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さん (8zf1pchi)2024/2/3 21:48 (No.93585)削除
男は罪を犯した。人としても、そして父親としても。



その男はとても貧しかった。
けれど幸せだった。
なぜなら、その男にはどんなに貧しくてもいつも笑顔で心から愛してくれる妻がいたのだから。
男は妻が笑っていてくれるなら全てがどうでもよかった。
妻のためならその命すら差し出す、と豪語する程だった。
そんな妻との間に子が出来た。
日に日に膨れゆく妻の腹を妻と共に擦り2人で喜んだ。
たとえ何があろうとも、どんなに貧しくとも、自分がこの2人を幸せにする。
男はそう決心したのだった。

しかしそんな幸せな生活にも影が差す。
妻が突然病に冒されたのだ。
苦しみ唸る妻を目の前にしても男は何も出来ない。
貧しいがゆえ、医者を呼ぶことすら出来なかった。
どうにかして妻を、子供を救いたい。
けれど救う力も金もない。
悩みながら日雇いの仕事をする。
仕事場でニヤニヤと笑う男から何やら怪しい噂を聞いた。
『森の奥に住む『湖の乙女』を捕まえれば大金が手に入る』
男はそう言って笑い、そして続けた。
『たとえ亡骸だとしても大金が手に入る、俺はこの仕事が終わったら捕まえに行くがお前はどうする?』
と。
男は悩んでそして首を横に振った。
湖の乙女の話自体は知っていた。
少数種族でありながら、その美貌や歌声から観賞用として所望する金持ちが多いと。
だが彼女達だって"人"だ。
そんな非人道的なことは出来ない、と。
話をもちかけて来た男はつまらなそうな顔をしてその場を去った。

しかし翌日。その男はなんと大金を持って現れたのだ。
『昨日湖の乙女を捕まえた。売りさばいたらこんなに貰えたんだ』
まるで自慢のように、いいや、自慢をしに来たその男は札束を目の前にチラつかせた。
この金があれば、妻と子供を救えるのではないだろうか。
そう思うもそれは目の前にいる男の金。
奪うことは出来ない。
ごくり、と唾を飲んだ。
『…いいか、湖の乙女を捕まえればこれが手に入る。忘れるなよ』
そんな男の様子を見て目の前の男はニヤリと笑うとそれだけ告げてその場を去った。
それにどんな意図があったのかはわからない。
けれど、あれほどの大金があれば愛する2人を救うことが出来る、それだけはわかった。


迷いながら帰路につく。
頭の中はあの男の言葉と大金。
すぐにでもあの大金が手に入れば妻達を救える。
しかし、同じ人類を捕まえて売りさばくなど非人道的すぎる。
悶々としながら家の扉を開けた。
いつものように声をかけるが、妻の声は聞こえない。
おかしい、いつもならどんなに苦しくとも返事をしてくれると言うのに。
男は急いで寝室の扉を開けた。
そこには力なく横たわって、浅い息をしている妻がいた。
妻には死期が近付いていた。
男は焦る。
すぐにでも薬を手に入れなければ妻も、お腹の中にいる子供も死んでしまう。
だが薬を手に入れるにも大金が。

…男は浅い息を繰り返す妻を1人残して家を後にした。
その手にはサバイバルナイフとロープが。
そして1人、森の奥へと進んで行った。

非人道的な行為であることは分かっている。
しかし、これしか方法が残されていなかった。
今からどう頑張ったって大金を手に入れるには数十年かかる。
もう妻の死期はすぐそこまで近付いてきている。
時間はかけられない。
すぐに出来て、大金が手に入る方法。
それ即ち『湖の乙女を捕まえて売りさばくこと』だった。
男は湖の乙女が現れる場所を知っていた。
普段からそこで水浴びをする湖の乙女がいたのだ。
木を切り倒し、薪を作っている時に見かけたのだ。
最初はその1回だけかと思っていたが、よくよく見てみれば毎日のようにそこで水浴びをしているではないか。
水浴びにくる時間はいつも不定期、もしかしたら既に水浴びを終えているかもしれない。
しかし、望みをかけずにはいられなかった。

