ソロル投稿所

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柚子カレーさん (8zml5wu2)2024/2/6 09:15 (No.94015)削除
【燦輝ちゃんとイェンスくんの話】

「ねー、おにーさん迷子?」

地図を片手に、ウロウロと歩き回る男が1人。燦輝の目に入る。さっきからずっとなにか探して行ったり来たりしてるんだよねぇ。

「あ"?」

「やだ〜威嚇しないでっ☆」

ひぇ。こっわ。2,3人殺してそうな目してる。やばちゃん。よく見りゃピアスもめっちゃしてっし。いやそれはウチも同じか。まあそこでグイグイ行けんのがギャルってもんよ。任せろ。

「あんまウロウロしてっからさ、ちょっと気になっちゃって〜。なんか探してんなら手伝おか?」

目を逸らして、なにか考えている男は、数秒して舌打ちをした。いや舌打ちやめろし。失礼だし、怖いし。その上ため息までついたよこいつ。話しかけたのまじ失敗だったかもしれん。

「アクセサリーショップ。探してる」

あ、そういう。あれか、人に頼んの嫌なのか。よく見りゃ足先も動いてっし、耳も立ってる。うーん警戒心バリバリ。臆病ちゃんか?

「あー!おにーさんピアスバチバチだもんね〜。あれ、いつもの店で買や良くね?あ、気分転換とか?わかるわかる別のブランドつけたくなるt」

「マシンガントークやめろ。そうじゃねェよ」

右手をぶんぶんとふって、言葉をさえぎられる。この程度でマシンガントーク扱いすんなし。そんな喋ってないじゃん。

「んじゃ何?」

あー、だの、うー、だの言いながら首の後ろをかいたそいつは、そっぽむいて、すげえ小さな声で、

「ブライダルジュエリー。恋人に」

「……やっば。とんでもねー幸せのおすそ分け来ちゃった」

あれかな。緊張しててイライラしてんのかな。そう思うとなんか可愛くなってくんねこの態度。
へーーブライダル。恋人に。へーほーーーー。

「任せろちゃん!案内したげる!あ、背中乗る?」

「断る」

「だよね〜。恋人居んのにしないかそんなこと。んじゃ着いてきて……真後ろはやめろし、うっかり足当たるかもしれんから」

ギャルは他人の恋バナのタダ乗り大好きだからね。もちろんウチもだいすき。他人の恋路に首突っ込むと馬に蹴られるらしーけど、そもそもウチが馬だから問題なくね?マヂウチ無敵だわ。まあ今蹴られそうになったのはウチじゃなくてこの人なんだけど。真後ろは見えないから上げた足当たるかもしれんくて真面目にフツーに危険なんだわ。

かっぽかっぽ、と蹄の音が響く。その途中で地図を見せてもらったけど、少し古い地図。見つからんのも仕方ないね。

「ほらここ。ジュエリーショップ。ねーおにーさん。指輪選ぶとこ見ててもいーい?ウチもピアスみてーし」

すげー嫌そうな顔されたわ。まあ勝手に着いてこ。

いらっしゃいませー、なんて店員の声をスルーして、店内に入る。なにかお探しですか、に対して、ペアリングです、ピアスです、なんてバラバラの答え。店員の豆鉄砲食ったような顔。ちょっとウケた。

「ウチは道に迷ってたのを連れてきただけなんよ。自分のピアスついでに。……そういや名前も知らんわ」

まじウケる。まあそんなこともあるかもネ!ピアス増やしたいのはマジだし。

自分のピアスも見ながら、おにーさんの方に聞き耳を立てる。

「ダイヤモンド……と、アメトリン。指輪の内側に、石埋めるやつ……え、こんなに形あんの……」

男の人の 貴重な 混乱シーン。やば。ウケる。

「あんねーおにーさん。もし日常的につけて欲しいなら、シンプルなやつの方がいーよ。邪魔になんねーし、どんな服でも合わせられっし」

ちょっとアドバイスしちゃろ。でもこれ以上はマジで蹴られそうだし、退散退散。いくつかのピアスを比べて、しばらくして小さなリボンのピアスを手に、会計に向かう。
その横で、おにーさんは指輪を入れる箱を選んでいた。剣腕のV字リング。シンプル・イズ・ベストってやつだね。
そうなれば、外に出るタイミングも何となく合うというもので。

……見えてる地雷原に突っ込む趣味はないんだけどさ〜。そーいう危ない橋渡るのはぜんっぜん好きじゃないんだけどさ〜。でもどーーーーーしても聞きたいことってあんじゃん……。そういうことに限ってきいてみたくなっちゃったり、すんじゃん。

「ねえ、おにーさん……。受け取って貰えなかったら、どーすんの………?」

「………………さァ?」

あーーーもうダメです。聞かなきゃ良かった。そんな顔すんなし。ねえおにーさん。アンタさ、恋とか愛とか、ぜんっぜん興味無いだろ。性根はそう言う人間だろ。一人でいても問題ないどころか、ホントはそっちの方が都合いい人間だろ。
相手の人はご愁傷さま。結婚は人生の墓場だぜ。地獄の底まで真っ逆さま。多分あなたはこの顔を、これから一生見ないんだろうけどサ。

「幸せのおすそ分けどーも。ウチもう行くわ。おにーさん、すっげえベタ惚れの顔してるから」

殺したいほど愛してる、って顔。
柚子カレーさん (8zml5wu2)2024/2/12 21:05削除
【燦輝ちゃんの垣間見た、イェンスの憎悪の話】
昔、母に父のことを聞いたことがある。母は、パタパタ耳を動かすだけで、教えてはくれなかった。
昔、群れの仲間から聞いたことがある。母は、父に同意なく犯され、やむなく子供を孕んだのだと。
昔、知らない人間に聞いたことがある。手頃なサイズの生き物に穴があれば欲を満たすには十分と。

男は、欲を満たすだけで満足する。その後のことに責任を持たぬ生き物ですら、種を持つ。
凹凸揃えば、男は相手の同意すら問わずに己の種を残す。
本来触れるはずのない肉のうち、ねばついた粘膜に、その種を受けて子を残すのが女。
それを理解した頃には、漠然と己の性を疎んでいた。
子を残すためのシステム、それ自体が。おぞましさと気持ち悪さだけで構成されているのだと、知ってしまった。

目を失い、人に混じって暮らすようになって。己の姿に、本当に、あの男の血が流れているのだと、吐き気さえ覚える気持ちだった。
声をかけられた女とホテル街に足を向け、心底おぞましい行為なのだと理解した。
孕めば身を削る。そのくせ、知らぬ男とでも寝られる生き物。その腹に。ねばつき生ぬるい、おぞましい場所に精を受け、悦ぶ生き物。
男も女も、さして変わらぬ、おぞましいものなのだと理解した。

それでも、他人を組み伏せ、ねじ伏せ、懇願させる。その行為は、何かを満たしてくれたから。何か、空っぽの場所に、軽くて薄っぺらだけれど、何かを詰め込めたから。
その行為を、繰り返した。最初以来、服を脱ぐようなこともしなかったし、縋られるのも鬱陶しく、その腕を縛り上げての行為だったけれど。
満たせたと思い込むだけで、どうせしばらくすれば飢えるだけだったけれど。

恋や愛を謳い騙り、それらしい言葉を並べ立てて幸せだ、嬉しい、愛おしいなどと喜ぶ、気持ちの悪いもの。
そんな恋だ愛だの言葉に騙され、ねじ伏せ、ねじ伏せられ、征服しあうことを良しとする。
言葉遊びの、屈服ゲーム。
それが、イェンスのいう、「恋愛」だった。

その娘に出会う前の話。その娘に出会わなければ、知らなかったものの話。狂わなかった、男の話。
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ヘルさん (90xdn9d1)2024/2/11 09:35 (No.94604)削除
私は兄様が好きですよ!そういった妹は元気だろうか。
ここは夜長家のお部屋、黒を基調とした部屋の机に置いてある綺麗な本の表紙には
「xxxx年○月△日~」と書いてある。誰かの日記のようだ、
これは夕の兄「夜長悠馬」の日記だ
xxxx年○月△日。
今日から、今日は俺の15歳の誕生日。
この日記に今日の出来事と夕の可愛さについて書こうと思う。一年続くといいな…
この日記帳も夕が俺が誕生日プレゼントとしてくれた。めっちゃいい妹を持ったと思う。
まだあの子9歳なのに。

xxxx年○月×日(10日後)
この日記を書いてから10日が経った。今日は夕とパンケーキを作った。俺が生地を作って夕が飾り付けをした。夕は飾り付けが上手い。苺を盛り付け生クリームを乗せて砕いたクッキーをまぶして完成。凄く美味しかった。後、夕の
「お兄ちゃんのパンケーキ美味しい!!夕お兄ちゃん大好き!」と言ってくれた。
可愛いぃぃぃ!!!いっぱい作ろう。


xxxx年×月×日(1年後)
今日は俺の誕生日。今日でこの日記を使うのも一年になる。夕も10歳になった。またあの父親と母親にみっちり勉強させられているのだろう。可哀想だ。あの子は外の世界を知らない。
勉強が終わったら庭へ出て小川へ行って水遊びをしよう。楽しそうだ。

xxxx年~月~日(3年後)
俺の就職先が決まった。親と一緒の所らしい。
親に自分の意見を言えずに決まってしまった就職。
夕に会えなくなるのがいちばんの苦痛だ。だが、これもいい経験になるのかもしれない。
そう思い支度を始める。夕があの親たちに行くのは嫌だな。もう彼女は13歳だ。
自分の意見を言える子に育って行ってほしい

xxxx年×日(3年後)
夕の誕生日に厄除け結びのヘアピンをプレゼントした、「兄様!ありがとうございます!」
え!?兄様!?お兄ちゃんだったでしょ!?って言ったらもうお兄ちゃんは恥ずかしいとの事
そっかぁ‥、夕ももう16歳だもんなぁ…、と思ったら夕も就職先が決まったらしい
「騎士団」らしい騎士団!?いや、危な…、怪我したら俺泣くよ?
まぁ、夕は剣術も上手いから出来るだろう。
頑張れ!夕!

