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緑茶さん (8z88g5i0)2024/2/13 21:58 (No.95055)削除
【glacies papilio est infernum somnium】


この世には幸せな家庭と不幸せな家庭がある。


だとしたら、きっと彼女が産まれた家庭は不幸せだっただろう。


彼女……冬花のせいで。


❄┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈❄



その赤子は、産まれる前から母親に忌み嫌われていた。理由は簡単。望んで孕んだ子ではないから。


無理矢理犯された末にできてしまったのだ。おろしても良かった。だが母親は、暗示した。


きっと旦那との子だと。あの忌々しい男との子では無いと。


現実から目を逸らしていた。


しかしどうだろうか?産まれたその赤子は、あの忌々しい男にそっくりだ!


醜い銀色の髪。冷たさの象徴のような薄い薄い水色の瞳。


自分と旦那の要素なんて、どこにもなかった。


だから嫌った。死んで欲しいと母親は今さっき自分が腹を痛めて産んだ子に、娘に、そう願った。


それからと言うもの、母親は旦那から奴隷のような扱いをされるようになった。


娘は、なにも知らない。すくすくと育てられる……


はずだった。


しかし、母親はその醜さと嫌悪と憎悪のあまり、娘の首を絞め、殺そうとした。


だがそれは未遂として終わった。何故なら……


首を絞めた両手が、見事なまでに凍りつくされたからだ。


「ぁぁぁぁああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」


母親は叫んだ。その冷たさで、死んでしまうと思ったから。


その声に気付いた親族たちはぞろぞろと野次馬の如く周りに集まって来た。


しかし、どれだけ優秀な魔法使いに診て貰っても、娘の氷魔法がどうしてここまで強力なものなのか…。原因は分からずじまいであった。


母親はそれから何度も娘を殺そうと試みた。


だがいずれも、娘が持つ氷魔法に邪魔をされ殺せずに終わった。


親族は何度も励ました。娘はなにも悪くない。誰も何も悪くないのだと。


だが、母親からしてみればその言葉はどうだろうか?


誰も、何も、悪くない?


あの男も?この娘も?


ならこんな世界は狂っているじゃないか!!!!


颯爽と泣き叫びながら家から飛び出ては、母親はしばらくの間行方不明となった。


その間、親族の者たちが懸命に娘を育てていた。


娘が3歳になった頃だろうか、母親は突然家に帰って来た。


皆、驚いた顔をした。まさか帰って来るとは思ってもいなかったのだ。


親族は皆、大いに喜んだ。旦那は、顔も見てくれなかったが。


だがそこから、この家庭は崩壊した。


不幸せと絶望。


混沌と狂気。


それらの手によって。


それは旧支配者の手による洗脳であった。


母親は、精神が衰弱しているところを付け込まれたのだ。


そして、洗脳されてしまった。


そのせいか、母親の家族にも…その刃は向けられた。


娘以外の家族、親族は全て洗脳されてしまった。


唯一、娘はその強大な氷魔法を利用しようと旧支配者が企んだため見逃されたが。


それからの日々は、娘にとって何よりも地獄だっただろう。


3歳と言うまだ幼い時から、あまりにも惨すぎる暴力と拷問の数々を受けてきたのだから。


何回も殴られ蹴られた。それで骨が折れても、何週間は治して貰えなかった。


治して貰えたかと思えば、次は何回も顔を刃物で刺された。目も刺され、鼻も刺され、穴だらけになるくらいに刺された。それも治されて元通りになったが。


耳に刃物を入れられ、鼓膜を破られ、耳を切られた。何も聞こえないのに怒鳴ってきた親族の顔は、今でもよおく覚えていることだろう。治して貰えたが、あの時の苦痛は今でも忘れることはできない。


舌を切られ、そして口内を彫刻刀で切られた。口から血が出たが、喋れないから散々好き勝手された。それも治されたが。


体中に熱い鉄パイプを押し付けられた。当たったところには跡がくっきりと残っていた。その熱さと痛みは、余韻のようにずっと残っていた。それさえも治されてしまったが。


爪を剥がされた。手と足、全ての爪を。剥がされた爪があった場所を触られ、痛みに苦しんだのに親族たちの顔は笑みもなかった。治され、爪は戻ったが娘の心は戻ることは無かった。


水が入っている湯船に頭を無理矢理入れられ、溺死させられそうになった。意識が白濁とし、もう死ぬかと思ったがすんでのところで止められた。


注射を刺され、毒を盛られた。体の中にある臓器全てが溶けるような苦痛。それをじわじわと味わった。心臓以外が溶けた時、治され解毒もされたが。


母親に腹を裂かれ、臓器を引きずり出された。その痛みは、何よりも痛かったが、優しい娘は母親はきっとこれよりも痛く苦しいことを味わったのだと合われんだ。しかし、そう思った矢先に母親は娘に叫んだ。


「アンタのせいでアタシの人生はめちゃくちゃになったのよ!?」


「アンタなんて産まなければ良かった!!!」


「産まなければあの人に愛して貰えたままだったのに!!!」


「ねぇ、なんで生きてるの?!」


「なんで産まれてきたの?!」


「なんでアタシを選んだの?!」


「アンタなんて死んじゃえば良いのに!!!!!」


なら、どうして治すの?そう聞きたかった。でも痛みで声も出せなかった。治して貰えたが、もうその時には娘は生きたいなんて思ってもいなかった。


元々生きたいと思ったことがあるのかも分からないが。


その次は眼球をくり抜かれた。何回も治され、何回もくり抜かれた。自分からくり抜かれた眼球の数々を見た時、ゾッとした。自分は、治癒魔法があるせいで生きているのだと。そう思ったから。


そして次は、四肢を切られた。錆びたノコギリで切られたからか、その痛みは想像を絶するものだった。四肢が全て切られた後、調理された自分の腕や足だったものを食べた。が、吐いてしまったから母親に腹を蹴られてしまった。その後治して貰ったが、あの時の味は口の中でずっと覚えてしまうかもしれない。


薬を盛られた。その時見た幻覚は、親族と母親だった。愛してくれる、そんな幻を見た。実際は暴力と拷問をいつも通りしていただけだが。


こんな数々の暴力と拷問を何万回をも超えて受けてきた。


その度に娘は思った。


(なにかわるいことしたの?)


(いたいのはいやなのに。)


(しにたい。いきていたいくらいなら、しなせてよ。)


(ゆるしてよ。)


(ごめんなさい。)


「うまれてごめんなさいッ…。ごめんなさい……ッ。ごめんなさい…。うまれてごめんなさい……ッ。ゆるしてッ…ゆるしてくださいッ……。」


何回、ごめんなさいとゆるしてくださいと娘は言っただろうか。


何万回言っても許しては貰えなかったが。


娘が15歳になった時。それは起きてしまった。


旧支配者が、家族親族を皆殺しにしたのだ。


母親はその時、いつものように娘を虐げていた。


その集中力は凄まじいものだった。


そのせいで死んでしまったが。


娘は殺される、そう思った。


旧支配者の存在なんて知らない。教養を受けていないから。だが、それでも分かる。漠然とした、本能的恐怖。それがこれなのだと。本能で感じた。


それから娘は、旧支配者が皆殺しにした家族の肉を強制的に食べさせられた。


抵抗すれば死。それが見えた。死ねはよかったのに。


それでも死ねなかったのは、目の前で死んだ、殺された母親を思い出したから。


怖かった。死とはああ言う残酷なものなのだと、理解したから。理解してしまったから。


だから死から逃げた。


全ての家族親族を完食した時、もう旧支配者はそこにはいなかった。最初から幻だったのでは?そう思いたくなるくらいに、跡形もなかった。


それから、娘はずっと汚い街を歩いていた。


すれ違う人々は、皆娘を避けた。


そりゃあそうだろう。誰だって、傷だらけで血だらけの娘と関わりたくはないだろう。厄介事の匂いがするのだから。


しかし世界は広いようで、物好きはいるようだ。


娘は、とある商人に誘拐されてしまった。


その時、娘は目隠しで目を塞がれた。


その時の暗闇は、眼球をくり抜かれた時と同じ闇だった。


そのせいで、娘は暗いところが嫌いになってしまったのは、あとのお話。


それからは商人に売られ買われを繰り返された。


時々買われた人に暴力を振るわれた。その度許しを乞うたが、やはり誰も許してはくれなかった。


しかしある時、商人を凍死させてしまった。


娘は焦った。


自分は人を殺してしまったのだと。


娘はそこから逃げた。


遠くへ、遠くへ遠くへ。


そんな時、たまたま通り掛かった貴族に拾って貰った。


その貴族の主人は、娘の出生を気にしないで関わってくれた。


いや、そもそもどうだって良かったのだ。


人を殺してくれる道具、ストレスを発散できる道具なら。誰でも。


主人の嫁からは毎夜のように折檻を受けた。


最初に会った時、娘が嫁を怖がったことが原因のようだった。


それから、主人の命令で何回も人を殺した。


何回も嫁から折檻を受けた。


そんな生活を一年送った時、娘は主人を間違えてしまった凍らせてしまった。


主人は動いてしまった。凍っていると言うのに。


大したことは無い。ただの氷だと見くびって。


その時、主人の肉体は割れた。


ガラスのように、


割れた。


われた。


われた


誰のせい?