小さな滝が流れる川の上流。
そこに湖の乙女はいた。
男は運命だと思った。
彼女を捕まえれば妻と子供は助かる。
すぐにでも捕まえたかったが男はグッと耐える。
勘づかれては困る、出来るなら生きて捕らえたかった。
こんなことならあの男に詳しく話を聞くんだった、と後悔する。
だがそんな後悔はもう遅い。
ここまで来てしまったならやるしかないのだ。
彼女が水で濡れた体を拭い、服を着ようと服に頭を通した瞬間、男は素早く飛び出し彼女をロープで身動きが取れないようにぐるぐる巻きにした。
彼女は驚いて声を上げようとするがその口を塞ぐ。
そしてサバイバルナイフをチラつかせて脅した。
『声を上げたら殺す』
と。
彼女は怯えて頷く。
ぐるぐる巻きにした彼女を抱き抱えて来た道を戻っていく。
心臓は驚く程に高鳴り、今にでも飛び出してしまうんじゃないかと感じる。
しかし犯してしまった罪は変えられない。
もう後戻りは出来ない。
街へ続く森の入口、ここを抜けて人身売買の商人の所へ行けば大金が手に入る。
緊張で強ばっていた肩から少しだけ力が抜けた。
だがその瞬間、彼女は身をよじらせ抵抗し、男は彼女を落としてしまった。
彼女は魔法でロープを焼き落とすと森へと走って逃げていく。
男は急いで彼女を追いかけた。
必死に逃げる彼女を捕まえようと手を伸ばすもあと一歩のところで届かない。
追いかけ続け、やっと肩に手が届く。
そして脅すためにナイフを取り出した。
それがいけなかった。
振り向いた彼女の腹にそのナイフが刺さってしまったのだ。
刺すつもりはなかった、脅すためだった。
しかし彼女の腹に深く突き刺さったナイフが彼女の命を奪うことになった。
倒れて腹から血を流す彼女を見ても男は動けない。
動揺してその場に立ち尽くすしかなかった。
どうして、こんなつもりじゃ、俺は悪くない。
頭の中で自己保身に走る。
そんな事をした所でどうともならないのに。
『たとえ亡骸だとしても大金が手に入る』
あの男の言葉を思い出しやっと我に返った。
幸いにも近くに川が流れている。
川まで彼女を移動させると川に浸らせて血を洗い流した。
ナイフはその場に捨ててしまった。
もうナイフに用はない、それに視界に入ると嫌でも罪を自覚させられる気がした。
血が出ないことを確認するとまるで眠っているかのような彼女を再び抱き抱えて街へと急いだ。


人身売買の商人の元へ着けば商人は最初こそダルそうな顔をしていたが、男が抱えている湖の乙女を見ると目の色を輝かせた。
男が『死んでしまっているがいいのか』と問うと商人は何度も大きく頷いた。
亡骸を引き渡した後、商人は男に大金を握らせた。
『たとえ亡骸でも剥製にして飾りたいという物好きはいる。助かったよありがとう』
そう言って笑顔を見せた。

男は手にした大金を呆然と眺めた。
とんでもない事をしてしまった。
人として、許されないことをしてしまった。
そんな後悔が今更男の心を支配する。
しかし妻のことを思い出してすぐに医者の元へ駆け込んだ。
夜遅くだったこともあり医者は嫌そうにしていたが
『いくらでも金を積む』
と言うと喜んで着いてきた。

医者が言うには妻は風邪をこじらせてしまっていたらしい。
なぜもっと早く薬を買わなかったんだ、と医者に怒られてしまったが薬を買うほどの金も無かったのだ。
そう、今までは。
今は違う。
医者に金を渡してもあまり余るほどの金が男の手にはあった。
医者のおかげもあり、妻は順調に回復して行き、そして子供を産んだ。
男の子だった。
妻に似た金色の髪に男に似た青い瞳。
2人は泣いて喜んだ。
これから、3人での暮らしが始まるのだと男も喜んだ。

罪を犯せば必ず罰が与えられる。
ある日の晩、妻と共に子供を寝かしつけていると扉がノックされる。
妻は子供を男に託し、自分が扉へと向かった。
返事をしながら扉を開ける。
妻は扉を開けると同時にその場に倒れ込んでしまった。
男にも何があったかは分からない。
だが異様な雰囲気を感じて、男は子供をゆりかごの中に戻すとゆっくりと近づいた。
そこには男が捨てたはずのナイフを持った美しいブロンド色の髪を持つ美女が。
男の顔から血の気が引く。
それは紛れもない"湖の乙女"だった。
足裏で生暖かいものを踏む。
妻から流れ出した血液だった。
女は笑う。
『リエルを返してもらうわ』
大金を手に入れるために、妻と子供を救うために犯した罪。
その罰が男に下されたのだ。