xxxx年×月🌕日(今日)
久しぶりに夕と会った。もう立派な女性になっていた。だが、お菓子好きは抜けていないようで食べる姿はハムスターに似ている…、可愛い。今日も仕事頑張るぞー!!


この記述は今日の日付だ。
この日記を見た妹、夕は笑顔を浮かべ兄の部屋を髪の毛を揺らし部屋を出て行った、
後で日記帳を買おう。彼女も日記を書こうと、兄の良い所、今日の出来事を書こうと
似たもの兄妹な二人が仲良く生きていくのだろう。
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蒼弥さん (900sekxf)2024/2/11 00:14 (No.94588)削除
スヴァイレ・ウィルグラルテの存在意義





耳が痛い。

物理的な物ではなく、聴覚的な物で、だ。



ノアの箱舟に入っても、俺は毎日のように蔑まされる。

『魔力の流れどころかその気配も感じ取れない雑魚が。』

『ほんと、接近戦しか脳のない脳筋だよな。魔法使う奴相手によくやってるわ。俺なら逃げてるっつーの、あいつ命惜しくないんじゃねえの?』

『また任務遂行したんですって。でもあの感じ、絶対ランクの低い悪魔とか呪い殺しの任務でしょうね。』

『マジなんのためにいんだよぉ。近接戦闘強くても魔法で物理無効とかされちまったら意味ねえだろーが。魔法使えよ。あっ、使えないんだな〜ごめんな〜!』

『呪いみたいだよなあれ。なんでそんなん抱えて生きてんだろうな、俺らまで掛かったらどうしようか?俺なら死んでるかもしれねえなぁ〜!』



このクソッタレ共には正義という物は少なからずある。だが、結局それでも下に這いつくばる奴を上から見下ろしては、侮辱する。

結局何のために生きているのかが分からない。

何の為にここまで抗ってる?

何の為に

何の為に



…答えは分からない。

それと同時に、疑問も生じた。


魔法が、魔力が操れるようになれば、お前達は俺を普通な接し方で接してくれるのか?


そんな訳がなかろう。

結局俺は、上の奴等を含めた27人を瀕死にまで斬ったり殴ったり蹴ったりボコボコにした。





結局、俺って………何の為に存在しているんだろう。俺の事を必要としてくれる人なんているんだろうか、俺がいないと嫌だと言ってくれる人なんているんだろうか。

答えはどれも一緒





こんな俺に、優しくしてくれる奴なんて…いない。俺にはもう、人心が失い掛けている。元より俺の心は全体の3分の1しか残っていないのに、これ以上消えたら、俺は何になるんだろうな?



───俺も、普通の人間で産まれたかったな。
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パラボラさん (8z9okuac)2024/2/7 21:16 (No.94258)削除
ねえ、師匠。

綺麗な白い髪の女性、彼女の姿を夢に見る。
記憶にない、明るい表情を私に向ける女性。
朗らかな笑顔が素敵で、人の頭を撫でるのが好きな彼女。
二人で暮らす、木製で温かみのある家で。
なにかが引っ掛かるような感覚と、懐かしい気持ちがする。

私は無垢で、彼女の教えを純粋に聞き、そして従順に吸収する。

平和、理解、言葉、花、虫、共生、

———⬛︎⬛︎。


のどかな夢、白い女性と共に過ごす時間は、何よりも愛おしい。
彼女だけでは無い、姿はハッキリと見えないけれど、籠を背負った逞しい男が、縫い物が得意なその妻が、二人の血を継ぐ、ものづくりの得意なその娘が、勇敢なその飼い犬が。
私の周りには仲間がいた。面倒を見てくれ、私も幼き子らの面倒を見る。

懐かしい、気持ちがした。

世界を知らぬ、箱庭の中で蠢く無垢なる私。
遊び、学び、食べて寝る。
繰り返し、繰り返し。

愚かを知らぬ、机上で踊り舞う私。
操り人形は、糸が切れても変わらず動き続けていて。
繰り返す、繰り返す。

ガラス玉の振り子は無限に反復する。
それはそれはなだらかに、美しく。


近くの森に悪魔が現れたらしい。
手始めに、あの妻と娘が襲われたようだった。
現場に残されていたのは、奥へと続く大きな足跡と、ボヤけて私には認識できない、“ナニカ”。幾ら目を凝らしてもハッキリと見えない。
白い彼女とあの男は、そのナニカを拒絶するように、信じられぬといった目で見ていた。

暫くしてあの男は、愛おしげにひとしきりナニカを抱きしめたあと、自らの左手をまじまじと見つめる。

飼い犬を呼びつけ、私と彼女の静止も聞かずに奥へ奥へと走り去り、それから

……悪魔は私達の家のもとへ現れた。

同族であるハズなのに、家を破壊した。
奴の腕には背負の籠が通されている。
捕捉するたびに思い出が邪魔をする。

夫婦二人で作ったのだろう籠、きずなのあかし。通した後のその拳にはナニカの一部が付着していて、ときどきボトリとナニカが落ちる。

目線が私に向いている間に、白い彼女は全力の魔法で悪魔を消し飛ばす。

悪魔の癖に、魔法の加減も出来ない白い彼女。友達を全員失うまで、私と一緒で動けなかったバカなしろいかのじょ。

自分の身を滅ぼす程の力を使った、崩れゆくししょう。

師匠の元へ駆け寄れば、私は頭を撫でられた。師匠は御日様の匂いがした。懐かしい、嗚呼懐かしい。

死にゆく師匠から、一枚の仮面を渡される。

真っ白で所々がでこぼこな、ものづくりが得意なあの娘が作ったであろう仮面を。

私には何も残らない、仲間も、帰るべき場所も。
唯一つ、この愛すべき仮面を除いて。

……ココロが壊れる音がした。




私は無垢で、⬛︎⬛︎の教えを純粋に聞き、そして従順に吸収する。

⬛︎⬛︎、⬛︎⬛︎、⬛︎⬛︎、⬛︎、⬛︎、⬛︎⬛︎、

———正義。



私は微睡み、やがて眠るのだろう。そして、『』は覚醒するのだろう。

目が覚める、夢にかつての記憶を置き去りにして。

               Fin.
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ヘイさん (8ze0xlyw)2024/2/7 00:04 (No.94149)削除
【道化は夜に過去を想う その1】

「...んぁ?あれ、もうこんな時間?」

サボリで隠れていた自室で、彼はひっそりと目を覚ます。窓を見れば月は真上まで上っており、部屋には薄っすらと月光が差すのみだ。部屋で昼寝を始めた時は2時だったので、恐らく6時間以上は確定で寝ている。サボリとしては最高記録だろう。

「あちゃー、バレるようなサボり方はしないって心の中で決めてたのになぁ。まっ、こうなったら別にいっか」

よく言えばポジティブ。悪く言えば楽観的に考え、彼はノソノソとベッドから降りて大きな欠伸をする。生活必需品と少しのインテリア以外は何もない部屋だ。こんな所にいたら、退屈で死にそうになる。どこかに出かけよう。でもどこに出かけようか。生憎今日は酒を飲みたい気分じゃないので、バーは最初から選択肢から除外されている。だからと言って、今遊びに行けるような場所なんて他にあるだろうか。

仕事の事よりも真剣に、馬鹿みたいなことを大真面目に考える。少しでもこんなことが学生時代にできていたら、今のようにはならなかったのだろうか?...そんな思考を、彼はごみ箱に捨てた。自分の人生なんてどうこねくり回しても変えようがない。なら、考えたって仕方がない。
そんなことを思考しているうちに、腹の虫の音が静かな部屋中に響き渡る。そう言えば、腹が減ったな...