娘のせい


娘が殺した


嫁、他の道具、主人の家族、メイド、執事からは忌み子だと蔑まれた。


そしてそれは、街全体に広がった。


娘は逃げた。ここがどこにある場所かも分からないのに。


街を歩く度に、石を投げられ、罵詈雑言を吐かれた。


「なんでのうのうと生きれるの?」


「普通じゃないもんね。」


「罪悪感とかないんだ。」


「死んで償えないの?」


「忌み子の癖に。」


「人殺し。」


人殺し。


その言葉が、娘に重たくのしかかった。


罪悪感なんてとうに感じている。


商人を殺した時から、ずっと感じている。


死んで人を殺した罪が償えるのなら、喜んで死ねるのに。


死を許してくれないのは、いつだって周りだ。


だが、娘に罰を与えようとする者が居た。


それはとある教会の神父であった。


神父は娘を無理矢理教会に連れていき、地下牢に監禁した。


「半月後の夜、お前に罰を与えてやる。これは裁きだ。苦しめよ。」


殺したくて殺した訳では無い。


だが1人、仲間が居た。


それは教会のシスターの少女であった。


歳は少し娘より上の、優しい少女。


少女は娘の事情を聞き、哀れんだ。そして責めなかった。


「キミはなにも悪くない。なにも悪くないよ。みんな分かってないんだ、汚いから。キミがどれだけ、今まで辛かったか、怖かったか、苦しかったか…考えれないんだ。私は、私だけはキミの味方だよ。」


少女は娘を抱きしめ、そう言った。


娘はその言葉を貰えただけで良かった。そう思った。


その言葉を貰えた、だから死んでも良いと思った。


だがある時、少女が娘を抱きしめた時、また氷魔法は暴走してしまった。


少女を凍らせ、砕いたのだ。


教会にいる他のシスターがそれを発見し、娘の処刑は早まった。


「なんて醜いんだお前は!!!!教会の大事なシスターまで殺すとは!!!!!もう待たない。猶予は与えない!!!!!今日の夜、お前を焼き尽くす!!!!!!!」


娘こそ、どうして自分はこうなのだと責めたかった。いや、責めていた。


唯一自分を理解できたはずの少女を、自らの魔法で殺してしまったのだから。


「なんでボクはふつうになれないの…?なんで…なんでボクは……ひとをこおらせちゃうの?ころしちゃうの?なんでッ……なんでッ……。」


こんなちから、ほしくないのに!!!!!


氷で作ったナイフで、何回も手首を刺した。それでも死ねなかった。


勝手に死ぬなと見張りの修道士が治癒をしたからだ。


自死も、許して貰えない。


そして、夜は来てしまった。


娘は木でできた大きな十字架に磔にされた。


そして神父は高らかに言葉を放ち、娘を豪火で焼き付くさんとした。


「この忌み子はかの貴族の主人を殺しただけに収まらず、この教会のシスターまで殺めた!!!!!到底許される行いでは無い!!!!!その罪を浄化するために、お前を焼き尽くす!!!!!!!!!!」


民たちは歓声を腹から出して喜んだ。


そりゃあそうだろう。凍らせて殺す忌み子が処されるのだ。喜ばしいことこの上ないだろう。


だが、娘は納得できなかった。


(ボクがわるいの?)


(ボクのせいなの?)


(ボクがちからをおさえれないから?)


(ボクがうまれたから?)


(ボクができぞこないだから?)


(ボクがあるじさまとあのこをころしたから?)


(ボクだって、ころしたくなかった。ころすきはなかったのに…。)


娘は気付かぬうちに涙を流していた。


「ボクだって…。ボクも……。ボクもふつうのせいかつがしたいのに…ッ…。ボクも、かぞくとくらしたい、おかあさまにあいされたい。……あいされたかったのに……ッ。なんでッ、なんでボクだけ……ッ……。」


ボクだってうまれたくなかったのに!!!!!!


そう叫んだ時、その街……いや、それをも超える範囲……。天空都市の半分を凍らした。


それは自分を燃やしていた炎をも凍らすもの、その範囲に居た者も凍らした。


天空都市の半分は、強制的に冬にされた。


娘はそれを無意識にしてしまったのだ。恐ろしい力。


娘はまた、自分の力に恐怖した。


いつか自分は、母親と同じくらいに大切な人ができた時……その人のことも、殺してしまうのではないか?


その恐怖は恐ろしかった。


それを助けたのが、魔女、勇者、賢者だった。


魔女が娘が凍らしたもの全てを溶かしたのだ。


そして魔女は娘に問うた。


『私についてこい。ついてくれば、力の使い方を教えてやる。』



❄┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈❄



そして娘は魔女に拾われ、魔女が住んでいる城に住むことになった。


そこには色んな人がいた。


龍を従える子供。


体から色んな植物が生えている子供。


いつも飛んでいる子供。


様々な子が、住んでいた。皆魔女の弟子だと言う。


そこで魔女に教えられたのは、娘の氷魔法の暴走はそう言う体質であること。


そして、魔法は使い方次第で人を守ることが出来ること。


それから娘は、魔女に鍛えられた。


体質とは言え、制御できる努力をする。


他の魔法を使えるようになる。


漢字や世界についてを学ぶ。


弟子たちと学び、強くなることはそこまで苦痛なことではなかった。


ある時、龍を従える子供に問われた。


「なぁ、お前は名前ないのか?」


「…?」


「普通、名前あるだろ?俺で言うアグニとかさ。」


「ない……。」


「え?」


「アグニ覚えてないの〜!?この子、名前ないって魔女様言ってたじゃん!」


「…名前ないなら……わたしたちが付ける…?」


「え!名前って勝手に付けてもいいの!?」


「お、俺はネーミングセンスねぇからお前らに任せるぜ……。」


名前。そんなの、知らなかった。


普通は親に付けて貰うものならしい。だが娘は、親である両親に付けて貰うことはなかった。


なら、ずっと名無しなのかもしれない。そう思っていた。


『冬花。』


「え?」


『冬花だよ、名前。氷室冬花。氷室は氷を貯蔵する部屋のこと。冬花は、寒いのって冬だし、あんたは花みたいにちっさくて可愛いから冬花。……うん。ぴったりだね。』


魔女は既に、名前を決めていたようだ。


そして娘は、その時氷室冬花になった。


それから永い月日が経ったある日、魔女と修行をしていた時。突然言われた。


『冬花って名前ね、実はアイツ…モネが付けたんだよ。意外でしょ。』


「…はい。びっくりしました…。今。初耳で…。」


『アイツ、色んな人の思い出したくない記憶を見れちゃうからさ、……多分、冬花の記憶も見て、同情したんだよ。……で、わざわざ辞書引いてあんたに似合う言葉を選んだの。……可笑しいよね、自分で付けた癖に自分からは言えないんだからさ。』


モネは、記憶の魔法を使える両性のエルフだった。


魔女が言った通り、モネは周りにいる人の思い出したくない記憶を見れてしまう。


故に、きっとモネはその魔法で冬花の記憶を見てしまったのだろう。


そして哀れんだ。だから名前を付けようと、一生懸命悩みながら決めた。


冬花は嬉しかった。嬉しくて仕方がなかった。


だがその時期、旧支配者軍の支配が強まり、被害も大きくなっていた。


当然、魔女の弟子でも死人は出ていた。


モネはその頃から、仲間と距離を置き始めていた。冬花は、それに気づきながらも何も言えなかった。


ある時、城内でふたりはすれ違った。


冬花は、直感で嫌な予感を感じた。なにかなんて説明できない。だが、感じたのだ。何か、悪いことが起きるような気配を。


「……モネ、今日は闘わない方が良いですよ。」


「なんでだよ。今もどこかで旧支配者に殺されてる人がいるんだぞ。放っておけねぇだろ。」


「…なら、ボクも行きます。」


「………………好きにしろよ。」


冬花は、言った通りモネに着いて行った。嫌な予感が何かは分からない。だけれど、それを回避しなければいけないこと。それだけは、理解していた。


スラム街と呼ばれる場所。いや、それよりも有様は酷く、スラムとも言えないようなものだった。


無言で歩くふたり。


冬花は、助けたいと思っている訳では無い。ただ、魔女が助けてくれたように、自分もそれをしたら良いと思っているのだ。


そっちの方が、否定されないのと思うから。


なにか起きないか、と言う不安と心配に支配されていたからか、近づいていた気配に冬花は気づくことができなかった。


それは冬花の後ろにいた。


殺される。そう思った。


その時、冬花の体は投げ飛ばされ、視界を埋め尽くすような真っ赤が飛び散った。


それは、モネの血だ。


モネが冬花を庇ったのだ。


やってしまった。


(ボクのせいだ。)


(ボクが……。ボクが、他のことに気を取られてたから……。いや、それよりも……治さないと……。)


治さないと、そう思う度にあの時の記憶が蘇る。


何回も治されては暴力と拷問を受けていた、あの時の記憶を。


治す?痛いだけでは無いのか?


それは良いことなのか?


(やめて。思い出さないで。思い出したくない。)


息が荒くなる。フラッシュバックする、今見た血と、昔見た血が記憶と視界の中を飛び交う。


いやだ。


やめて。


みたくない。


ききたくない。


目を塞ぎ、耳を塞いだ。冬花の周りはだんだん凍っていき、旧支配者軍の者も、モネも凍ってしまった。


そして冬花の意識も切れてしまった。


『冬花!?大丈夫か!?』


目覚めた時聞こえたのは、勇者の声だった。


「……勇者様……。もね……モネは……?」


モネ。モネはどうなった?


だが、勇者が告げる前に同じ弟子の仲間であるエレクトが、真実を告げた。


「死んだよ。お前のせいでな。」


お前のせい。その言葉は重たく冬花に刺さった。


「……エレクト、その言い方はないでしょ。」


「事実だろ。こいつが助けていればモネは助かった。でもこいつは助けなかった。」


「それはっ……冬花は血が苦手だって、俺たちは知ってるだろ!?」


「じゃあ血が苦手だったら仲間を助けなくて良い理由になんのか!?こいつは、助けれた!!!でも助けなかった!!!モネはこいつのせいで死んだも同然だろ!!!」


「エレクト!!!そんなこと言っちゃダメだよ!!!」


冬花はまただと思った。


また、自分は罪を犯した。


許し合い、いつも一緒にいた仲間を見殺しにした。


紛うことなき事実だ。


あの時助けれていれば、モネは生きていたのに。


後悔してももう遅い。


だってもうモネはいないのだから。


『こら、エレクト。そんなこと言わない。今日はもうみんな休みな。後処理は全部賢者がするから。』


魔女がそう言えば、誰も何も言えなかった。言えないまま、その日はみんなそれぞれの部屋に戻った。


だが部屋に戻る前、エレクトは冬花にこう言った。


「死のうとするなよ。死んでその罪が許されるとかふざけたこと思うなよ。お前の罪は、生きることでしか償えれねぇんだからよ。」


部屋に戻ってからは、ずっと正気を保てなかった。


冬花は、ずっと後悔していた。


苦しんでいた。


あの時、何もできなかった。


自分の過去に苦しむばかりで、助けれたはずの仲間を助けれなかった。


冬花はベッドの上に潜る。


そして、シーツを濡らす小さな雨が降る。


「ごめんなさいッ……。ごめんなさいッ……。ゆるして…ッ…。ゆるしてください……ッ……。ごめんなさいッ……。ごめんなさい…ッ。」


何回も、何十回も、何百回も謝った。


許して貰えない、その事実がまた蘇る。


あの声が、否定が、侮蔑が、罵詈雑言が、暴力が、痛みが、耳と頭と感覚に蘇る。


産まれただけで罪。生きてるだけで罪。なのに、死ぬことも許されない。


ならどうしろと?どうすれば良い?