男の息の根が止まったことを確認すると、女はゆりかごに入れられた子供を取り出して家を後にする。
家に残されたのは1組の夫婦の遺体と先程まで赤ん坊が入っていたであろうゆりかごだけだった。



女は子供を湖の乙女達が住まう森の奥、湖のほとりへ連れて帰ると皆に見せた。
皆は喜び子供を可愛がった。
子供の母となる予定の女も、子供を預かり喜んであやした。
けれど排泄物を洗い流そうとした時、それに気付いた。
子供には男根がついていた。
女ではなく男だったのだ。
それを見た瞬間、母となる予定だったその女は子供をその場に放り投げた。
女は泣いて嫌がる。
『男なんて穢らわしい、育てたくない』
周りの乙女達も女に同情した。
子供を連れてきた女が提案をした。
『予定通り、子供には『リエル』と名付けて地下牢に入れておけばいい。一日に何度か食事を与えれば勝手に生き延びるだろう』
と。
そしてその子供は"リエル"と名付けられ、生まれて直ぐに地下牢へと閉じ込められた。






それから6年、リエルは言葉も喋れないまま地下牢の中で僅かな光を頼りに長く汚い髪を編んでいた。
一日に数回しか与えられる食事、それ以外の時は人なんて寄り付かない。
その時ですら、配給係は汚物を見るかのような瞳でリエルを見る。
生きてる心地のしないこの地下牢で遊べるものなんてリエル本人の髪しか無かった。
そんな彼の元に1人の少女が現れた。
ブロンドの髪に美しい色をした瞳のまだ幼い少女。
どうやら乙女達には嫌われているらしく雑に扱われ、牢屋の中に投げ飛ばされる。
乙女は鍵を閉めるとそのまま踵を返して行ってしまった。
『…アナタはだあれ?アタシはライラ!』
投げ飛ばされたと言うのに少女は起き上がると笑顔でリエルに声をかけた。
ライラ、彼女こそこの後に起こる悲劇の主役であり犯人。
可愛らしい笑顔で声をかけてくるライラだが生憎リエルは言葉を知らない。
自分に投げかけてくる言葉が酷いものである、それは分かっていたが、それ以外の言葉は何一つ知らなかった。
ライラはそれを察したのか自分が知っている言葉を全てリエルに教えた。
喋れるように練習もした。
リエルしかおらず、遊び相手が髪しかなかったリエルに遊び相手と妹ができた。
ライラはリエルのことを『お兄ちゃん』と呼び慕い、笑顔を見せた。
リエルもライラが可愛くてしょうがなかった。