...よし、屋台にしよう。夜でも屋台なら開いてる店もいくつかはある筈だ。それに、ちょうどラーメンとかおでんとか焼き鳥とか、屋台飯が食べたかったしね。

「思い立ったが吉日ってね」

部屋の扉を開けて、そこから足に力を込めて大きく跳ぶ。風魔法の使い手である彼にとって、建造物を使った高速移動は、線香をへし折ることよりも容易い事だった。

満月を背景にして、クソッたれ刑事は世を駆けていく。崩壊したこの世界で数少ない楽しみを探し求めて、足に風を纏わせ、月兎のように跳ねる。
こうして移動してみるのも、案外楽しい物だ。普段は歩いて移動している分、余計にそう感じた...ただ、すぐに目的地が見つかるとは限らないが。

下を見れば明かりは付いていれども、何処からどう見ても屋台の光ではない。そんなものよりもずっと小さな光だ。

「この時間に屋台を開いてるところって、もう少ないのかねぇ...」

大きなため息を吐いて目を閉じる。まだ数分も経っていないのにそう判断するのは些か早すぎるのではないのだろうか。そして、もう一つ。建物から建物へ飛び移るような移動をしているのなら、目を閉じるべきではないだろう。

「...足がつかないなってうわぶっ!?」

前を見なかったせいで跳躍距離を見誤り、足場に乗る直前で空を踏んで転んで1HIT

「うがっ!」

そのまま落ちて、後頭部を大きめの換気扇にぶつけて2HIT

「アグッ!」

頭が下方向に向き、ベランダの柵部分にぶつかって3HIT

「お”っ”!!?」

トドメに、積み立ててあったレンガに腰を思い切り強打して4HIT
結果、彼は悶絶した。

「アイダダダダダダ...!!何でこんな所にレンガがあるのさ」

後ろを見れば、レンガの山の裏に大きな穴の開いたアパートのような建造物がある。恐らく、修復作業中だったのだろう。明らかにレンガ造りじゃないが、レンガで修繕してもいいのだろうか?

そんな疑問をが吹っ飛ぶほど、痛みは強かった。すぐ引けばまだいい方だ。むしろ死ななかっただけ儲けものかもしれない。まぁここに積んだ奴は絶対に許さないが。

「これ、労災降りないよね...」

ふざけたことを抜かしながら、腰を押さえて立ち上がる。奇跡的に骨は逝ってないようで、痛みだけで済んでいる。体が頑丈何てレベルじゃないな、と本人は少し笑った。

「もうご飯いいや。今日はもう...ここ、なんか匂いがするなぁ」

痛みで悶えている時は気付かなかったが、左の方から出汁のいい匂いがする。思わず向いてみると、そこには探し求めていた屋台が。

顔だけではなく、体も向け、腰を押さえていたてをポッケに突っ込んで彼はこう呟いた。

「おっ、新メニュー発見伝」

土埃を払い、元から曲がっていたネクタイと性根をそのままに、彼は念願の場所へと足を運んだ。
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柚子カレーさん (8zml5wu2)2024/2/5 23:15 (No.93981)削除
墓の前に立つ、その男の薬指には、シンプルな指輪が1つ。

「手に入れたよ。俺のMarganete(真珠)」

お前が無責任に放り出してくれたから。貝に包まれて、幸せに守られているはずだったその玉を。
彼が死ななければ?あの子がその座を継がなければ?ありはしなかった未来だ。起こりはしなかった未来だ。きっと俺は彼女のことなんて、それこそ知り合いの妹、その程度の存在として認識して、それで終わっていた。だからこれは、偶然と不運が重なった、最悪で最高の奇跡。

「なあAdwin(良友)。……もう手は離してやれねぇからさ」

騎士になんてしたくなかった。幸せに、結婚して、家庭を持って、そうやって生きて欲しかった。なあArduin(強き友)。アンタが蓮花に願ってたのは、ただそれだけの事。ただ、あの子が平穏に生きられる、だけの、事だった。

「だからさ、せめてそれは、叶えるよ。まだまだ時間はかかるだろうけど。あの子が、自分は幸せになっていいんだって。幸せになりたいって。幸せだ、って。胸を張れるようになるまで。俺、精一杯頑張るからさぁ……」

本当は、首輪だってあの子につけて欲しかったんだ。ひとりじゃないって。一緒にいてくれるって。愛されてるって。自分は必要なんだって。信じたいのは、あの子だけじゃない。
それでも。あの子が大事だから。そんなどうでもいい欲望より、あの子が笑える明日の方が、ずっとずっと大事で、価値あるものだから。

「認めてくれよ、ツバキ」

あの子を守れるほど、俺は強くないけど。あの子が、笑って。生きてていいんだって、当たり前のように信じて。笑顔で帰る場所に、なってみせるからさ。
本当は、お前があるべきだったその場所に、俺が座ること、許してくれよ。

愛も、恋も。執着も独占欲も、何もかも混ざった、濁った感情だけどさ。それでも、あの子に、幸せに笑ってて欲しいって言うのは、嘘じゃないから。そんな欲、全部投げ捨てるのだって、苦にならないから。

「……ゴメンな」

罪悪感は、彼女だけのものでは無い。けれど、彼女が抱えるべきものではなかったから。そんなものを、彼女に抱かせてしまったのは、紛れもなく自分。手を伸ばしてしまった、自分のエゴ。それでも。

「愛しちまったんだよ」

もう、手は離せそうにない。
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グラサンさん (8zkxxs3h)2024/2/5 11:10 (No.93825)削除
「兄さん...貴方みたいに強くなれるだろうか?...私はまだ弱いままだ。私は...兄さんにとって良い妹でいれただろうか?...いや...いれなかったな...私は出来損ないだから。」

兄の墓前にたちながら目を閉じてそう言葉をもらす。
毎晩思う、どうして自分が死ななかったのかと。どうして兄が死んだのかと。自分が死んでしまえば良かったのにと。
弱くて情けない自分ではなく強く正しくあった兄が生きるべきだったのだと。

兄は憧れだった。
物心がついた時には両親はいなかった。
兄が親代わりだった。
まだ子供のはずなのに兄は私を守るために沢山のことをして愛してくれた。
そんな兄が大好きだった。

そんなある日に悪魔に襲われた。
兄は私を庇って片目を失明した。
もう終わりかと思った時に師匠に助けられた。
そうして師匠に拾われて私達は育っていった。
家族が増えた。師匠と兄弟子が。
2人とも強かった。とても憧れた。
あんなふうになりたいと鍛錬をする度に思った。

自分は師匠や兄弟子、兄のようになれないのだと。

私に才能がないことは知っている。
だから努力をするしかない。
けど3人に追いつくことなんて出来なくて遠くて....自分の価値が分からなくなる。
愛されてるのは分かった。私も愛してたから。
けどその愛を受け取るのに自分は相応しいのだろうか?
きっと相応しくない。
…他の誰かが受け取るべきもの...私には過ぎたもの。勿体ないもの。

「...強くなりたい。」
そう何度も願っても追いつかない。
届かない高みをどう掴めば良いか分からなかった。

兄が15歳になって魔法騎士団に入った。
兄は魔法騎士団に入った数年後に副団長となった。
誇らしかった。自慢の兄だった。
...それと同時に出来損ないな妹でごめんなさい...とそう思った。

兄を追いかけて自分も15歳になった時に魔法騎士団に入った。
兄は驚いた顔をしたけど嬉しそうだった。
師匠は少し悲しそうにしてたかな...。けど師匠や兄弟子みたいに私は魔法が強くないし得意じゃないから。
唯一剣はまだマシに使えたから...ごめんなさい。
弱くてごめんなさい。
それでも貴方達の隣にたっていたいと思ってしまう自分が情けなかった。
そんな資格あるはずないのに。
誰も何も守れてないのに。

兄はBARによく通っていた、何をしていたか知らないけど酔い潰れる度に呼び出されて迎えにいっていた。
「...れんかぁ...」と酔った声からウォッカが匂う。酔い潰れるまで飲むのだけは勘弁して欲しい...一応まだ私は未成年なんだぞ...迎えには来るがと思いながらも「兄さん...飲みすぎは勘弁してくれ...ほら帰るぞ。」と笑ってたな。
そこで知り合ったんだっけ...あの人と。
最初はただの顔見知りだったけど兄を迎えに行くうちに少しだけ話すようになったあの人。

それから1年後のことだった。
私が16歳で兄が23歳だったとき、任務があった。
元々は私が行く予定の任務だったのに兄が行くことになった。
理由は「これは兄ちゃんの仕事だしなぁ。安心しろ帰ってくるよ。妹に危険な仕事は任せられないからな!」と...なんだよそれと思ったけど兄らしいなと思う。
それと同時に...それも任せられないくらい弱くて頼りないのかと思ってしまった。
いくつになっても...守られてばかり...本当に情けなくて苦しい。
…私は...どうして生きてるのだろうか。
そうして任務に行った兄が話してくれることは二度となかった。
帰ってきたのは...亡骸となった兄だった。