なにをすればいい?


そんなの冬花には分からない。考えても分からない。


なのに、誰も教えてくれない。


その夜は、眠ることができなかった。


ずっと、どうすれば良いかを考え、苦しんでいた。



❄┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈❄



それから、魔女と勇者と賢者が旧支配者を封印し、世界は目まぐるしく変わった。


混沌と狂気に支配される時代は終わったのだ。


冬花はずっと分からなかった。


これからどうすれば良いのか。


何をすれば良いのか。


そんな時、勇者と話す機会があった。


『冬花、これからのこと……は、まだ決まっていないみたいだね。』


「…はい。…どうすれば良いか…何をすれば良いか……分からなくて…。」


『……そっか。…冬花はさ、本当の自分ってどう思ってる?』


その言葉に、心臓を直接触られたような冷たさが冬花を襲った。


本当の自分。出していない自分。気づかれていた?いつから?


無意識に呼吸が激しくなる。言い訳……いや、通じるのか?許される?怒られる?


パニックに陥りそうな時に、その言葉は聞こえた。


『冬花、落ち着いて。俺は責める気はないんだ。ただ…。ひとりだけ。ひとりだけで良いんだ。冬花が本当の自分を出せる人、そんな人が冬花にできてほしい。』


そんなの無理だ。だって、本当の自分は冷たい。


仲間の死も、民の死も、何も思わないような薄情な奴なのだ。


そんな性格、出しても嫌われるに決まっている。


『みんな、自分のことでいっぱいいっぱいなんだ。冬花がそうなのは、可笑しいことじゃない。だけど…。誰にも本音を言えないのは…辛いし、苦しいだろう?だから…これからは、好きに生きるんだ。好きに生きて、幸せになってくれ。』


それが、君を育てた勇者からの言葉だよ。


そう言って、勇者は去っていった。


好きに生きる。


冬花にとって、それが何なのかは分からない。


冬花は自分が生きていれば良い。


人を助けてきたのも、誰かに否定されたくないから。


正義だとか大義だとか希望だとか、そんなの冬花はどうでも良い。


それでも良いのか?


分からない。


今はまだ、分からない。


なら、分かるまで生きれば良い。


だが、冬花は勇者に言われた幸せが分からなかった。


だって、自分は幸せになってはいけないから。


幸せになって良い資格は無いから。


冬花は、生きてさえいれば良いから。


それ以上は望めない。


望んではいけない。


そう思いながら生きるしかなかった。



❄┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈❄


氷はまだ、溶けていない。
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グラサンさん (8zkxxs3h)2024/2/6 16:44 (No.94043)削除
火鳥 蓮花の家の一室
もう誰も使ってない空き部屋。
かつて兄が使っていた部屋。
蓮花も知らない秘密の隠し場所。
部屋の隅の壁の中にひっそりと置かれた、埃を被った日記帳が数冊置いてあった。

【1日目】
さて…今日から日記をつけようと思う。
まぁ特に理由はないかな?遺言代わりみたいな?…騎士団に入ったし…いつ死んでも大丈夫なようにみたいなね。
まぁ普通に日記だし気楽にいこー!
さて何を書こうかなぁ…とりあえず妹の事でも書くか。
蓮花って言うんだけど凄く可愛いんだよ。今は8歳だったかな?ちっちゃくてねぇ…師匠や兄弟子とか俺のまねして魔法とか剣とかしたりして可愛いのなんのって!
俺の大切な妹…家で待ってるから帰ってあげないとね…あー仕事行きたくねぇ…ずっと蓮花と一緒にいたいよぉ…

【3日目】
家に帰ると綺麗に掃除をしてあった。
机の上に焦げた卵焼きや不格好なトーストが置いてありキッチンは酷い有様だ。
泣きながら「お兄ちゃん…ごめんなさい……」と言う妹……かわいすぎね?
俺のためにしてくれたんだよね?
怒れるはずなく思い切り抱きしめた。
絶対に守ってやる。結婚なんてしなくていいから俺と一緒にいない??
だからどうかこのまま…幸せに育ってくれ。危ない道を進まないでくれ。

【4年目】
まって蓮花が「兄さん」って呼ぶんだけど。
この前まで「お兄ちゃん」だったよね?なんで?待って無理無理「お兄ちゃん」って呼んでよ!!
悲しいぞ?ずっと小さくていいんだけど?やめて悲しいお兄ちゃん泣く泣いた……
これが親の気持ちなのかなぁ…いつか蓮花も彼氏とか連れてきて…この人と結婚するとか言うのかなぁ…そんなの許しません。
蓮花の幸せが第1だけどちゃんとした人じゃないと許しません!
とりあえず……俺より強いが第1条件だよな。弱いやつにはこんな可愛い妹を任せられるわけないだろう!
あっそういえば今日、副団長になったんだ。
なんでだろうなぁ…まぁ精一杯頑張るよ。
この役目を果たしてやる。
それで蓮花のことを守れるなら…俺はなんだって受け入れてやるさ。

【7年目○日目】
なんと驚いた。蓮花が騎士団に入ってきた。
この前まで「お兄ちゃん!」って後ろからトテトテと着いてきていたのになぁ……
入るなら師匠と同じところに入れば良かったのに……いやそれもだめか…この子には普通に幸せに生きて欲しいからさ。
あーーなんでこうなるかなぁ!

【7年目‪✕‬日目】
今日もBARに行ったんだけどナンパ失敗ぃ……なんで振られるんだ?眼帯か?眼帯のせいか?顔はいいほうだと思うんだけどなぁ
迷惑かけるなと店員に咎められるし…最悪だぁ…
つい飲みすぎて潰れてしまった…妹に迎えにきて貰うなんてみっともないなぁ…
本当に大きくなったな…
…本当に…騎士なんてやめてくれたらいいのに
こんな世界知らないで普通に生きて欲しいよ。

【7年目△日目】
なんか蓮花がめっちゃ危ない任務しようとしてるんだが…だめだめ絶対だめ許さない。
俺が許しません!なので俺が引き受けることにします!
ごめんな…こんな兄ちゃんを許してくれ。
蓮花には…怪我も殺しも何もかもしないで明るいところで生きて欲しいんだ。

【任務前日】
あーーー…明日かぁ…なんか嫌な予感するね。
死んじゃう気がする。やだなぁ死にたくない怖い…けどやらないといけないよね…だって俺は副団長だし兄ちゃんだし?
蓮花のために戦うよ。蓮花の未来を守るために。
だからさ…俺がもし死んでも蓮花のせいじゃないから。
少し気づいてたんだよ…蓮花の気持ち。
自分が弱いって出来損ないって思ってるでしょ?そんな事ない…蓮花は強いよ。とても強い。
魔法も上手に扱えるし飲み込みが早いじゃないか。
剣の腕も日に日に上達していつか追い抜かされるんじゃ?兄としての威厳がっ!!!って焦ってるんだぜ?
……だから自信を持ってくれ…大丈夫、蓮花は強い。
強くて優しい大切な大好きな妹なんだから。
きっと師匠も兄弟子も蓮花のこと認めているよ…だからそんなこと考えなくていいんだよ。
きっと…俺は死ぬ。でも…それで蓮花の命を守れたならそれでいい。それし蓮花のせいじゃない。安心して。
蓮花…愛しの妹。俺の宝物。
どうか幸せに生きてくれ。
いつか君に愛する人が愛してくれる人が出来たら…その幸せを手放さないでつかみ続けて幸せに生きて。
愛されていいんだよ愛していいんだよ。
幸せになっていいんだよ。
俺はね?蓮花が笑って愛する人や大切な人と一緒に過ごして…暮らせていればそれだけで幸せだから。
どうか君の未来が…明るく照らされますように。

【任務当日】
…時間少ないし簡単にね…蓮花がこの日記を見つけるか知らないけど最後に綴っておこう

世界の誰よりも愛してる。誰よりも大切な妹。どうか笑って幸せにいきて、君にはちゃんとその幸せを掴む権利を持っているから。誰が否定しても俺は肯定してあげる。

大好きだよ蓮花。


これ以降何も書かれていない…この日記で最後となっている。
もう二度と書かれない日記帳…誰にも知られない見つけられない日記帳。
彼女も知らない…大切な言葉が綴られたもの。
いつか…誰かが見つけるのだろうか?
それは誰にも分からない。
グラサンさん (8zkxxs3h)2024/2/13 18:56削除
可愛い可愛い愛しの子。
私達の宝物。
目に入れても痛くないほどに可愛い女の子。
赤いお目目が綺麗でぷっくりとしたほっぺが可愛い子。
背中に少し生えた羽毛がふわふわとした可愛い子。
綺麗なオレンジと赤の羽を持つ私達の宝物。

ねぇ…今は一体どこにいるの?何をしているの?