3年後のある日、ライラが呟いた。
『お外に行きたい』
ライラは3年前、地下牢に閉じ込められるまでは地上で自由に暮らしていた。
突然地下牢に閉じ込められて、リエルと2人きり。
つまらないのも当然だろう。
リエルは可愛いライラのためならばなんでもしてあげたかった。
だから、その願いを叶えようとした。
この9年間、リエルは何も知らないわけではなかった。
鍵の開け方を覚えていたのだ。
鍵に近付いて少し細工をする。
するとどうだろう、簡単に鍵は空いてしまったのだ。
後ろを振り返ってライラに笑顔を見せた。
ライラも本当に鍵が空いたことに驚きつつも笑顔を見せた。
『お兄ちゃん!ありがとうっ!』
と。
リエルはその笑顔を見れて満足だった。
ライラの喜ぶことならなんでもしたい。
だってたった1人の妹だから。
だがそのリエルの思いは裏切られることになった。
リエルが先に地下牢の中から出て、次にライラが出た。
外へ続く階段を下から覗けば上には誰もいない。
抜け出すチャンスだ、そう思って後ろにいるはずのライラの方を向けばライラは灯りとして使用されていた松明を持っていた。
このまま外に出るだけなのにどうするんだ、と思うが今まで見たことの無いライラの恐ろしい笑顔を見て動きが固まる。
『さっ、出ようかお兄ちゃん』
可愛らしいはずのライラの声に恐怖を覚えた。
ライラの後に続いて階段を上る。
今までちゃんと浴びたことのない太陽の光。リエルには刺激が強すぎた。
ライラに手を引かれ歩くも、目が開けられず、周りを見ることができない。
だが周りが騒がしい。
『忌み子だ』
『なんでここに』
『早く誰か殺せ』
『早く逃げろ』
逃げ惑う声や足音がハッキリと聞こえる。
何が起こっているのか分からず手で日陰を作りながら目を細めて開ける。
周りを見れば今まで見たことの無いような明るさと茂る木々に建物。
全てが新鮮であり、ライラの話通りだった。
感動していると悲鳴が響く。
驚いてそちらを見やるとそこには赤い液体を流して倒れている女性が。
その液体がなんなのかさえリエルは知らない。
驚いていると次から次へと乙女達が倒れていく。
やっと、目が慣れてきた頃には辺り一面に倒れている乙女達とその乙女達から流れ出た赤い血が。
ピクリとも動かず、生気のない瞳は閉じている者もいれば開いたままの者も。
ここでリエルは改めて恐怖感を覚える。
なんで、どうしてこの人達は倒れているんだ。
わけもわからず当たりをキョロキョロと見回せば倒れた女性の前に立つライラの姿が。
歩み寄り、声をかけようとした時、ライラが振り向きざまに剣をリエルの太腿の付け根に突き刺した。
驚きと感じたことの無い痛みで一瞬声にもならない悲鳴をあげ蹲る。
しかしすぐに苦痛の表情を浮かべながらライラを見上げると血に塗れたライラは楽しそうに笑っていた。
『お兄ちゃん、ねぇ、ありがとう。アタシをお外に出してくれて。アタシね、ずっとこうしたかったの』
そしてリエルにもう一度剣を振りかざす。
が、その瞬間、ライラの足元に倒れていた女がライラの足を掴んだ。
ライラはそちらに気を取られて剣をゆっくり下ろした。
リエルも女に目をやる。
女は額からも背中からも血を流しながらもリエルを見た。
『に、にげ…にげな』
『うるさい』
逃げろ、そうリエルに伝えようとした女の声に被せてライラは剣を女の背中に突き刺す。
罪を犯せば必ず罰が与えられる。
その女もまた、罰が与えられたのだった。
そんな事を知らないリエルはただただ恐怖に怯える。
痛みで動かせない足では逃げようにも逃げられない。
完全に動かなくなった女性を後目に興醒めしたのかライラはリエルの脇をすり抜けて、まだ生きており、怯えている女性の元へ近付く。
女性は怯えて泣いている。
『…ねぇ、母様。アタシ、綺麗でしょう?』
声だけでわかった。
ライラは笑っている。
心から楽しそうに笑っている。
地下牢では、聞かせて貰えなかった心から楽しんで笑っているライラの声。
自分の母親を何度も何度も突き刺して笑うその声は狂気じみていた。
痛む足と恐怖心、全てが初めてのものでリエルは混乱していた。
なんでライラが、なんでこんなことに。
いくら考えても答えなんて見つからない。
だってライラのサイコパスじみた考えは、幼く純粋で素直なリエルにはいくら時間がかかろうとも理解が出来ないからだ。
ライラは次々生き残りを殺していく。
その顔はとても楽しそうで、そして嬉しそうでもあった。
動けないままその場に横たわる。
ライラが持っていた松明が辺りの木々や建物に火をつけて炎上していく。
リエルの周りにも炎が伝った。
逃げないと、生きないと。
そう思うが太ももから動かせない足を引きずりながら移動するのは無理がある。
少しづつ少しづつ、足を引きずって、ほふく前進のように移動する。
切られていない長い髪にも火がつくが今はそれどころでは無い。
何がなんでも逃げないと。
そう思った時、ライラの笑い声が突然止んだ。
辺りから人の足音が。
まだ生きている、普通に動ける人の足音。
現れたのはどうやら男性。
無表情で何を考えているか分からない。
だがライラが悔しそうにして逃げるのを見て彼が危険な人物なんだ、と錯覚した。
もう、リエルはわけがわからなかった。
全てが恐ろしく見えて、全てに怯えて。
再び足を引きずり森の中へ逃げていく。
しかし火のついた木製の建物が崩れるのは早かった。
リエルの上に落ちてきた建物の瓦礫。
逃げられるはずもなく、下敷きになる。
火のついた落下物、逃げようにも感じたことのない熱さと苦しみも息苦しさでパニックになる。
どうしてこうなったの、なんでこうなったの、誰が悪いの。
…そうだ、あの人が悪いんだ。
あの男の人が。
パニックに陥ったリエルの頭は正常に動くことが出来なくなっていた。
悪いのは、この残虐な事件を起こしたのはライラ。
だがリエルはたまたま事件現場に訪れた男性を犯人だと思い込んだ。
火で焼ける左目の周りの皮膚。
もう痛みすらほとんど感じなかった。
ただ逃げることだけ、それだけを考えていた。
足を引き摺ったまま移動する。
左目の周りの皮膚は赤くただれ、水膨れが出来ていた。
体の至る所に痛みが走る。
だが逃げることだけは辞めなかった。
森の中を足を引き摺ってほふく前進のように移動する。
引きずりすぎて服はいつの間にかちぎれ、足は剥き出しになり、また引きずりすぎて血が出ていた。
そんな事には気付かずただ逃げるリエル。
その目に生気は感じられなかった。
誰かの足音がする。
あの男の人が追いかけてきたのだろうか。
どうしよう、逃げられない。
動きが止まる。
しかし現れたのは茶髪のロングヘアの女性。
リエルを見て驚いた顔をした。
リエルと視線を合わせるかのようにしゃがむと心配そうな顔で覗き込む。
『どうしたんだその火傷、それに…足も怪我してるじゃないか、まて、今手当をする』
急いでローブの中でガサゴソと何かを漁る。
しかし今のリエルは彼女が自分に危害を加えようとしているように見えた。
怯えて、恐れて、涙を流して抵抗した。
嫌だ嫌だ嫌だ、怖いのはもう嫌だ。
現れたのは水で出来た小さな小鳥。
だがその小鳥は彼女に向けて突進し、続き始めた。
しかし威力はあまりなく、小突かれている程度のものでしかない。
だがリエルに出せる精一杯はこれだけだった。
両手で頭を覆い怯える。
その姿に彼女は悲しそうな顔をして、何か出来ないか、と考えた。
『……そうだ、女神様のお話をしよう』
彼女は突然そう言うと女神様の話を始めた。