…私が行けばよかった。
兄に何を言われても無理やり行けば良かった。
そうすれば兄が死ぬことは無かった。
私が死ねばよかった。死ぬべきだった。
こんな出来損ないの私じゃなくて優秀な兄が生きるべきなのに...。
私が弱いせいで頼りないせいで兄を死なせた。
私が兄を殺したんだ。弱い自分が兄を殺してしまった。

その後...なぜか副団長に昇進してしまった。
分からない。
自分よりも強いものはいるだろうに...弱くて情けない頼りない自分よりも相応しい副団長が。
陰口が聞こえる。
『コネのくせに』『どうせ弱いだろう』『兄のおかげだな』『俺の方が相応しい』
事実は全て事実だ。その通りだ。相応しくない...自分はこの席に座って良くない。ここは兄の席だ。けどもう決まったものは変えられない。
せめて...せめて...少しでも多くの人を守れるために認められるために戦おうと決心した。
それによって命を落としたとしても...それでいいと思った。
命を落として守り通すくらいしか自分には価値が無いのだから。

副団長になってから仕事に明け暮れた。
どんな傷を負っても死にかけても...民を守るため兄の意志を守るために。
そんな自分を気にかけてくれる人がいた。
こんな弱くて惨めな自分を気にかけてくれる優しいあの人...。
淡い恋だった。けど願わなかった。
自分には過ぎた恋だから...どうせ死ぬ運命にある自分にはしてはいけないものだから。
あの人にとって子供でしかない自分が向けるべき感情ではないからしまい込んだ。
胸の奥の奥深くに置いてきた。

それなのに...それなのに...どうしてそれを掘り返してくるのか。
掴んでしまった。後戻りなんてできるはずも無かった。向けられた感情を受け取るしかなくて答えるしかなくて...あぁ...本当に自分はダメなんだ...と痛感してしまう。
幸せになる資格なんてない。貴方の隣にたつ資格はない。自分は弱いのに惨めで出来損ないなのに...もっと相応しい素敵な人が居るのにと。
兄を殺した自分が幸せになるなんて誰が許してくれるだろうか。
私は自分が許せなかった。そんなの...許されていいはずない。
きっとすぐに死んでしまう...なのに...その手を受け取ったのは自分の心が弱いからだ...ごめんなさい...。
もう...後悔なんて後の祭りだった。

目を開けて兄の墓に目をやる。
「兄さん...また来るよ。」と手に持つ花を添えて墓に背を向けて歩き出した。
弱くて惨めな自分が嫌いだ。けどそれを悟られる訳にはいかない。
だから、強くあろう...強いふりをしよう。
そうして今日も心を殺す。弱い自分を封じ込める。
非情で冷たい副団長を演じる。
大切な人達を守るために愛する人を守るために...もう何も失わないようにするために。

「貴様ら!そんな強さで民を守れると思っているのか!もっと強くあれ...弱いものには生きている価値などない!私達はこの世界を民を守らなければならないのだ!」

なんて...どの口から言ってるのか本当に生きている価値がないのは自分だというのに。
あぁ大嫌いだ。世界で1番...自分が嫌い。死んでしまえばいい...けどそれは許されないから。死んで終わりだなんて許されない。
もし誰かを守って死ねたなら...許されるのだろうか。
弱い自分に守れるものなんてあるはずないのに...そんな夢物語を願いながらまた一日が過ぎ去っていく。
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さん (8zf1pchi)2024/2/5 00:24 (No.93793)削除
双子




美しい姿をした双子がいた。
兄はルーカス、妹はポルス。
天使の血を宿した2人はとても仲が良かった。
相思相愛、その言葉を体現しているような2人だった。
幼い頃から共に行動し、共に数々の修羅場を乗り越えてきた。
2人の絆は増すばかり。
一生2人でいるのだと思っていた。


ある時、ポルスが人間の男に恋をした。
体格がよく、野蛮で猛獣のような男。
美しい見た目をしているポルスには到底釣り合わない男。
だが2人は次第に親密になっていった。
猛獣のようなあの男はポルスに対してだけ優しい顔を見せた。
宝物を扱うような優しい手でポルスに触れ、愛しい人を見つめるその瞳は心の底からポルスを愛しているのだ、と分からせられた。
男とポルスは結婚するのではないか、と噂されるようになった。
それほどまでに親密になり、お互いがお互いを愛し合っていた。
美女と野獣、そう例える者もいた。
だがルーカスはそれを認めなかった。
あんな野蛮な男が、可愛い妹と結婚するなんて。
なんとかして2人を引き剥がさなければ、と作戦を練っていた時、ポルスが幸せそうな顔をしてルーカスに告げた。
『私、彼と結婚するの』
ルーカスの思考が一旦止まり、驚いた顔でポルスを見る。
昔、一緒に近くの森を探検して、大きめの宝石を見つけた時と同じ、嬉しそうな顔をしてポルスは笑った。
プロポーズをされた、そう言って左手の薬指を撫でる。
その指には小さな宝石が飾られた素朴な指輪が。
あの時見つけた宝石の方が何倍も大きくて、美しかったのに。
そんな小さな宝石しかついてない指輪がいいのか。
ルーカスは焦った。
早く、早く2人を引き剥がさないと。
ポルスが取られてしまう。


ある時、ルーカスはポルスを呼び出した。
『あれを撃ち抜いてみてくれ、ポルスなら出来るだろ?』
負けず嫌いなポルスをわざと煽るように言った。
するとポルスはムッとした顔をして矢を放った。
そして見事命中。
海の上に浮かんでいたその物体はそのまま沈んで行った。
ポルスはドヤ顔でルーカスを見た。
ルーカスも驚いた顔を作ってポルスを褒めた。
その時、ポルスは笑っていた。

だが翌日、海辺に打ち上げられた愛しき人の亡骸を見て泣き崩れた。
ポルスが射った物体。
それこそが愛しい人の頭部であった。
それを理解した時、ポルスは泣き崩れると同時にルーカスに対する怒りが沸いてきた。
亡骸を丁寧に埋葬してからルーカスの元へ急ぐ。
いくら泣こうが喚こうが、死んだ命は戻らない。
ルーカスは思惑通り、男の頭を射ったポルスを思い出してほくそ笑んでいた。
優雅に紅茶を飲んでいた時、ポルスが怒り心頭、と言わんばかりに乱暴に扉を開けた。
『お兄ちゃん、どういうことッ!?』
怒りながらも今にも泣きだしそうな声。
ルーカスはなぜ?と言わんばかりにポルスを見た。
『私が昨日射ったあれは、あの人だったの?リオだったの?ねぇ、なんでよお兄ちゃん』
ポルスはルーカスの胸倉を掴んで揺するも、その手に力は入っていない。
信じられない、お兄ちゃんどうして、と兄を信じたい妹の心を捨てきれていなかった。
『なんで、って…。なんでもクソもないだろ?お前がアイツを射った。それ以上でも以下でもない』
軽くため息をついて、さも当然だと言わんばかりな顔をする。
それを見てポルスは気付いた。
愛する兄は、優しい兄はもう居ないのだと。
愛しい人を失って、優しい兄ももういない。
ポルスは静かに涙を零すと家にクロスで飾ってあった長剣の手前の方を取り、切っ先をルーカスへ向けた。
ルーカスはポルスを睨みつける。
『どういうつもりだ』
『アンタを殺して私も死ぬ』
ポルスもルーカスを睨みつけた。
その目に愛しい兄はもういない。
目の前にいる兄の形をした何かはただただ憎い存在でしかなかった。
首を切ろうとするがルーカスの持っていたカップで塞がれてしまう。
切っ先に力を込めることは難しく、カップを切る事が出来ない。
カップで切っ先を避けられてしまい、力なく剣を振り落とす。
兄は立ち上がりカップを置くと睨んだままポルスを見た。
『くだらない。あんな男にそこまで命をかけられるのか』
意味がわからないという顔をして肩を竦めて首を横に振る。
その一挙一動全てがポルスをイラつかせた。
『くだらない?そうでしょうね、アンタは誰かを愛したことはないんだものね』
"だって、奥さんも自分の手で殺したんだものね"。
その言葉に今度はルーカスがポルスを恨みの籠った顔で睨みつける。
ルーカスには以前伴侶となる女性がいた。
だがルーカスは彼女を愛していなかった。
遊びで相手をしていただけなのだが、彼女が本気にし子供まで孕んでしまった。
仕方なく彼女と結婚したが、ポルスを知らない彼女はポルスを不倫相手だと勘違いして危害を加えようとした。
それに激怒したルーカスが子を産んだばかりの彼女を殺してしまったのだ。
ポルスはルーカスに激怒したがルーカスは何処吹く風。
子供をポルスに預けて自分は子供の世話なんてほとんどしていなかった。
そのせいか子供、エレノアは最初こそポルスのことを母親だと思っていたのだ。
エレノアが巣立ち、ポルスもほとんど自由と言っても過言では無い。
だからポルスも好きなように生きようとした。
愛する人と、永遠を誓いあって。
だがその未来はルーカスによって壊された。
いや、ルーカスの策略に嵌ってポルス本人が壊してしまった。
たった1人の兄だった。
けれどもう、情はない。
脚を開いて重心を落とす、長剣を兄に向けて大きく振りかぶった。
だが兄もそれを避ける。
お互いがお互いと鍛錬し合い、強さを極めてきた。
お互いの戦い方、避け方、全てを知り尽くしていた。
ルーカスも同じく飾ってあった長剣を手に取るとポルスからの攻撃を受け止める。
お互いに攻防を繰り返す。
誰よりも仲が良くて、ずっと一緒にいると思っていた双子の兄妹。
そんな2人が今、剣を片手に殺し合う。
広いとはお世辞にも言えない家の中、優勢なのはルーカス。
短剣を扱うことこそあれど、長剣を扱うことのなかったポルスには分が悪すぎた。
あっという間に角の壁側へ追い込まれる。
遂には片膝を着いてしまった。
恨めしそうに兄を睨みつける。
ルーカスは真顔でポルスを見た。
『アンタは人じゃない』
『元より真人間じゃないだろ、俺もお前も』
負け犬の遠吠え、そうも捉えられるポルスの言葉にルーカスは返事をした。
ルーカスとポルス、天使の血をひいていた。
けれど人間の血もひいていたのだ。
それに、ポルスは知らない。
ポルス本人は天使と人魚の血をひいていたことを。
ルーカスとは父親が違うことを。
ポルスは生まれこそルーカスと数分違い。
生まれた腹こそ同じであれど、種こそが違った。
ルーカスは知っていた。
ポルスは"致命傷を負っても死なないこと"を。
『言い残すことは?』
『…アンタと兄妹になんて、生まれるんじゃなかった』
ルーカスは長剣を頭上より高く振り上げてポルス向かって振り下ろした。
ポルスは目を閉じた。
これで死ねる、あの人の元へいける。
愚かにも知らなかった、致命傷を与えられても死なないことを。
そして