21年前の4月6日のこと。
僕の〝両親〟が赤子を連れて帰ってきた。
1歳にも満たない赤ん坊を。
赤い瞳と黒の髪の毛とぷっくりとした可愛い頬の女の子。
朱雀の女の子。僕と同じ種族の女の子。
僕と同じ理由でさらわれた可哀想な女の子。

朱雀として生まれ。
朱雀に生まれたから僕はさらわれた〝両親〟に。
そうしてこの子もまたそうだった。

「名前は…?」と聞いても知らないという。
そうだねこの人達はそういう人だ。

可哀想な子…きっとこの子も…と興味なさげに顔を覗いて見た。
そしたら僕の顔を見て向日葵のように笑った。
小さな手を僕に伸ばして「あー…うぅ…きゃあ…!」と可愛らしい声を出す。
…一瞬で心を奪われた。
そうして誓った。この子は必ず僕が守る…〝両親〟からもなにもかもから。
誰にも渡さない。大切な僕の〝妹〟。
幸せに生きて欲しいから…大丈夫、お兄ちゃんがついてるからね。
「そうだ名前がいるよね…お兄ちゃんが付けてあげるよ。…そうだなぁ…」
と考えていたら思い出した…とても綺麗な花のことを。
君のその瞳にピッタリは花の名前。
そうだこれにしようか。

「君の名前は蓮花…蓮花だよ。僕の大事な〝妹〟。守ってあげるからね。」

そうしてそっと抱きしめた。
小さくてすぐにでも死んでしまいそうなその命がこぼれ落ちてしまわぬように。

〝両親〟は僕が10を超えたら売るつもりらしい…朱雀は珍しく神聖なものだから高く売れると言っていた。
この子もきっとそうなる…だからそうなる前に逃げないと。
今は7歳…あと3年…できる限りのことをしよう。
この子を守るために。

初めて話した言葉は「にー…に……にぃに…!」だった。
とても嬉しかった。宝物だった。
可愛くて綺麗で穢れのない素敵な子。
〝両親〟は商品としてしか見てないから興味がなくて世話なんて最小限しかしないから僕が沢山遊んであげた。
その度に向日葵のように笑うから…僕も自然に笑顔になった。

日に日に成長していくこの子を見るのが楽しかった。
この子が初めて座った時も立った時も歩いた時もぜんぶぜんぶが嬉しくて仕方がなかった。
かけがえのないもの…宝物…僕の〝妹〟。
この子を守る為にも日々強くなろうとした。
こっそりつくった剣を奮って、全てから守るために。
この子の未来が明るいものでいさせられるように。

だから少しづつ準備をした逃げ出すために。
僕が10歳になったら売られてしまうから…そうしたらこの子を守れないから。

3年後の4月6日。
この子の誕生日…いや本当の誕生日は実は知らないんだ。
だけどこの子の誕生を祝いたいから初めて出会ったこの日を誕生日にすることにしたんだ。
こっそりと町に遊びに行った。
トテトテと小さい足を動かしながら手を繋いで歩いてあげた。
可愛いねとても可愛いね。
「にーに!どこいくの?」ってワクワクしている様子で話しかけてくる。
そっと頭を撫でて。
「蓮花が喜ぶところだよ。」と笑ってあげた。
そうして…綺麗なお花畑を見せてあげた。
そしたらこの子はとても嬉しそうにして
「にぃに!おはないっぱい!きれー!」とはしゃいで駆け回っていたね。
あぁ良かった…喜んで貰えて本当に良かった。
「蓮花、ちょっとこっちにおいで。」
と手招きをして呼んだ。そしたらトテトテと走ってきてぎゅーと抱きついてくれたんだ。よしよしと頭を撫でてあげて抱きしめてあげた。
「にぃにから蓮花にプレゼントがあるんだ。お誕生日プレゼント。」
そうして差し出したのは可愛いうさぎのぬいぐるみ。この子の両手に抱えられるくらいの小さなぬいぐるみ。
そしたらね「うしゃぎしゃ!かわいいねぇ!」ってとても喜んでくれたんだ。
あぁ…このままその笑顔のまま…ずっとずっと幸せに生きて欲しいなとそう思った。

「帰ろっか。ママとパパが待ってるから。」
と…本当は帰りたくない。〝両親〟のもとに返したくない。
だからゆっくりとゆっくりと時間をかけて家に帰った。
家に着いた頃にはもう日が落ちかけていた…けど違和感があった。
「蓮花…ここで待ってて。兎さんと遊んでてくれる?」
と頭を撫でながらいえば。
「にぃに!れんかいい子だから守れるよ!」とにかっと笑う。
いい子いい子…そうして僕はそっと家の中に入った。

もぬけの殻だった。
いや違う悲惨な状況だった。
血に濡れた家…散乱した肉の破片。
どこからどう見ても人の仕業でない悪魔それか呪いの仕業だった。
普通なら絶望や吐き気などするのにそんなもの感じなかった。
だって…〝両親〟がいなくなったから。
僕は急いで金目のものをカバンに詰め込み、食べれそうなご飯を持ち…壁にかけられた剣を手に取った。

「にぃに?どーしたのー?」と家から戻ってきた僕を見て不思議そうにする妹。
その頭を撫でて「大丈夫…ちょっとにぃにと遊びに行こっか!」と言って妹を抱えて旅だった。

もう恐るものなんて何もない。
だって〝両親〟が死んだから。
だからこれからはずっと一緒…君のことを守ってあげるから。

〝両親〟が死んでから2年。
蓮花は5歳、俺は12歳になった。
蓮花はいい子に育ったよ。
俺が剣を持つのをみて真似をしたいのか枝をブンブンとしていたからナイフで蓮花の為の木の剣を作ってあげた。
そしたらとても喜んでくれたんだ。
その笑顔だけで嬉しかった。
このまま騎士になったりして…なんて思うけどそんなことはさせないよ。
このまま育って幸せに普通に女の子として生きて欲しいから。
健やかに育って…大きくなったらいつか家庭を持つのかな?
きっとこの子は素敵なお嫁さんにお母さんになれる。
そしたら俺は叔父さんになるのか…甘やかしそうだなぁ…。
そうなったら何だか悲しいし下手な男なんて許さないけど…普通の女の子としての幸せを掴んで欲しい…そう思うんだ。
だってそれが一番の俺の願いだから。
幸せに笑って不自由なく暮らして欲しいから。

そんなある日のことだった。
悪魔に襲われた、蓮花を抱えて必死に逃げた。
逃げて逃げて逃げて…追いつかれて蓮花を襲われそうになって庇って片目を失った。
痛い痛い痛い……けど死んではダメだ。
けど逃げられない。
「…にいちゃ?…お兄ちゃん…」と泣きじゃくりながら俺の心配をする妹。
剣を持って立ち向かうしかなかった。
俺しかこの子を守れない…けどこのまま俺が死んだらどうなるんだ?
だって俺はまだ悪魔を倒せるほど強くないのに…
死にたくない生きたい…嫌だ助けて…
そんなことをぐるぐると考えていたときだった。

目の前の景色が変わった。
気づいた時には悪魔はもういなかった…居たのは…美しい銀髪の髪をもつ小さな女の子だった。

これが俺達と師匠の出会い…これから先の未来の始まりの合図だった。
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柚子カレーさん (8zml5wu2)2024/2/6 09:15 (No.94015)削除
【燦輝ちゃんとイェンスくんの話】

「ねー、おにーさん迷子?」

地図を片手に、ウロウロと歩き回る男が1人。燦輝の目に入る。さっきからずっとなにか探して行ったり来たりしてるんだよねぇ。

「あ"?」

「やだ〜威嚇しないでっ☆」

ひぇ。こっわ。2,3人殺してそうな目してる。やばちゃん。よく見りゃピアスもめっちゃしてっし。いやそれはウチも同じか。まあそこでグイグイ行けんのがギャルってもんよ。任せろ。

「あんまウロウロしてっからさ、ちょっと気になっちゃって〜。なんか探してんなら手伝おか?」

目を逸らして、なにか考えている男は、数秒して舌打ちをした。いや舌打ちやめろし。失礼だし、怖いし。その上ため息までついたよこいつ。話しかけたのまじ失敗だったかもしれん。

「アクセサリーショップ。探してる」

あ、そういう。あれか、人に頼んの嫌なのか。よく見りゃ足先も動いてっし、耳も立ってる。うーん警戒心バリバリ。臆病ちゃんか?

「あー!おにーさんピアスバチバチだもんね〜。あれ、いつもの店で買や良くね?あ、気分転換とか?わかるわかる別のブランドつけたくなるt」

「マシンガントークやめろ。そうじゃねェよ」

右手をぶんぶんとふって、言葉をさえぎられる。この程度でマシンガントーク扱いすんなし。そんな喋ってないじゃん。

「んじゃ何?」

あー、だの、うー、だの言いながら首の後ろをかいたそいつは、そっぽむいて、すげえ小さな声で、

「ブライダルジュエリー。恋人に」

「……やっば。とんでもねー幸せのおすそ分け来ちゃった」

あれかな。緊張しててイライラしてんのかな。そう思うとなんか可愛くなってくんねこの態度。
へーーブライダル。恋人に。へーほーーーー。

「任せろちゃん!案内したげる!あ、背中乗る?」

「断る」

「だよね〜。恋人居んのにしないかそんなこと。んじゃ着いてきて……真後ろはやめろし、うっかり足当たるかもしれんから」

ギャルは他人の恋バナのタダ乗り大好きだからね。もちろんウチもだいすき。他人の恋路に首突っ込むと馬に蹴られるらしーけど、そもそもウチが馬だから問題なくね?マヂウチ無敵だわ。まあ今蹴られそうになったのはウチじゃなくてこの人なんだけど。真後ろは見えないから上げた足当たるかもしれんくて真面目にフツーに危険なんだわ。

かっぽかっぽ、と蹄の音が響く。その途中で地図を見せてもらったけど、少し古い地図。見つからんのも仕方ないね。

「ほらここ。ジュエリーショップ。ねーおにーさん。指輪選ぶとこ見ててもいーい?ウチもピアスみてーし」

すげー嫌そうな顔されたわ。まあ勝手に着いてこ。

いらっしゃいませー、なんて店員の声をスルーして、店内に入る。なにかお探しですか、に対して、ペアリングです、ピアスです、なんてバラバラの答え。店員の豆鉄砲食ったような顔。ちょっとウケた。

「ウチは道に迷ってたのを連れてきただけなんよ。自分のピアスついでに。……そういや名前も知らんわ」

まじウケる。まあそんなこともあるかもネ!ピアス増やしたいのはマジだし。

自分のピアスも見ながら、おにーさんの方に聞き耳を立てる。

「ダイヤモンド……と、アメトリン。指輪の内側に、石埋めるやつ……え、こんなに形あんの……」

男の人の 貴重な 混乱シーン。やば。ウケる。

「あんねーおにーさん。もし日常的につけて欲しいなら、シンプルなやつの方がいーよ。邪魔になんねーし、どんな服でも合わせられっし」

ちょっとアドバイスしちゃろ。でもこれ以上はマジで蹴られそうだし、退散退散。いくつかのピアスを比べて、しばらくして小さなリボンのピアスを手に、会計に向かう。
その横で、おにーさんは指輪を入れる箱を選んでいた。剣腕のV字リング。シンプル・イズ・ベストってやつだね。
そうなれば、外に出るタイミングも何となく合うというもので。

……見えてる地雷原に突っ込む趣味はないんだけどさ〜。そーいう危ない橋渡るのはぜんっぜん好きじゃないんだけどさ〜。でもどーーーーーしても聞きたいことってあんじゃん……。そういうことに限ってきいてみたくなっちゃったり、すんじゃん。