優しい優しい女神様。
きっと誰をも救ってくださる唯一のお方。
どんな人にも祝福をもたらし、加護を与える。
そんな優しいお方の元へ共に来ないか。

彼女の話した物語はまさしく夢物語。
しかし今のリエルにはそれが物語ではなく、現実そのものとして見えていた。
リエルにはその話をしてくれた女性が女神の姿として見えていた。
既に壊れかけていた心、繋ぎとめたのは妹への思いと女神様への信仰。
リエルの脳は現実を直視することはなかった。
全てを物語へと書き換え記憶する。
リエルの記憶は全て夢物語となる。
統合失調症を発症していた。​
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グラサンさん (8zkxxs3h)2024/2/3 12:03 (No.93478)削除
今から何千年…いや…何万年まえも昔の話をしようか。

スイレンがミザリが覚えてない話を。
名前が『カルミア』だった頃の話を。
彼女が“人間”だったころの話を。

とある村の夫婦の間に生まれた可愛らしい少女がいた。
菫の髪と水色の瞳を持つ愛らしい少女。
少女は『カルミア』と名付けられた、希望の花言葉をもつカルミアからつけられた名前だった。

「ママ!パパ!」と少女は毎日、両親と共に幸せに暮らしていた。
少女はとても魔力が豊富で魔法を使って遊んでいた。
村人はその様子を微笑ましく見てきっと優秀な魔法使いになれるぞと頭を撫でて褒めてくれた。
美味しいご飯を食べて、遊んで…毎日が幸せだった。希望に溢れていた。

まぁ…その幸せも崩れ去ってしまったんだけど。

ある時だった。ひょんなことだった。
少女の隣の家の老婆が死んだ。
ここは小さな村だから、村人同士の交流が深く皆が悲しんだ。
勿論、少女も悲しんだ。
そうして、村総出で葬式が行われた。
少女は大粒の涙を流して泣いていた。老婆にはよくお話し相手になってもらって遊んでもらっていたから。
「おばあちゃん…おばあちゃん…やだぁ…死んじゃやだよ…」
と泣きながら棺に入った老婆の遺体に縋り付いていた。
すると…不思議なことが起こる。 少女の身体から魔力が抜けて行く感じが、黒く禍々しい魔力が抜けていく様子が村人達にも見えていた。
老婆の身体に入るのを見ていた。

その瞬間だった…棺で眠る老婆が目を覚ました。息を吹き返したのでは無い…アンデッドになった。
だが不完全なアンデッド、理性がなくその場にいた少女を襲おうとした。両親はそれをかばい死んだ。
そうして他の村人も襲った、村にいる男総出でアンデッドを討伐した。