エレノアは急に父から呼び出されて困惑していた。
父、とは名ばかりでエレノアに全く興味のなかった父が、自分に頼るなんて、と。
しかしそれは家に入ったと同時に気付いた。
荒れたカーペットに、落ちている本。
倒されたり、斜めに斬られている家具類。
何があったのか、なんて一目瞭然だった。
部屋の隅に父はいた。
しゃがみこんで何かを見つめている。
『こんな荒れ放題になって…なにがあったんだよ、てか姉様、は…』
近付いて初めて分かった。
父はただしゃがんでるんじゃない。
何かを抱いている。
『エレノア、ガキの面倒見れるよな?』
エレノアの方を振り向いて抱いていた赤ん坊を渡す。
そして無責任にもそんなことを聞いてきた。
渡された赤ん坊を受け取り困惑するエレノアの脇をすり抜けて椅子に座り直す。
そして冷めてしまった紅茶を1口すすった。
『ちょっと待ってよ、なんなのこの子供。アンタの隠し子?てか姉様は??』
優雅にも紅茶をすすった父にエレノアは困惑したまま声をかける。
腕の中の子供は静かに寝息をたてており、どことなくポルスに、父とは違って愛情を込めて育ててくれた育ての親で叔母でもあるポルスに似ていた。
いや、似すぎていた。
まさか、嘘だそんなこと。
エレノアも気付いてしまった。
荒れた家の中、父が抱いていた赤ん坊、あまりにも叔母に似すぎているその見た目。
『あぁ、ポルスだよ、ソイツ。』
めんどくさいな、と言わんばかりの声色。
冷めた紅茶をキッチンに持っていき、シンクに捨てて上着を掴み出ていこうとする父。
『待ってよ、なんで姉様が赤ん坊になんて』
『それがポルスの、ベニクラゲの人魚の特徴だよ』
引き留めようとするが父はそのまま荒れ放題の家とエレノアと赤ん坊を放置して出て行ってしまった。
きっと、ほかの女の所だろう。
いつもそうだ、父はエレノアとポルスを置いてすぐにほかの女の所へ行く。
だからエレノアは最初父のことを父だと思わず、ポルスと同じように『兄さん』と呼んでいたのだ。
だが信じたくは無いがルーカスはエレノアの血の繋がった父親。
ポルスは叔母でしかない。
そんな叔母が今腕の中で赤ん坊の姿をして眠っている。
健やかな寝息を立てて、幸せそうに眠るポルス。
エレノアは悲しそうな顔をして笑う。

きっと、ポルスもこうだったのかな。
こんな気持ちだったのかな。
温かいね。
小さいのに重いね。
こんなに小さいのに生きようとしてるんだね。
大丈夫、大丈夫だよ。
僕が守るから。
今度は僕が、ポルスを育てるから。
だからもう一度笑ってね。
大好きだよ、って言って笑ってね。
その時もう一度、僕も大好きだよって言うから。
だから、どうか、生きてね。

自然と涙が溢れた。
こんなに温かくて小さい生き物に自分は守られていたのか、愛され育てられていたのか。
ポルスもきっと同じ思いだったんだろうな、そう思うと感謝と同時に、自分が傍にいれてやれなかったことへの後悔で胸が苦しくなった。​
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柚子カレーさん (8zml5wu2)2024/2/4 18:02 (No.93727)削除
「なあお兄さん」

イェンスがいるのは、ある墓の前。持ってきたウォッカを墓前に備え、声をかける。そこに眠るのは、かつて常連だった男であり、恋人の兄である男。生きていた頃は散々に苦労させられたものだ。店に来れば女に粉をかけ、潰れては妹が迎えに来る。もちろん迷惑そうな女と引き離すのも、妹に連絡を入れるのもこちらの仕事なのだ。

「そんなとこでなんも言わないでいる前に、妹に教えてやるべきことがあったんじゃねぇの」

それでも、彼は何かにつけて妹の話をしていたし、妹のことを大切に思っていた。恐らくそれは、妹もそうだ。兄を迎えに来る妹の目は優しかったし、必ずむかえにきていたのだから。

「どんな理由があれ、一回りも下のガキと付き合う男がまともな奴じゃねェこととかさ」

戦うだけが、人の道じゃないこととか。
あれもこれも教える前に死にやがってさぁ。だからこんな男に妹取られんだよ。
ガリガリと首の後ろをかくイェンスは、ウォッカの蓋を開け、墓石にかける。空になったボトルの蓋をしめ、墓石に背を向ける。

「俺の奢りだからな」

空の眼窩は、今もあの日の指先を映している。誇りも友人も恋人も。何もかも悪魔に奪われるなんて、そんなのはゴメンだ。……一番情けないのは、そう思っていても、恐怖ばかりが先に立つ己だろう。

「兄妹揃っちまったとこに墓参りなんざ、俺はゴメンだぞ……」
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さん (8zf1pchi)2024/2/3 22:46 (No.93597)削除
アクアソロルこれで終わり






恋に敗れた人魚姫は泡になって消えた。
最後に得をしたのはただ王子を起こしただけの町娘。
自分はその2人のどちらにもなれないと思っていた、分かっていた、だからこそ恋をすることなんて諦めていたし、するつもりもなかった。
なのに、なのに見付けてしまった。
人魚姫が恋をした王子様のような人を。
助けたのは私じゃないし、むしろ私は助けられた方。
だけど、恋に落ちてしまった。

最初はなんとも思わなかった、偽善者でただウザイ奴だと思ってた。
だけど、知らない間に惹かれてた。気付いた時にはもう遅かった、手遅れだった。
胸が苦しくて張り裂けそうになった、そんなの初めてだった。
姿を見るだけで、声を聞くだけど心臓が飛び跳ねた。心拍数が上がって、まともに目を見れなくなった。
掻き乱されていく心を受け入れたくなくて、信じたくなくて、会いたくなくて。
休日でも廃墟巡りに行くのをやめた。
過去に会ったことがあるから、もしかしたら会ってしまうかもしれないから。
仕事以外で外に出なくなってしまった。
そんな私を部下達は心配してたみたいだった。
そりゃそうだよね、息抜きしてこいって、私に休暇を与えて廃墟巡りを進めてくるぐらいだから、私が廃墟巡りしてないと困るんでしょ。すぐ怒っちゃうもんね。
怒りたくて怒ってるわけじゃない、感情の表し方がこれしか知らないだけだった。
だって、ママがそうだったから。
ママはいつも怒ってた。
私を見るとすぐに怖い顔になった。
だから、それが普通なんだって。それが当たり前なんだって、思ってた。
普通に考えれば絵本の中の人魚姫も王子様もみんな怒ってなかった。
笑っていたり泣いていたり、様々な表情をしていた。
でも憧れるばかりで気付けなかった、いや気付こうとしなかった。
だって気付いてしまえば自分が、ママがおかしいって気付いてしまうから。
だから、見て見ぬふりをした。愛して欲しかったから、否定したらまた怒られちゃうから。
そのうち、知ってるのに知らないふりをすることが増えた。
分かっているのに受け入れようとしないことが増えた。
そうこうしているうちに、こんなになってしまった。
なんでなんだろうね、別に私は町娘になりたかったわけじゃない。そんなの無理だから、だって分かってたから。
だから、人魚姫に憧れることぐらいは許して欲しかった。
でも、多分無理なんだよね。私はお姫様にも町娘にもなれないんだよね。
知ってた、知ってたけど、それに縋るしかなかった。
私を助けてくれるお姉ちゃん達はいないから、1人で戦わないといけなかったから。