「ねえ、おにーさん……。受け取って貰えなかったら、どーすんの………?」

「………………さァ?」

あーーーもうダメです。聞かなきゃ良かった。そんな顔すんなし。ねえおにーさん。アンタさ、恋とか愛とか、ぜんっぜん興味無いだろ。性根はそう言う人間だろ。一人でいても問題ないどころか、ホントはそっちの方が都合いい人間だろ。
相手の人はご愁傷さま。結婚は人生の墓場だぜ。地獄の底まで真っ逆さま。多分あなたはこの顔を、これから一生見ないんだろうけどサ。

「幸せのおすそ分けどーも。ウチもう行くわ。おにーさん、すっげえベタ惚れの顔してるから」

殺したいほど愛してる、って顔。
柚子カレーさん (8zml5wu2)2024/2/12 21:05削除
【燦輝ちゃんの垣間見た、イェンスの憎悪の話】
昔、母に父のことを聞いたことがある。母は、パタパタ耳を動かすだけで、教えてはくれなかった。
昔、群れの仲間から聞いたことがある。母は、父に同意なく犯され、やむなく子供を孕んだのだと。
昔、知らない人間に聞いたことがある。手頃なサイズの生き物に穴があれば欲を満たすには十分と。

男は、欲を満たすだけで満足する。その後のことに責任を持たぬ生き物ですら、種を持つ。
凹凸揃えば、男は相手の同意すら問わずに己の種を残す。
本来触れるはずのない肉のうち、ねばついた粘膜に、その種を受けて子を残すのが女。
それを理解した頃には、漠然と己の性を疎んでいた。
子を残すためのシステム、それ自体が。おぞましさと気持ち悪さだけで構成されているのだと、知ってしまった。

目を失い、人に混じって暮らすようになって。己の姿に、本当に、あの男の血が流れているのだと、吐き気さえ覚える気持ちだった。
声をかけられた女とホテル街に足を向け、心底おぞましい行為なのだと理解した。
孕めば身を削る。そのくせ、知らぬ男とでも寝られる生き物。その腹に。ねばつき生ぬるい、おぞましい場所に精を受け、悦ぶ生き物。
男も女も、さして変わらぬ、おぞましいものなのだと理解した。

それでも、他人を組み伏せ、ねじ伏せ、懇願させる。その行為は、何かを満たしてくれたから。何か、空っぽの場所に、軽くて薄っぺらだけれど、何かを詰め込めたから。
その行為を、繰り返した。最初以来、服を脱ぐようなこともしなかったし、縋られるのも鬱陶しく、その腕を縛り上げての行為だったけれど。
満たせたと思い込むだけで、どうせしばらくすれば飢えるだけだったけれど。

恋や愛を謳い騙り、それらしい言葉を並べ立てて幸せだ、嬉しい、愛おしいなどと喜ぶ、気持ちの悪いもの。
そんな恋だ愛だの言葉に騙され、ねじ伏せ、ねじ伏せられ、征服しあうことを良しとする。
言葉遊びの、屈服ゲーム。
それが、イェンスのいう、「恋愛」だった。

その娘に出会う前の話。その娘に出会わなければ、知らなかったものの話。狂わなかった、男の話。
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ヘルさん (90xdn9d1)2024/2/11 09:35 (No.94604)削除
私は兄様が好きですよ!そういった妹は元気だろうか。
ここは夜長家のお部屋、黒を基調とした部屋の机に置いてある綺麗な本の表紙には
「xxxx年○月△日~」と書いてある。誰かの日記のようだ、
これは夕の兄「夜長悠馬」の日記だ
xxxx年○月△日。
今日から、今日は俺の15歳の誕生日。
この日記に今日の出来事と夕の可愛さについて書こうと思う。一年続くといいな…
この日記帳も夕が俺が誕生日プレゼントとしてくれた。めっちゃいい妹を持ったと思う。
まだあの子9歳なのに。

xxxx年○月×日(10日後)
この日記を書いてから10日が経った。今日は夕とパンケーキを作った。俺が生地を作って夕が飾り付けをした。夕は飾り付けが上手い。苺を盛り付け生クリームを乗せて砕いたクッキーをまぶして完成。凄く美味しかった。後、夕の
「お兄ちゃんのパンケーキ美味しい!!夕お兄ちゃん大好き!」と言ってくれた。
可愛いぃぃぃ!!!いっぱい作ろう。


xxxx年×月×日(1年後)
今日は俺の誕生日。今日でこの日記を使うのも一年になる。夕も10歳になった。またあの父親と母親にみっちり勉強させられているのだろう。可哀想だ。あの子は外の世界を知らない。
勉強が終わったら庭へ出て小川へ行って水遊びをしよう。楽しそうだ。

xxxx年~月~日(3年後)
俺の就職先が決まった。親と一緒の所らしい。
親に自分の意見を言えずに決まってしまった就職。
夕に会えなくなるのがいちばんの苦痛だ。だが、これもいい経験になるのかもしれない。
そう思い支度を始める。夕があの親たちに行くのは嫌だな。もう彼女は13歳だ。
自分の意見を言える子に育って行ってほしい

xxxx年×日(3年後)
夕の誕生日に厄除け結びのヘアピンをプレゼントした、「兄様!ありがとうございます!」
え!?兄様!?お兄ちゃんだったでしょ!?って言ったらもうお兄ちゃんは恥ずかしいとの事
そっかぁ‥、夕ももう16歳だもんなぁ…、と思ったら夕も就職先が決まったらしい
「騎士団」らしい騎士団!?いや、危な…、怪我したら俺泣くよ?
まぁ、夕は剣術も上手いから出来るだろう。
頑張れ!夕!

xxxx年×月🌕日(今日)
久しぶりに夕と会った。もう立派な女性になっていた。だが、お菓子好きは抜けていないようで食べる姿はハムスターに似ている…、可愛い。今日も仕事頑張るぞー!!


この記述は今日の日付だ。
この日記を見た妹、夕は笑顔を浮かべ兄の部屋を髪の毛を揺らし部屋を出て行った、
後で日記帳を買おう。彼女も日記を書こうと、兄の良い所、今日の出来事を書こうと
似たもの兄妹な二人が仲良く生きていくのだろう。
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蒼弥さん (900sekxf)2024/2/11 00:14 (No.94588)削除
スヴァイレ・ウィルグラルテの存在意義





耳が痛い。

物理的な物ではなく、聴覚的な物で、だ。



ノアの箱舟に入っても、俺は毎日のように蔑まされる。

『魔力の流れどころかその気配も感じ取れない雑魚が。』

『ほんと、接近戦しか脳のない脳筋だよな。魔法使う奴相手によくやってるわ。俺なら逃げてるっつーの、あいつ命惜しくないんじゃねえの?』

『また任務遂行したんですって。でもあの感じ、絶対ランクの低い悪魔とか呪い殺しの任務でしょうね。』

『マジなんのためにいんだよぉ。近接戦闘強くても魔法で物理無効とかされちまったら意味ねえだろーが。魔法使えよ。あっ、使えないんだな〜ごめんな〜!』

『呪いみたいだよなあれ。なんでそんなん抱えて生きてんだろうな、俺らまで掛かったらどうしようか?俺なら死んでるかもしれねえなぁ〜!』



このクソッタレ共には正義という物は少なからずある。だが、結局それでも下に這いつくばる奴を上から見下ろしては、侮辱する。

結局何のために生きているのかが分からない。

何の為にここまで抗ってる?

何の為に

何の為に



…答えは分からない。

それと同時に、疑問も生じた。


魔法が、魔力が操れるようになれば、お前達は俺を普通な接し方で接してくれるのか?


そんな訳がなかろう。

結局俺は、上の奴等を含めた27人を瀕死にまで斬ったり殴ったり蹴ったりボコボコにした。





結局、俺って………何の為に存在しているんだろう。俺の事を必要としてくれる人なんているんだろうか、俺がいないと嫌だと言ってくれる人なんているんだろうか。

答えはどれも一緒





こんな俺に、優しくしてくれる奴なんて…いない。俺にはもう、人心が失い掛けている。元より俺の心は全体の3分の1しか残っていないのに、これ以上消えたら、俺は何になるんだろうな?



───俺も、普通の人間で産まれたかったな。
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パラボラさん (8z9okuac)2024/2/7 21:16 (No.94258)削除
ねえ、師匠。

綺麗な白い髪の女性、彼女の姿を夢に見る。
記憶にない、明るい表情を私に向ける女性。
朗らかな笑顔が素敵で、人の頭を撫でるのが好きな彼女。
二人で暮らす、木製で温かみのある家で。
なにかが引っ掛かるような感覚と、懐かしい気持ちがする。

私は無垢で、彼女の教えを純粋に聞き、そして従順に吸収する。

平和、理解、言葉、花、虫、共生、

———⬛︎⬛︎。


のどかな夢、白い女性と共に過ごす時間は、何よりも愛おしい。
彼女だけでは無い、姿はハッキリと見えないけれど、籠を背負った逞しい男が、縫い物が得意なその妻が、二人の血を継ぐ、ものづくりの得意なその娘が、勇敢なその飼い犬が。
私の周りには仲間がいた。面倒を見てくれ、私も幼き子らの面倒を見る。

懐かしい、気持ちがした。

世界を知らぬ、箱庭の中で蠢く無垢なる私。
遊び、学び、食べて寝る。
繰り返し、繰り返し。

愚かを知らぬ、机上で踊り舞う私。
操り人形は、糸が切れても変わらず動き続けていて。
繰り返す、繰り返す。

ガラス玉の振り子は無限に反復する。
それはそれはなだらかに、美しく。


近くの森に悪魔が現れたらしい。
手始めに、あの妻と娘が襲われたようだった。
現場に残されていたのは、奥へと続く大きな足跡と、ボヤけて私には認識できない、“ナニカ”。幾ら目を凝らしてもハッキリと見えない。
白い彼女とあの男は、そのナニカを拒絶するように、信じられぬといった目で見ていた。

