歌となるのだから。
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パラボラさん (8z9okuac)2024/2/21 19:56 (No.95966)削除
からっぽの男

空は好きだ。
何故なら止まる事はないから。
雲は風に乗り、星は廻る。

人と竜の子の親は、
それは優しい者達であった。

けれど、そんな母は病に伏してしまった。
種族を越え子を産むことは、神の逆鱗に触れる行いであったのやもしれない。

母が病に苦しむ中、家族は何者かの襲撃にあった。
父は竜であったが、其れを容易に上回るかの者は、まるで閻魔大王が罪を裁くため派遣した魔物のようだった。

死力を尽くして追い払おうとも、毎晩其れは襲いくる。

暗雲立ち込め雷が降り注ぐ。
今にも力尽きんとする二人は、その人生にして唯一信用に値する者へ。

何より愛する奇跡の子、
後のアイザック・センリガンを預けた。
「「ほんの少しの間、赤子の面倒を見てくれないか」」
そう言って。

預けられた炎の少女はさぞ困惑しただろう。
どうしていきなり?
だとか、
何があったの?
だとか。

少女の様子を見た二人は、雨に濡れながらもはぐらかす様に微笑んだ。今にも泣きそうなのに、其れを押し殺すように。
用が済めば足早に、二人は帰路に着いたんだと思う。

その後二人が如何様な結末を辿ったのかなど、語るに値しないよね。


それでまあ、預けられた子はすくすくと成長し、あっという間に少女の一回りや二回りも大きくなった。

だが働き者という訳でもなく、時に飯も食わず、自然を眺めるだけの日々だって中には数えきれぬ程にあった。
近くの村々とも共生していたが、それ故に村人からは疎まれていたことだろう。

少女の方ばかり働いて、いかにもな労働力は穀潰し。
そう思われるのは当然だ。

何をしてもうんともすんとも言わず、まるで硬い岩だ。やがて村人達は呆れ半分、飽き半分といった感じで、彼から離れていった。

何もせぬ時、彼はよく空を見上げていた。
日中は雲が流れ、太陽は世界を照らす。
夜中は闇に光の粒が煌めき、月は眩い光を放つ。

やる気もなく、怠惰を貪るばかりな彼にはお誂え向きで。いつしか趣味となり、またいつしか習慣となった。


それからしばらくしてふと思いつき、少女に断りを入れ旅に出てみることにした。
食事など本当に困った時にすれば良い。
世界を知るのも一興だろうし、と。

まぁ、何もせずのうのうと過ごしていた頃よりかは健康的で。
体は逞しく、背丈は更に伸び、怪力を手に入れた。

まるで何億年も昔の文明をなぞるような生活をしていた彼だが、ある時に人に拾われた。

曰く政府というところの所属らしいが、ピンと来ない。
強さがあるからと流されるままに魔法騎士団に入れられ、数多もの敵を殺す。

戦いは楽しい。表立っては言えないけれど、殺しも嫌いじゃあない。それに、大好きな酒だって飲める。

けれど、満たされない。
平穏な暮らしでは、血の騒ぐ殺し合いでは。

からっぽな心を埋めるように、今日も彼は空を見上げる。

からっぽな男が見るその空に、

つい恋焦がれてしまうような一番星は、

昏いからっぽを照らしてくれる眩い星は、

他全てがどうでも良くなるほどに輝く星は、

まだ、無い。

だがそれでも、

求めること、探すこと、見つけることは…


…………得意だ。
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