そんな中、現れて私を助けてくれた人。
私の事を助けて心配してくれた人。
初めてだった。
引かれることも、恐れられることも沢山あった。
心配されるなんて思いもしなかった。
引いて、離れてくれれば、なんて思って話したのに。
これ以上自分に近付いて欲しくなくて話したのに。
あの人は私より悲しそうな顔をした。
傷付いたのはあの人じゃないのに、自ら望んだのは私だったのに。
その頃はまだあの人のことが好きじゃなかった、ウザイと思ってた。
だからその顔を見て、今までの私が否定されてるように感じた。
でも、多分違うんだよね。本当に、心から心配してくれてたんだよね。
気付けなかった、気付こうとしなかった。
だって、無駄に期待して、また裏切られたら私はきっと生きていけない。
もう二度と裏切られたくないから、だからこの思いを相手に伝えるつもりはない。
けど、隠そうとすればするほど、胸が苦しくなった。
泣きたくないのに涙も溢れて、また苦しくなった。
人魚姫もこんなに苦しかったのかな。
こんなに苦しいのに、それでも愛する人を守った人魚姫にはやっぱりなれないね。
私にはそんな覚悟も勇気もないんだもん。
笑えるよね。
いっそ、泡になって消えてしまえればどれほど幸せなんだろうね。​
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さん (8zf1pchi)2024/2/3 21:48 (No.93585)削除
男は罪を犯した。人としても、そして父親としても。



その男はとても貧しかった。
けれど幸せだった。
なぜなら、その男にはどんなに貧しくてもいつも笑顔で心から愛してくれる妻がいたのだから。
男は妻が笑っていてくれるなら全てがどうでもよかった。
妻のためならその命すら差し出す、と豪語する程だった。
そんな妻との間に子が出来た。
日に日に膨れゆく妻の腹を妻と共に擦り2人で喜んだ。
たとえ何があろうとも、どんなに貧しくとも、自分がこの2人を幸せにする。
男はそう決心したのだった。

しかしそんな幸せな生活にも影が差す。
妻が突然病に冒されたのだ。
苦しみ唸る妻を目の前にしても男は何も出来ない。
貧しいがゆえ、医者を呼ぶことすら出来なかった。
どうにかして妻を、子供を救いたい。
けれど救う力も金もない。
悩みながら日雇いの仕事をする。
仕事場でニヤニヤと笑う男から何やら怪しい噂を聞いた。
『森の奥に住む『湖の乙女』を捕まえれば大金が手に入る』
男はそう言って笑い、そして続けた。
『たとえ亡骸だとしても大金が手に入る、俺はこの仕事が終わったら捕まえに行くがお前はどうする?』
と。
男は悩んでそして首を横に振った。
湖の乙女の話自体は知っていた。
少数種族でありながら、その美貌や歌声から観賞用として所望する金持ちが多いと。
だが彼女達だって"人"だ。
そんな非人道的なことは出来ない、と。
話をもちかけて来た男はつまらなそうな顔をしてその場を去った。

しかし翌日。その男はなんと大金を持って現れたのだ。
『昨日湖の乙女を捕まえた。売りさばいたらこんなに貰えたんだ』
まるで自慢のように、いいや、自慢をしに来たその男は札束を目の前にチラつかせた。
この金があれば、妻と子供を救えるのではないだろうか。
そう思うもそれは目の前にいる男の金。
奪うことは出来ない。
ごくり、と唾を飲んだ。
『…いいか、湖の乙女を捕まえればこれが手に入る。忘れるなよ』
そんな男の様子を見て目の前の男はニヤリと笑うとそれだけ告げてその場を去った。
それにどんな意図があったのかはわからない。
けれど、あれほどの大金があれば愛する2人を救うことが出来る、それだけはわかった。


迷いながら帰路につく。
頭の中はあの男の言葉と大金。
すぐにでもあの大金が手に入れば妻達を救える。
しかし、同じ人類を捕まえて売りさばくなど非人道的すぎる。
悶々としながら家の扉を開けた。
いつものように声をかけるが、妻の声は聞こえない。
おかしい、いつもならどんなに苦しくとも返事をしてくれると言うのに。
男は急いで寝室の扉を開けた。
そこには力なく横たわって、浅い息をしている妻がいた。
妻には死期が近付いていた。
男は焦る。
すぐにでも薬を手に入れなければ妻も、お腹の中にいる子供も死んでしまう。
だが薬を手に入れるにも大金が。

…男は浅い息を繰り返す妻を1人残して家を後にした。
その手にはサバイバルナイフとロープが。
そして1人、森の奥へと進んで行った。

非人道的な行為であることは分かっている。
しかし、これしか方法が残されていなかった。
今からどう頑張ったって大金を手に入れるには数十年かかる。
もう妻の死期はすぐそこまで近付いてきている。
時間はかけられない。
すぐに出来て、大金が手に入る方法。
それ即ち『湖の乙女を捕まえて売りさばくこと』だった。
男は湖の乙女が現れる場所を知っていた。
普段からそこで水浴びをする湖の乙女がいたのだ。
木を切り倒し、薪を作っている時に見かけたのだ。
最初はその1回だけかと思っていたが、よくよく見てみれば毎日のようにそこで水浴びをしているではないか。
水浴びにくる時間はいつも不定期、もしかしたら既に水浴びを終えているかもしれない。
しかし、望みをかけずにはいられなかった。

小さな滝が流れる川の上流。
そこに湖の乙女はいた。
男は運命だと思った。
彼女を捕まえれば妻と子供は助かる。
すぐにでも捕まえたかったが男はグッと耐える。
勘づかれては困る、出来るなら生きて捕らえたかった。
こんなことならあの男に詳しく話を聞くんだった、と後悔する。
だがそんな後悔はもう遅い。
ここまで来てしまったならやるしかないのだ。
彼女が水で濡れた体を拭い、服を着ようと服に頭を通した瞬間、男は素早く飛び出し彼女をロープで身動きが取れないようにぐるぐる巻きにした。
彼女は驚いて声を上げようとするがその口を塞ぐ。
そしてサバイバルナイフをチラつかせて脅した。
『声を上げたら殺す』
と。
彼女は怯えて頷く。
ぐるぐる巻きにした彼女を抱き抱えて来た道を戻っていく。
心臓は驚く程に高鳴り、今にでも飛び出してしまうんじゃないかと感じる。
しかし犯してしまった罪は変えられない。
もう後戻りは出来ない。
街へ続く森の入口、ここを抜けて人身売買の商人の所へ行けば大金が手に入る。
緊張で強ばっていた肩から少しだけ力が抜けた。
だがその瞬間、彼女は身をよじらせ抵抗し、男は彼女を落としてしまった。
彼女は魔法でロープを焼き落とすと森へと走って逃げていく。
男は急いで彼女を追いかけた。
必死に逃げる彼女を捕まえようと手を伸ばすもあと一歩のところで届かない。
追いかけ続け、やっと肩に手が届く。
そして脅すためにナイフを取り出した。
それがいけなかった。
振り向いた彼女の腹にそのナイフが刺さってしまったのだ。
刺すつもりはなかった、脅すためだった。
しかし彼女の腹に深く突き刺さったナイフが彼女の命を奪うことになった。
倒れて腹から血を流す彼女を見ても男は動けない。
動揺してその場に立ち尽くすしかなかった。
どうして、こんなつもりじゃ、俺は悪くない。
頭の中で自己保身に走る。
そんな事をした所でどうともならないのに。
『たとえ亡骸だとしても大金が手に入る』
あの男の言葉を思い出しやっと我に返った。
幸いにも近くに川が流れている。
川まで彼女を移動させると川に浸らせて血を洗い流した。
ナイフはその場に捨ててしまった。
もうナイフに用はない、それに視界に入ると嫌でも罪を自覚させられる気がした。
血が出ないことを確認するとまるで眠っているかのような彼女を再び抱き抱えて街へと急いだ。


人身売買の商人の元へ着けば商人は最初こそダルそうな顔をしていたが、男が抱えている湖の乙女を見ると目の色を輝かせた。
男が『死んでしまっているがいいのか』と問うと商人は何度も大きく頷いた。
亡骸を引き渡した後、商人は男に大金を握らせた。
『たとえ亡骸でも剥製にして飾りたいという物好きはいる。助かったよありがとう』
そう言って笑顔を見せた。