暫くしてあの男は、愛おしげにひとしきりナニカを抱きしめたあと、自らの左手をまじまじと見つめる。

飼い犬を呼びつけ、私と彼女の静止も聞かずに奥へ奥へと走り去り、それから

……悪魔は私達の家のもとへ現れた。

同族であるハズなのに、家を破壊した。
奴の腕には背負の籠が通されている。
捕捉するたびに思い出が邪魔をする。

夫婦二人で作ったのだろう籠、きずなのあかし。通した後のその拳にはナニカの一部が付着していて、ときどきボトリとナニカが落ちる。

目線が私に向いている間に、白い彼女は全力の魔法で悪魔を消し飛ばす。

悪魔の癖に、魔法の加減も出来ない白い彼女。友達を全員失うまで、私と一緒で動けなかったバカなしろいかのじょ。

自分の身を滅ぼす程の力を使った、崩れゆくししょう。

師匠の元へ駆け寄れば、私は頭を撫でられた。師匠は御日様の匂いがした。懐かしい、嗚呼懐かしい。

死にゆく師匠から、一枚の仮面を渡される。

真っ白で所々がでこぼこな、ものづくりが得意なあの娘が作ったであろう仮面を。

私には何も残らない、仲間も、帰るべき場所も。
唯一つ、この愛すべき仮面を除いて。

……ココロが壊れる音がした。




私は無垢で、⬛︎⬛︎の教えを純粋に聞き、そして従順に吸収する。

⬛︎⬛︎、⬛︎⬛︎、⬛︎⬛︎、⬛︎、⬛︎、⬛︎⬛︎、

———正義。



私は微睡み、やがて眠るのだろう。そして、『』は覚醒するのだろう。

目が覚める、夢にかつての記憶を置き去りにして。

               Fin.
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ヘイさん (8ze0xlyw)2024/2/7 00:04 (No.94149)削除
【道化は夜に過去を想う その1】

「...んぁ?あれ、もうこんな時間?」

サボリで隠れていた自室で、彼はひっそりと目を覚ます。窓を見れば月は真上まで上っており、部屋には薄っすらと月光が差すのみだ。部屋で昼寝を始めた時は2時だったので、恐らく6時間以上は確定で寝ている。サボリとしては最高記録だろう。

「あちゃー、バレるようなサボり方はしないって心の中で決めてたのになぁ。まっ、こうなったら別にいっか」

よく言えばポジティブ。悪く言えば楽観的に考え、彼はノソノソとベッドから降りて大きな欠伸をする。生活必需品と少しのインテリア以外は何もない部屋だ。こんな所にいたら、退屈で死にそうになる。どこかに出かけよう。でもどこに出かけようか。生憎今日は酒を飲みたい気分じゃないので、バーは最初から選択肢から除外されている。だからと言って、今遊びに行けるような場所なんて他にあるだろうか。

仕事の事よりも真剣に、馬鹿みたいなことを大真面目に考える。少しでもこんなことが学生時代にできていたら、今のようにはならなかったのだろうか?...そんな思考を、彼はごみ箱に捨てた。自分の人生なんてどうこねくり回しても変えようがない。なら、考えたって仕方がない。
そんなことを思考しているうちに、腹の虫の音が静かな部屋中に響き渡る。そう言えば、腹が減ったな...

...よし、屋台にしよう。夜でも屋台なら開いてる店もいくつかはある筈だ。それに、ちょうどラーメンとかおでんとか焼き鳥とか、屋台飯が食べたかったしね。

「思い立ったが吉日ってね」

部屋の扉を開けて、そこから足に力を込めて大きく跳ぶ。風魔法の使い手である彼にとって、建造物を使った高速移動は、線香をへし折ることよりも容易い事だった。

満月を背景にして、クソッたれ刑事は世を駆けていく。崩壊したこの世界で数少ない楽しみを探し求めて、足に風を纏わせ、月兎のように跳ねる。
こうして移動してみるのも、案外楽しい物だ。普段は歩いて移動している分、余計にそう感じた...ただ、すぐに目的地が見つかるとは限らないが。

下を見れば明かりは付いていれども、何処からどう見ても屋台の光ではない。そんなものよりもずっと小さな光だ。

「この時間に屋台を開いてるところって、もう少ないのかねぇ...」

大きなため息を吐いて目を閉じる。まだ数分も経っていないのにそう判断するのは些か早すぎるのではないのだろうか。そして、もう一つ。建物から建物へ飛び移るような移動をしているのなら、目を閉じるべきではないだろう。

「...足がつかないなってうわぶっ!?」

前を見なかったせいで跳躍距離を見誤り、足場に乗る直前で空を踏んで転んで1HIT

「うがっ!」

そのまま落ちて、後頭部を大きめの換気扇にぶつけて2HIT

「アグッ!」

頭が下方向に向き、ベランダの柵部分にぶつかって3HIT

「お”っ”!!?」

トドメに、積み立ててあったレンガに腰を思い切り強打して4HIT
結果、彼は悶絶した。

「アイダダダダダダ...!!何でこんな所にレンガがあるのさ」

後ろを見れば、レンガの山の裏に大きな穴の開いたアパートのような建造物がある。恐らく、修復作業中だったのだろう。明らかにレンガ造りじゃないが、レンガで修繕してもいいのだろうか?

そんな疑問をが吹っ飛ぶほど、痛みは強かった。すぐ引けばまだいい方だ。むしろ死ななかっただけ儲けものかもしれない。まぁここに積んだ奴は絶対に許さないが。

「これ、労災降りないよね...」

ふざけたことを抜かしながら、腰を押さえて立ち上がる。奇跡的に骨は逝ってないようで、痛みだけで済んでいる。体が頑丈何てレベルじゃないな、と本人は少し笑った。

「もうご飯いいや。今日はもう...ここ、なんか匂いがするなぁ」

痛みで悶えている時は気付かなかったが、左の方から出汁のいい匂いがする。思わず向いてみると、そこには探し求めていた屋台が。

顔だけではなく、体も向け、腰を押さえていたてをポッケに突っ込んで彼はこう呟いた。

「おっ、新メニュー発見伝」

土埃を払い、元から曲がっていたネクタイと性根をそのままに、彼は念願の場所へと足を運んだ。
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柚子カレーさん (8zml5wu2)2024/2/5 23:15 (No.93981)削除
墓の前に立つ、その男の薬指には、シンプルな指輪が1つ。

「手に入れたよ。俺のMarganete(真珠)」

お前が無責任に放り出してくれたから。貝に包まれて、幸せに守られているはずだったその玉を。
彼が死ななければ?あの子がその座を継がなければ?ありはしなかった未来だ。起こりはしなかった未来だ。きっと俺は彼女のことなんて、それこそ知り合いの妹、その程度の存在として認識して、それで終わっていた。だからこれは、偶然と不運が重なった、最悪で最高の奇跡。

「なあAdwin(良友)。……もう手は離してやれねぇからさ」

騎士になんてしたくなかった。幸せに、結婚して、家庭を持って、そうやって生きて欲しかった。なあArduin(強き友)。アンタが蓮花に願ってたのは、ただそれだけの事。ただ、あの子が平穏に生きられる、だけの、事だった。

「だからさ、せめてそれは、叶えるよ。まだまだ時間はかかるだろうけど。あの子が、自分は幸せになっていいんだって。幸せになりたいって。幸せだ、って。胸を張れるようになるまで。俺、精一杯頑張るからさぁ……」

本当は、首輪だってあの子につけて欲しかったんだ。ひとりじゃないって。一緒にいてくれるって。愛されてるって。自分は必要なんだって。信じたいのは、あの子だけじゃない。
それでも。あの子が大事だから。そんなどうでもいい欲望より、あの子が笑える明日の方が、ずっとずっと大事で、価値あるものだから。

「認めてくれよ、ツバキ」

あの子を守れるほど、俺は強くないけど。あの子が、笑って。生きてていいんだって、当たり前のように信じて。笑顔で帰る場所に、なってみせるからさ。
本当は、お前があるべきだったその場所に、俺が座ること、許してくれよ。

愛も、恋も。執着も独占欲も、何もかも混ざった、濁った感情だけどさ。それでも、あの子に、幸せに笑ってて欲しいって言うのは、嘘じゃないから。そんな欲、全部投げ捨てるのだって、苦にならないから。

「……ゴメンな」

罪悪感は、彼女だけのものでは無い。けれど、彼女が抱えるべきものではなかったから。そんなものを、彼女に抱かせてしまったのは、紛れもなく自分。手を伸ばしてしまった、自分のエゴ。それでも。

「愛しちまったんだよ」

もう、手は離せそうにない。
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グラサンさん (8zkxxs3h)2024/2/5 11:10 (No.93825)削除
「兄さん...貴方みたいに強くなれるだろうか?...私はまだ弱いままだ。私は...兄さんにとって良い妹でいれただろうか?...いや...いれなかったな...私は出来損ないだから。」

兄の墓前にたちながら目を閉じてそう言葉をもらす。
毎晩思う、どうして自分が死ななかったのかと。どうして兄が死んだのかと。自分が死んでしまえば良かったのにと。
弱くて情けない自分ではなく強く正しくあった兄が生きるべきだったのだと。

兄は憧れだった。
物心がついた時には両親はいなかった。
兄が親代わりだった。
まだ子供のはずなのに兄は私を守るために沢山のことをして愛してくれた。
そんな兄が大好きだった。

そんなある日に悪魔に襲われた。
兄は私を庇って片目を失明した。
もう終わりかと思った時に師匠に助けられた。
そうして師匠に拾われて私達は育っていった。
家族が増えた。師匠と兄弟子が。
2人とも強かった。とても憧れた。
あんなふうになりたいと鍛錬をする度に思った。

自分は師匠や兄弟子、兄のようになれないのだと。

私に才能がないことは知っている。
だから努力をするしかない。
けど3人に追いつくことなんて出来なくて遠くて....自分の価値が分からなくなる。
愛されてるのは分かった。私も愛してたから。
けどその愛を受け取るのに自分は相応しいのだろうか?
きっと相応しくない。
…他の誰かが受け取るべきもの...私には過ぎたもの。勿体ないもの。

「...強くなりたい。」
そう何度も願っても追いつかない。
届かない高みをどう掴めば良いか分からなかった。

兄が15歳になって魔法騎士団に入った。
兄は魔法騎士団に入った数年後に副団長となった。
誇らしかった。自慢の兄だった。
...それと同時に出来損ないな妹でごめんなさい...とそう思った。

兄を追いかけて自分も15歳になった時に魔法騎士団に入った。
兄は驚いた顔をしたけど嬉しそうだった。
師匠は少し悲しそうにしてたかな...。けど師匠や兄弟子みたいに私は魔法が強くないし得意じゃないから。
唯一剣はまだマシに使えたから...ごめんなさい。
弱くてごめんなさい。
それでも貴方達の隣にたっていたいと思ってしまう自分が情けなかった。
そんな資格あるはずないのに。
誰も何も守れてないのに。