男は手にした大金を呆然と眺めた。
とんでもない事をしてしまった。
人として、許されないことをしてしまった。
そんな後悔が今更男の心を支配する。
しかし妻のことを思い出してすぐに医者の元へ駆け込んだ。
夜遅くだったこともあり医者は嫌そうにしていたが
『いくらでも金を積む』
と言うと喜んで着いてきた。

医者が言うには妻は風邪をこじらせてしまっていたらしい。
なぜもっと早く薬を買わなかったんだ、と医者に怒られてしまったが薬を買うほどの金も無かったのだ。
そう、今までは。
今は違う。
医者に金を渡してもあまり余るほどの金が男の手にはあった。
医者のおかげもあり、妻は順調に回復して行き、そして子供を産んだ。
男の子だった。
妻に似た金色の髪に男に似た青い瞳。
2人は泣いて喜んだ。
これから、3人での暮らしが始まるのだと男も喜んだ。

罪を犯せば必ず罰が与えられる。
ある日の晩、妻と共に子供を寝かしつけていると扉がノックされる。
妻は子供を男に託し、自分が扉へと向かった。
返事をしながら扉を開ける。
妻は扉を開けると同時にその場に倒れ込んでしまった。
男にも何があったかは分からない。
だが異様な雰囲気を感じて、男は子供をゆりかごの中に戻すとゆっくりと近づいた。
そこには男が捨てたはずのナイフを持った美しいブロンド色の髪を持つ美女が。
男の顔から血の気が引く。
それは紛れもない"湖の乙女"だった。
足裏で生暖かいものを踏む。
妻から流れ出した血液だった。
女は笑う。
『リエルを返してもらうわ』
大金を手に入れるために、妻と子供を救うために犯した罪。
その罰が男に下されたのだ。


男の息の根が止まったことを確認すると、女はゆりかごに入れられた子供を取り出して家を後にする。
家に残されたのは1組の夫婦の遺体と先程まで赤ん坊が入っていたであろうゆりかごだけだった。



女は子供を湖の乙女達が住まう森の奥、湖のほとりへ連れて帰ると皆に見せた。
皆は喜び子供を可愛がった。
子供の母となる予定の女も、子供を預かり喜んであやした。
けれど排泄物を洗い流そうとした時、それに気付いた。
子供には男根がついていた。
女ではなく男だったのだ。
それを見た瞬間、母となる予定だったその女は子供をその場に放り投げた。
女は泣いて嫌がる。
『男なんて穢らわしい、育てたくない』
周りの乙女達も女に同情した。
子供を連れてきた女が提案をした。
『予定通り、子供には『リエル』と名付けて地下牢に入れておけばいい。一日に何度か食事を与えれば勝手に生き延びるだろう』
と。
そしてその子供は"リエル"と名付けられ、生まれて直ぐに地下牢へと閉じ込められた。






それから6年、リエルは言葉も喋れないまま地下牢の中で僅かな光を頼りに長く汚い髪を編んでいた。
一日に数回しか与えられる食事、それ以外の時は人なんて寄り付かない。
その時ですら、配給係は汚物を見るかのような瞳でリエルを見る。
生きてる心地のしないこの地下牢で遊べるものなんてリエル本人の髪しか無かった。
そんな彼の元に1人の少女が現れた。
ブロンドの髪に美しい色をした瞳のまだ幼い少女。
どうやら乙女達には嫌われているらしく雑に扱われ、牢屋の中に投げ飛ばされる。
乙女は鍵を閉めるとそのまま踵を返して行ってしまった。
『…アナタはだあれ?アタシはライラ!』
投げ飛ばされたと言うのに少女は起き上がると笑顔でリエルに声をかけた。
ライラ、彼女こそこの後に起こる悲劇の主役であり犯人。
可愛らしい笑顔で声をかけてくるライラだが生憎リエルは言葉を知らない。
自分に投げかけてくる言葉が酷いものである、それは分かっていたが、それ以外の言葉は何一つ知らなかった。
ライラはそれを察したのか自分が知っている言葉を全てリエルに教えた。
喋れるように練習もした。
リエルしかおらず、遊び相手が髪しかなかったリエルに遊び相手と妹ができた。
ライラはリエルのことを『お兄ちゃん』と呼び慕い、笑顔を見せた。
リエルもライラが可愛くてしょうがなかった。


3年後のある日、ライラが呟いた。
『お外に行きたい』
ライラは3年前、地下牢に閉じ込められるまでは地上で自由に暮らしていた。
突然地下牢に閉じ込められて、リエルと2人きり。
つまらないのも当然だろう。
リエルは可愛いライラのためならばなんでもしてあげたかった。
だから、その願いを叶えようとした。
この9年間、リエルは何も知らないわけではなかった。
鍵の開け方を覚えていたのだ。
鍵に近付いて少し細工をする。
するとどうだろう、簡単に鍵は空いてしまったのだ。
後ろを振り返ってライラに笑顔を見せた。
ライラも本当に鍵が空いたことに驚きつつも笑顔を見せた。
『お兄ちゃん!ありがとうっ!』
と。
リエルはその笑顔を見れて満足だった。
ライラの喜ぶことならなんでもしたい。
だってたった1人の妹だから。
だがそのリエルの思いは裏切られることになった。
リエルが先に地下牢の中から出て、次にライラが出た。
外へ続く階段を下から覗けば上には誰もいない。
抜け出すチャンスだ、そう思って後ろにいるはずのライラの方を向けばライラは灯りとして使用されていた松明を持っていた。
このまま外に出るだけなのにどうするんだ、と思うが今まで見たことの無いライラの恐ろしい笑顔を見て動きが固まる。
『さっ、出ようかお兄ちゃん』
可愛らしいはずのライラの声に恐怖を覚えた。
ライラの後に続いて階段を上る。
今までちゃんと浴びたことのない太陽の光。リエルには刺激が強すぎた。
ライラに手を引かれ歩くも、目が開けられず、周りを見ることができない。
だが周りが騒がしい。
『忌み子だ』
『なんでここに』
『早く誰か殺せ』
『早く逃げろ』
逃げ惑う声や足音がハッキリと聞こえる。
何が起こっているのか分からず手で日陰を作りながら目を細めて開ける。
周りを見れば今まで見たことの無いような明るさと茂る木々に建物。
全てが新鮮であり、ライラの話通りだった。
感動していると悲鳴が響く。
驚いてそちらを見やるとそこには赤い液体を流して倒れている女性が。
その液体がなんなのかさえリエルは知らない。
驚いていると次から次へと乙女達が倒れていく。
やっと、目が慣れてきた頃には辺り一面に倒れている乙女達とその乙女達から流れ出た赤い血が。
ピクリとも動かず、生気のない瞳は閉じている者もいれば開いたままの者も。
ここでリエルは改めて恐怖感を覚える。
なんで、どうしてこの人達は倒れているんだ。
わけもわからず当たりをキョロキョロと見回せば倒れた女性の前に立つライラの姿が。
歩み寄り、声をかけようとした時、ライラが振り向きざまに剣をリエルの太腿の付け根に突き刺した。
驚きと感じたことの無い痛みで一瞬声にもならない悲鳴をあげ蹲る。
しかしすぐに苦痛の表情を浮かべながらライラを見上げると血に塗れたライラは楽しそうに笑っていた。
『お兄ちゃん、ねぇ、ありがとう。アタシをお外に出してくれて。アタシね、ずっとこうしたかったの』
そしてリエルにもう一度剣を振りかざす。
が、その瞬間、ライラの足元に倒れていた女がライラの足を掴んだ。
ライラはそちらに気を取られて剣をゆっくり下ろした。
リエルも女に目をやる。
女は額からも背中からも血を流しながらもリエルを見た。
『に、にげ…にげな』
『うるさい』
逃げろ、そうリエルに伝えようとした女の声に被せてライラは剣を女の背中に突き刺す。
罪を犯せば必ず罰が与えられる。
その女もまた、罰が与えられたのだった。
そんな事を知らないリエルはただただ恐怖に怯える。
痛みで動かせない足では逃げようにも逃げられない。
完全に動かなくなった女性を後目に興醒めしたのかライラはリエルの脇をすり抜けて、まだ生きており、怯えている女性の元へ近付く。
女性は怯えて泣いている。
『…ねぇ、母様。アタシ、綺麗でしょう?』
声だけでわかった。
ライラは笑っている。
心から楽しそうに笑っている。
地下牢では、聞かせて貰えなかった心から楽しんで笑っているライラの声。
自分の母親を何度も何度も突き刺して笑うその声は狂気じみていた。
痛む足と恐怖心、全てが初めてのものでリエルは混乱していた。
なんでライラが、なんでこんなことに。
いくら考えても答えなんて見つからない。
だってライラのサイコパスじみた考えは、幼く純粋で素直なリエルにはいくら時間がかかろうとも理解が出来ないからだ。
ライラは次々生き残りを殺していく。
その顔はとても楽しそうで、そして嬉しそうでもあった。
動けないままその場に横たわる。
ライラが持っていた松明が辺りの木々や建物に火をつけて炎上していく。
リエルの周りにも炎が伝った。
逃げないと、生きないと。
そう思うが太ももから動かせない足を引きずりながら移動するのは無理がある。
少しづつ少しづつ、足を引きずって、ほふく前進のように移動する。
切られていない長い髪にも火がつくが今はそれどころでは無い。
何がなんでも逃げないと。
そう思った時、ライラの笑い声が突然止んだ。
辺りから人の足音が。
まだ生きている、普通に動ける人の足音。
現れたのはどうやら男性。
無表情で何を考えているか分からない。
だがライラが悔しそうにして逃げるのを見て彼が危険な人物なんだ、と錯覚した。
もう、リエルはわけがわからなかった。
全てが恐ろしく見えて、全てに怯えて。
再び足を引きずり森の中へ逃げていく。
しかし火のついた木製の建物が崩れるのは早かった。
リエルの上に落ちてきた建物の瓦礫。
逃げられるはずもなく、下敷きになる。
火のついた落下物、逃げようにも感じたことのない熱さと苦しみも息苦しさでパニックになる。
どうしてこうなったの、なんでこうなったの、誰が悪いの。
…そうだ、あの人が悪いんだ。
あの男の人が。
パニックに陥ったリエルの頭は正常に動くことが出来なくなっていた。
悪いのは、この残虐な事件を起こしたのはライラ。
だがリエルはたまたま事件現場に訪れた男性を犯人だと思い込んだ。
火で焼ける左目の周りの皮膚。
もう痛みすらほとんど感じなかった。
ただ逃げることだけ、それだけを考えていた。
足を引き摺ったまま移動する。
左目の周りの皮膚は赤くただれ、水膨れが出来ていた。
体の至る所に痛みが走る。
だが逃げることだけは辞めなかった。
森の中を足を引き摺ってほふく前進のように移動する。
引きずりすぎて服はいつの間にかちぎれ、足は剥き出しになり、また引きずりすぎて血が出ていた。
そんな事には気付かずただ逃げるリエル。
その目に生気は感じられなかった。
誰かの足音がする。
あの男の人が追いかけてきたのだろうか。
どうしよう、逃げられない。
動きが止まる。
しかし現れたのは茶髪のロングヘアの女性。
リエルを見て驚いた顔をした。
リエルと視線を合わせるかのようにしゃがむと心配そうな顔で覗き込む。
『どうしたんだその火傷、それに…足も怪我してるじゃないか、まて、今手当をする』
急いでローブの中でガサゴソと何かを漁る。
しかし今のリエルは彼女が自分に危害を加えようとしているように見えた。
怯えて、恐れて、涙を流して抵抗した。
嫌だ嫌だ嫌だ、怖いのはもう嫌だ。
現れたのは水で出来た小さな小鳥。
だがその小鳥は彼女に向けて突進し、続き始めた。
しかし威力はあまりなく、小突かれている程度のものでしかない。
だがリエルに出せる精一杯はこれだけだった。
両手で頭を覆い怯える。
その姿に彼女は悲しそうな顔をして、何か出来ないか、と考えた。
『……そうだ、女神様のお話をしよう』
彼女は突然そう言うと女神様の話を始めた。

優しい優しい女神様。
きっと誰をも救ってくださる唯一のお方。
どんな人にも祝福をもたらし、加護を与える。
そんな優しいお方の元へ共に来ないか。

彼女の話した物語はまさしく夢物語。
しかし今のリエルにはそれが物語ではなく、現実そのものとして見えていた。
リエルにはその話をしてくれた女性が女神の姿として見えていた。
既に壊れかけていた心、繋ぎとめたのは妹への思いと女神様への信仰。
リエルの脳は現実を直視することはなかった。
全てを物語へと書き換え記憶する。
リエルの記憶は全て夢物語となる。
統合失調症を発症していた。​
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グラサンさん (8zkxxs3h)2024/2/3 12:03 (No.93478)削除
今から何千年…いや…何万年まえも昔の話をしようか。

スイレンがミザリが覚えてない話を。
名前が『カルミア』だった頃の話を。
彼女が“人間”だったころの話を。

とある村の夫婦の間に生まれた可愛らしい少女がいた。
菫の髪と水色の瞳を持つ愛らしい少女。
少女は『カルミア』と名付けられた、希望の花言葉をもつカルミアからつけられた名前だった。

「ママ!パパ!」と少女は毎日、両親と共に幸せに暮らしていた。
少女はとても魔力が豊富で魔法を使って遊んでいた。
村人はその様子を微笑ましく見てきっと優秀な魔法使いになれるぞと頭を撫でて褒めてくれた。
美味しいご飯を食べて、遊んで…毎日が幸せだった。希望に溢れていた。

まぁ…その幸せも崩れ去ってしまったんだけど。

ある時だった。ひょんなことだった。
少女の隣の家の老婆が死んだ。
ここは小さな村だから、村人同士の交流が深く皆が悲しんだ。
勿論、少女も悲しんだ。
そうして、村総出で葬式が行われた。
少女は大粒の涙を流して泣いていた。老婆にはよくお話し相手になってもらって遊んでもらっていたから。
「おばあちゃん…おばあちゃん…やだぁ…死んじゃやだよ…」
と泣きながら棺に入った老婆の遺体に縋り付いていた。
すると…不思議なことが起こる。 少女の身体から魔力が抜けて行く感じが、黒く禍々しい魔力が抜けていく様子が村人達にも見えていた。
老婆の身体に入るのを見ていた。

その瞬間だった…棺で眠る老婆が目を覚ました。息を吹き返したのでは無い…アンデッドになった。
だが不完全なアンデッド、理性がなくその場にいた少女を襲おうとした。両親はそれをかばい死んだ。
そうして他の村人も襲った、村にいる男総出でアンデッドを討伐した。

少女は何が起こったのか分からなかった。
村人から向けられる目が物凄く怖かった。

その日から少女は閉じ込められ『忌み子』と言われた。
ご飯なんてまともに与えられない、閉じ込められた所に入り込んでくるトカゲやカエルを捕まえて魔法で焼いて食べた。
毎日、怒りをぶつけるように蹴られて殴られ…言えないような酷いこともされた。
バレないようにそっと傷を魔法で治した。
心の傷は癒えることはなかった。
「ママ…パパ…」と力がないようにもう居ない両親のことを呼ぶ。目に光は無い一筋の涙が流れるだけ。

そんな扱いが何年も続いた。

ある日のこと村でアンデッドやゾンビが大量に発生したらしい。
なんとか傭兵を雇い討伐したが被害は甚大だった。
そうして村人はあの『忌み子』の仕業だと口々に言った。
だが勿論、少女の仕業ではない。この頃はまだそんな事をできる力を持っていなかったのだから。

その事件が起こった次の日。少女は閉じ込められていた所から少女は出された。
久しぶりの外、だが様子が可笑しくて周りの目が恐ろしかった。
少女は鎖を繋がれて無理やり歩かされた。
そうして…少女は木で出来た十字架に磔にされた。

『この忌み子め!お前のせいで俺の子供が死んだ!』
『返して返してよ…ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙…なんであの子が死ななくちゃいけないのよ!』
『ママを返せ!』
『お前なんかがなんで生きているんだ…やっぱりさっさと殺せばよかったんだよ!』

村人から罵声を浴びせられ、石を投げられた。
意味かわからない…なんでこんな目に合う必要がある。
何も何もしていないのに……。

そうして1人が前に立ち大声で言った。
『これより、忌み子の処刑を行う!』
そうして、少女に向かって火を放った。
ぱちぱちと火が広がる音がする。
苦しい痛い熱い…涙ももう何も出ない。
もう…嫌だ…どうして…なんで…どうして…
少女は火に焼ける前に死んだ。一酸化炭素中毒だった。けとすぐに目を覚ます、その瞬間…火が少女を中心に燃え広がり周囲にいる村人達に燃え移った。
逃げる暇なんて与えない、周囲には死者たちがが囲い込み逃げられなくなっていた。

そうしてこの日一つの村が滅んでしまった。
焼けて滅んだ村の上にたつの1人の少女とそれを囲む死者たち。
いやもう少女ではないか…そこに居たのはリッチとなった化け物だった。
リッチとして生まれ変わった少女は…村で過ごした記憶は生前の記憶は消えていた。

それから数年、少女は場所を変えて転々としながら1人で色んなことを学び、成長をした。
人間として生きていたら25歳になった頃に見た目は変わらなくなった。
その中で魔女と勇者と賢者の存在を知った、彼女はそれに憧れて希望となった。目標になった。

ある日のことだ。名前を聞かれた。その時もう生前の名前なんて覚えていなかったから『ミザリ』と名乗った。
不幸にもそれは“不幸”という意味を持つものだったが彼女はそれを知らない。
希望を願って生まれた彼女は不幸の名を持って生まれ変わった。
なんとも皮肉なことだよね。

まぁ今いるのは数多の村を滅ぼし救い、アンデッドを作り、死者を操り、たった一人の弟子をもち…ただの1人のリッチなのだけどね。
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