兄はBARによく通っていた、何をしていたか知らないけど酔い潰れる度に呼び出されて迎えにいっていた。
「...れんかぁ...」と酔った声からウォッカが匂う。酔い潰れるまで飲むのだけは勘弁して欲しい...一応まだ私は未成年なんだぞ...迎えには来るがと思いながらも「兄さん...飲みすぎは勘弁してくれ...ほら帰るぞ。」と笑ってたな。
そこで知り合ったんだっけ...あの人と。
最初はただの顔見知りだったけど兄を迎えに行くうちに少しだけ話すようになったあの人。

それから1年後のことだった。
私が16歳で兄が23歳だったとき、任務があった。
元々は私が行く予定の任務だったのに兄が行くことになった。
理由は「これは兄ちゃんの仕事だしなぁ。安心しろ帰ってくるよ。妹に危険な仕事は任せられないからな!」と...なんだよそれと思ったけど兄らしいなと思う。
それと同時に...それも任せられないくらい弱くて頼りないのかと思ってしまった。
いくつになっても...守られてばかり...本当に情けなくて苦しい。
…私は...どうして生きてるのだろうか。
そうして任務に行った兄が話してくれることは二度となかった。
帰ってきたのは...亡骸となった兄だった。

…私が行けばよかった。
兄に何を言われても無理やり行けば良かった。
そうすれば兄が死ぬことは無かった。
私が死ねばよかった。死ぬべきだった。
こんな出来損ないの私じゃなくて優秀な兄が生きるべきなのに...。
私が弱いせいで頼りないせいで兄を死なせた。
私が兄を殺したんだ。弱い自分が兄を殺してしまった。

その後...なぜか副団長に昇進してしまった。
分からない。
自分よりも強いものはいるだろうに...弱くて情けない頼りない自分よりも相応しい副団長が。
陰口が聞こえる。
『コネのくせに』『どうせ弱いだろう』『兄のおかげだな』『俺の方が相応しい』
事実は全て事実だ。その通りだ。相応しくない...自分はこの席に座って良くない。ここは兄の席だ。けどもう決まったものは変えられない。
せめて...せめて...少しでも多くの人を守れるために認められるために戦おうと決心した。
それによって命を落としたとしても...それでいいと思った。
命を落として守り通すくらいしか自分には価値が無いのだから。

副団長になってから仕事に明け暮れた。
どんな傷を負っても死にかけても...民を守るため兄の意志を守るために。
そんな自分を気にかけてくれる人がいた。
こんな弱くて惨めな自分を気にかけてくれる優しいあの人...。
淡い恋だった。けど願わなかった。
自分には過ぎた恋だから...どうせ死ぬ運命にある自分にはしてはいけないものだから。
あの人にとって子供でしかない自分が向けるべき感情ではないからしまい込んだ。
胸の奥の奥深くに置いてきた。

それなのに...それなのに...どうしてそれを掘り返してくるのか。
掴んでしまった。後戻りなんてできるはずも無かった。向けられた感情を受け取るしかなくて答えるしかなくて...あぁ...本当に自分はダメなんだ...と痛感してしまう。
幸せになる資格なんてない。貴方の隣にたつ資格はない。自分は弱いのに惨めで出来損ないなのに...もっと相応しい素敵な人が居るのにと。
兄を殺した自分が幸せになるなんて誰が許してくれるだろうか。
私は自分が許せなかった。そんなの...許されていいはずない。
きっとすぐに死んでしまう...なのに...その手を受け取ったのは自分の心が弱いからだ...ごめんなさい...。
もう...後悔なんて後の祭りだった。

目を開けて兄の墓に目をやる。
「兄さん...また来るよ。」と手に持つ花を添えて墓に背を向けて歩き出した。
弱くて惨めな自分が嫌いだ。けどそれを悟られる訳にはいかない。
だから、強くあろう...強いふりをしよう。
そうして今日も心を殺す。弱い自分を封じ込める。
非情で冷たい副団長を演じる。
大切な人達を守るために愛する人を守るために...もう何も失わないようにするために。

「貴様ら!そんな強さで民を守れると思っているのか!もっと強くあれ...弱いものには生きている価値などない!私達はこの世界を民を守らなければならないのだ!」

なんて...どの口から言ってるのか本当に生きている価値がないのは自分だというのに。
あぁ大嫌いだ。世界で1番...自分が嫌い。死んでしまえばいい...けどそれは許されないから。死んで終わりだなんて許されない。
もし誰かを守って死ねたなら...許されるのだろうか。
弱い自分に守れるものなんてあるはずないのに...そんな夢物語を願いながらまた一日が過ぎ去っていく。
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さん (8zf1pchi)2024/2/5 00:24 (No.93793)削除
双子




美しい姿をした双子がいた。
兄はルーカス、妹はポルス。
天使の血を宿した2人はとても仲が良かった。
相思相愛、その言葉を体現しているような2人だった。
幼い頃から共に行動し、共に数々の修羅場を乗り越えてきた。
2人の絆は増すばかり。
一生2人でいるのだと思っていた。


ある時、ポルスが人間の男に恋をした。
体格がよく、野蛮で猛獣のような男。
美しい見た目をしているポルスには到底釣り合わない男。
だが2人は次第に親密になっていった。
猛獣のようなあの男はポルスに対してだけ優しい顔を見せた。
宝物を扱うような優しい手でポルスに触れ、愛しい人を見つめるその瞳は心の底からポルスを愛しているのだ、と分からせられた。
男とポルスは結婚するのではないか、と噂されるようになった。
それほどまでに親密になり、お互いがお互いを愛し合っていた。
美女と野獣、そう例える者もいた。
だがルーカスはそれを認めなかった。
あんな野蛮な男が、可愛い妹と結婚するなんて。
なんとかして2人を引き剥がさなければ、と作戦を練っていた時、ポルスが幸せそうな顔をしてルーカスに告げた。
『私、彼と結婚するの』
ルーカスの思考が一旦止まり、驚いた顔でポルスを見る。
昔、一緒に近くの森を探検して、大きめの宝石を見つけた時と同じ、嬉しそうな顔をしてポルスは笑った。
プロポーズをされた、そう言って左手の薬指を撫でる。
その指には小さな宝石が飾られた素朴な指輪が。
あの時見つけた宝石の方が何倍も大きくて、美しかったのに。
そんな小さな宝石しかついてない指輪がいいのか。
ルーカスは焦った。
早く、早く2人を引き剥がさないと。
ポルスが取られてしまう。


ある時、ルーカスはポルスを呼び出した。
『あれを撃ち抜いてみてくれ、ポルスなら出来るだろ?』
負けず嫌いなポルスをわざと煽るように言った。
するとポルスはムッとした顔をして矢を放った。
そして見事命中。
海の上に浮かんでいたその物体はそのまま沈んで行った。
ポルスはドヤ顔でルーカスを見た。
ルーカスも驚いた顔を作ってポルスを褒めた。
その時、ポルスは笑っていた。

だが翌日、海辺に打ち上げられた愛しき人の亡骸を見て泣き崩れた。
ポルスが射った物体。
それこそが愛しい人の頭部であった。
それを理解した時、ポルスは泣き崩れると同時にルーカスに対する怒りが沸いてきた。
亡骸を丁寧に埋葬してからルーカスの元へ急ぐ。
いくら泣こうが喚こうが、死んだ命は戻らない。
ルーカスは思惑通り、男の頭を射ったポルスを思い出してほくそ笑んでいた。
優雅に紅茶を飲んでいた時、ポルスが怒り心頭、と言わんばかりに乱暴に扉を開けた。
『お兄ちゃん、どういうことッ!?』
怒りながらも今にも泣きだしそうな声。
ルーカスはなぜ?と言わんばかりにポルスを見た。
『私が昨日射ったあれは、あの人だったの?リオだったの?ねぇ、なんでよお兄ちゃん』
ポルスはルーカスの胸倉を掴んで揺するも、その手に力は入っていない。
信じられない、お兄ちゃんどうして、と兄を信じたい妹の心を捨てきれていなかった。
『なんで、って…。なんでもクソもないだろ?お前がアイツを射った。それ以上でも以下でもない』
軽くため息をついて、さも当然だと言わんばかりな顔をする。
それを見てポルスは気付いた。
愛する兄は、優しい兄はもう居ないのだと。
愛しい人を失って、優しい兄ももういない。
ポルスは静かに涙を零すと家にクロスで飾ってあった長剣の手前の方を取り、切っ先をルーカスへ向けた。
ルーカスはポルスを睨みつける。
『どういうつもりだ』
『アンタを殺して私も死ぬ』
ポルスもルーカスを睨みつけた。
その目に愛しい兄はもういない。
目の前にいる兄の形をした何かはただただ憎い存在でしかなかった。
首を切ろうとするがルーカスの持っていたカップで塞がれてしまう。
切っ先に力を込めることは難しく、カップを切る事が出来ない。
カップで切っ先を避けられてしまい、力なく剣を振り落とす。
兄は立ち上がりカップを置くと睨んだままポルスを見た。
『くだらない。あんな男にそこまで命をかけられるのか』
意味がわからないという顔をして肩を竦めて首を横に振る。
その一挙一動全てがポルスをイラつかせた。
『くだらない?そうでしょうね、アンタは誰かを愛したことはないんだものね』
"だって、奥さんも自分の手で殺したんだものね"。
その言葉に今度はルーカスがポルスを恨みの籠った顔で睨みつける。
ルーカスには以前伴侶となる女性がいた。
だがルーカスは彼女を愛していなかった。
遊びで相手をしていただけなのだが、彼女が本気にし子供まで孕んでしまった。
仕方なく彼女と結婚したが、ポルスを知らない彼女はポルスを不倫相手だと勘違いして危害を加えようとした。
それに激怒したルーカスが子を産んだばかりの彼女を殺してしまったのだ。
ポルスはルーカスに激怒したがルーカスは何処吹く風。
子供をポルスに預けて自分は子供の世話なんてほとんどしていなかった。
そのせいか子供、エレノアは最初こそポルスのことを母親だと思っていたのだ。
エレノアが巣立ち、ポルスもほとんど自由と言っても過言では無い。
だからポルスも好きなように生きようとした。
愛する人と、永遠を誓いあって。
だがその未来はルーカスによって壊された。
いや、ルーカスの策略に嵌ってポルス本人が壊してしまった。
たった1人の兄だった。
けれどもう、情はない。
脚を開いて重心を落とす、長剣を兄に向けて大きく振りかぶった。
だが兄もそれを避ける。
お互いがお互いと鍛錬し合い、強さを極めてきた。
お互いの戦い方、避け方、全てを知り尽くしていた。
ルーカスも同じく飾ってあった長剣を手に取るとポルスからの攻撃を受け止める。
お互いに攻防を繰り返す。
誰よりも仲が良くて、ずっと一緒にいると思っていた双子の兄妹。
そんな2人が今、剣を片手に殺し合う。
広いとはお世辞にも言えない家の中、優勢なのはルーカス。
短剣を扱うことこそあれど、長剣を扱うことのなかったポルスには分が悪すぎた。
あっという間に角の壁側へ追い込まれる。
遂には片膝を着いてしまった。
恨めしそうに兄を睨みつける。
ルーカスは真顔でポルスを見た。
『アンタは人じゃない』
『元より真人間じゃないだろ、俺もお前も』
負け犬の遠吠え、そうも捉えられるポルスの言葉にルーカスは返事をした。
ルーカスとポルス、天使の血をひいていた。
けれど人間の血もひいていたのだ。
それに、ポルスは知らない。
ポルス本人は天使と人魚の血をひいていたことを。
ルーカスとは父親が違うことを。
ポルスは生まれこそルーカスと数分違い。
生まれた腹こそ同じであれど、種こそが違った。
ルーカスは知っていた。
ポルスは"致命傷を負っても死なないこと"を。
『言い残すことは?』
『…アンタと兄妹になんて、生まれるんじゃなかった』
ルーカスは長剣を頭上より高く振り上げてポルス向かって振り下ろした。
ポルスは目を閉じた。
これで死ねる、あの人の元へいける。
愚かにも知らなかった、致命傷を与えられても死なないことを。
そして






エレノアは急に父から呼び出されて困惑していた。
父、とは名ばかりでエレノアに全く興味のなかった父が、自分に頼るなんて、と。
しかしそれは家に入ったと同時に気付いた。
荒れたカーペットに、落ちている本。
倒されたり、斜めに斬られている家具類。
何があったのか、なんて一目瞭然だった。
部屋の隅に父はいた。
しゃがみこんで何かを見つめている。
『こんな荒れ放題になって…なにがあったんだよ、てか姉様、は…』
近付いて初めて分かった。
父はただしゃがんでるんじゃない。
何かを抱いている。
『エレノア、ガキの面倒見れるよな?』
エレノアの方を振り向いて抱いていた赤ん坊を渡す。
そして無責任にもそんなことを聞いてきた。
渡された赤ん坊を受け取り困惑するエレノアの脇をすり抜けて椅子に座り直す。
そして冷めてしまった紅茶を1口すすった。
『ちょっと待ってよ、なんなのこの子供。アンタの隠し子?てか姉様は??』
優雅にも紅茶をすすった父にエレノアは困惑したまま声をかける。
腕の中の子供は静かに寝息をたてており、どことなくポルスに、父とは違って愛情を込めて育ててくれた育ての親で叔母でもあるポルスに似ていた。
いや、似すぎていた。
まさか、嘘だそんなこと。
エレノアも気付いてしまった。
荒れた家の中、父が抱いていた赤ん坊、あまりにも叔母に似すぎているその見た目。
『あぁ、ポルスだよ、ソイツ。』
めんどくさいな、と言わんばかりの声色。
冷めた紅茶をキッチンに持っていき、シンクに捨てて上着を掴み出ていこうとする父。
『待ってよ、なんで姉様が赤ん坊になんて』
『それがポルスの、ベニクラゲの人魚の特徴だよ』
引き留めようとするが父はそのまま荒れ放題の家とエレノアと赤ん坊を放置して出て行ってしまった。
きっと、ほかの女の所だろう。
いつもそうだ、父はエレノアとポルスを置いてすぐにほかの女の所へ行く。
だからエレノアは最初父のことを父だと思わず、ポルスと同じように『兄さん』と呼んでいたのだ。
だが信じたくは無いがルーカスはエレノアの血の繋がった父親。
ポルスは叔母でしかない。
そんな叔母が今腕の中で赤ん坊の姿をして眠っている。
健やかな寝息を立てて、幸せそうに眠るポルス。
エレノアは悲しそうな顔をして笑う。

きっと、ポルスもこうだったのかな。
こんな気持ちだったのかな。
温かいね。
小さいのに重いね。
こんなに小さいのに生きようとしてるんだね。
大丈夫、大丈夫だよ。
僕が守るから。
今度は僕が、ポルスを育てるから。
だからもう一度笑ってね。
大好きだよ、って言って笑ってね。
その時もう一度、僕も大好きだよって言うから。
だから、どうか、生きてね。

自然と涙が溢れた。
こんなに温かくて小さい生き物に自分は守られていたのか、愛され育てられていたのか。
ポルスもきっと同じ思いだったんだろうな、そう思うと感謝と同時に、自分が傍にいれてやれなかったことへの後悔で胸が苦しくなった。​
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柚子カレーさん (8zml5wu2)2024/2/4 18:02 (No.93727)削除
「なあお兄さん」

イェンスがいるのは、ある墓の前。持ってきたウォッカを墓前に備え、声をかける。そこに眠るのは、かつて常連だった男であり、恋人の兄である男。生きていた頃は散々に苦労させられたものだ。店に来れば女に粉をかけ、潰れては妹が迎えに来る。もちろん迷惑そうな女と引き離すのも、妹に連絡を入れるのもこちらの仕事なのだ。

「そんなとこでなんも言わないでいる前に、妹に教えてやるべきことがあったんじゃねぇの」

それでも、彼は何かにつけて妹の話をしていたし、妹のことを大切に思っていた。恐らくそれは、妹もそうだ。兄を迎えに来る妹の目は優しかったし、必ずむかえにきていたのだから。

「どんな理由があれ、一回りも下のガキと付き合う男がまともな奴じゃねェこととかさ」

戦うだけが、人の道じゃないこととか。
あれもこれも教える前に死にやがってさぁ。だからこんな男に妹取られんだよ。
ガリガリと首の後ろをかくイェンスは、ウォッカの蓋を開け、墓石にかける。空になったボトルの蓋をしめ、墓石に背を向ける。

「俺の奢りだからな」

空の眼窩は、今もあの日の指先を映している。誇りも友人も恋人も。何もかも悪魔に奪われるなんて、そんなのはゴメンだ。……一番情けないのは、そう思っていても、恐怖ばかりが先に立つ己だろう。

「兄妹揃っちまったとこに墓参りなんざ、俺はゴメンだぞ……」
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さん (8zf1pchi)2024/2/3 22:46 (No.93597)削除
アクアソロルこれで終わり






恋に敗れた人魚姫は泡になって消えた。
最後に得をしたのはただ王子を起こしただけの町娘。
自分はその2人のどちらにもなれないと思っていた、分かっていた、だからこそ恋をすることなんて諦めていたし、するつもりもなかった。
なのに、なのに見付けてしまった。
人魚姫が恋をした王子様のような人を。
助けたのは私じゃないし、むしろ私は助けられた方。
だけど、恋に落ちてしまった。

最初はなんとも思わなかった、偽善者でただウザイ奴だと思ってた。
だけど、知らない間に惹かれてた。気付いた時にはもう遅かった、手遅れだった。
胸が苦しくて張り裂けそうになった、そんなの初めてだった。
姿を見るだけで、声を聞くだけど心臓が飛び跳ねた。心拍数が上がって、まともに目を見れなくなった。
掻き乱されていく心を受け入れたくなくて、信じたくなくて、会いたくなくて。
休日でも廃墟巡りに行くのをやめた。
過去に会ったことがあるから、もしかしたら会ってしまうかもしれないから。
仕事以外で外に出なくなってしまった。
そんな私を部下達は心配してたみたいだった。
そりゃそうだよね、息抜きしてこいって、私に休暇を与えて廃墟巡りを進めてくるぐらいだから、私が廃墟巡りしてないと困るんでしょ。すぐ怒っちゃうもんね。
怒りたくて怒ってるわけじゃない、感情の表し方がこれしか知らないだけだった。
だって、ママがそうだったから。
ママはいつも怒ってた。
私を見るとすぐに怖い顔になった。
だから、それが普通なんだって。それが当たり前なんだって、思ってた。
普通に考えれば絵本の中の人魚姫も王子様もみんな怒ってなかった。
笑っていたり泣いていたり、様々な表情をしていた。
でも憧れるばかりで気付けなかった、いや気付こうとしなかった。
だって気付いてしまえば自分が、ママがおかしいって気付いてしまうから。
だから、見て見ぬふりをした。愛して欲しかったから、否定したらまた怒られちゃうから。
そのうち、知ってるのに知らないふりをすることが増えた。
分かっているのに受け入れようとしないことが増えた。
そうこうしているうちに、こんなになってしまった。
なんでなんだろうね、別に私は町娘になりたかったわけじゃない。そんなの無理だから、だって分かってたから。
だから、人魚姫に憧れることぐらいは許して欲しかった。
でも、多分無理なんだよね。私はお姫様にも町娘にもなれないんだよね。
知ってた、知ってたけど、それに縋るしかなかった。
私を助けてくれるお姉ちゃん達はいないから、1人で戦わないといけなかったから。

そんな中、現れて私を助けてくれた人。
私の事を助けて心配してくれた人。
初めてだった。
引かれることも、恐れられることも沢山あった。
心配されるなんて思いもしなかった。
引いて、離れてくれれば、なんて思って話したのに。
これ以上自分に近付いて欲しくなくて話したのに。
あの人は私より悲しそうな顔をした。
傷付いたのはあの人じゃないのに、自ら望んだのは私だったのに。
その頃はまだあの人のことが好きじゃなかった、ウザイと思ってた。
だからその顔を見て、今までの私が否定されてるように感じた。
でも、多分違うんだよね。本当に、心から心配してくれてたんだよね。
気付けなかった、気付こうとしなかった。
だって、無駄に期待して、また裏切られたら私はきっと生きていけない。
もう二度と裏切られたくないから、だからこの思いを相手に伝えるつもりはない。
けど、隠そうとすればするほど、胸が苦しくなった。
泣きたくないのに涙も溢れて、また苦しくなった。
人魚姫もこんなに苦しかったのかな。
こんなに苦しいのに、それでも愛する人を守った人魚姫にはやっぱりなれないね。
私にはそんな覚悟も勇気もないんだもん。
笑えるよね。
いっそ、泡になって消えてしまえればどれほど幸せなんだろうね。​
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