少女は何が起こったのか分からなかった。
村人から向けられる目が物凄く怖かった。

その日から少女は閉じ込められ『忌み子』と言われた。
ご飯なんてまともに与えられない、閉じ込められた所に入り込んでくるトカゲやカエルを捕まえて魔法で焼いて食べた。
毎日、怒りをぶつけるように蹴られて殴られ…言えないような酷いこともされた。
バレないようにそっと傷を魔法で治した。
心の傷は癒えることはなかった。
「ママ…パパ…」と力がないようにもう居ない両親のことを呼ぶ。目に光は無い一筋の涙が流れるだけ。

そんな扱いが何年も続いた。

ある日のこと村でアンデッドやゾンビが大量に発生したらしい。
なんとか傭兵を雇い討伐したが被害は甚大だった。
そうして村人はあの『忌み子』の仕業だと口々に言った。
だが勿論、少女の仕業ではない。この頃はまだそんな事をできる力を持っていなかったのだから。

その事件が起こった次の日。少女は閉じ込められていた所から少女は出された。
久しぶりの外、だが様子が可笑しくて周りの目が恐ろしかった。
少女は鎖を繋がれて無理やり歩かされた。
そうして…少女は木で出来た十字架に磔にされた。

『この忌み子め!お前のせいで俺の子供が死んだ!』
『返して返してよ…ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙…なんであの子が死ななくちゃいけないのよ!』
『ママを返せ!』
『お前なんかがなんで生きているんだ…やっぱりさっさと殺せばよかったんだよ!』

村人から罵声を浴びせられ、石を投げられた。
意味かわからない…なんでこんな目に合う必要がある。
何も何もしていないのに……。

そうして1人が前に立ち大声で言った。
『これより、忌み子の処刑を行う!』
そうして、少女に向かって火を放った。
ぱちぱちと火が広がる音がする。
苦しい痛い熱い…涙ももう何も出ない。
もう…嫌だ…どうして…なんで…どうして…
少女は火に焼ける前に死んだ。一酸化炭素中毒だった。けとすぐに目を覚ます、その瞬間…火が少女を中心に燃え広がり周囲にいる村人達に燃え移った。
逃げる暇なんて与えない、周囲には死者たちがが囲い込み逃げられなくなっていた。

そうしてこの日一つの村が滅んでしまった。
焼けて滅んだ村の上にたつの1人の少女とそれを囲む死者たち。
いやもう少女ではないか…そこに居たのはリッチとなった化け物だった。
リッチとして生まれ変わった少女は…村で過ごした記憶は生前の記憶は消えていた。

それから数年、少女は場所を変えて転々としながら1人で色んなことを学び、成長をした。
人間として生きていたら25歳になった頃に見た目は変わらなくなった。
その中で魔女と勇者と賢者の存在を知った、彼女はそれに憧れて希望となった。目標になった。

ある日のことだ。名前を聞かれた。その時もう生前の名前なんて覚えていなかったから『ミザリ』と名乗った。
不幸にもそれは“不幸”という意味を持つものだったが彼女はそれを知らない。
希望を願って生まれた彼女は不幸の名を持って生まれ変わった。
なんとも皮肉なことだよね。

まぁ今いるのは数多の村を滅ぼし救い、アンデッドを作り、死者を操り、たった一人の弟子をもち…ただの1人のリッチなのだけどね。
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さん (8zf1pchi)2024/1/22 06:59 (No.91486)削除
アクアが自分の行動を振り返る為に書いていた日記。いつしかそこには特定の人物の事ばかり書かれるようになっていた。








まるで、光を具現化したような人。
助けてもらったのに暴言を吐いてしまった。
謝らないと。
ローブまで借りてしまったから、次会った時にちゃんと謝ってローブも返さないと。






優しい人、笑顔が素敵な人、
まるで絵本にでてきた人達みたいによく笑う人。
私は笑えないから、少し羨ましいかもしれない。
私みたいな、自分で足を切って親を殺して生きてるような人間にも普通に接してくれる人。
私の足の話を聞いて私以上に悲しそうな顔をした人。
この気持ちがなんなのかは分からないけど、多分、分かっちゃ行けないものだと思う。






気付かなきゃよかった、気付いちゃいけなかった。
こんなにも苦しくなるだなんて知らなかった。
締め付けられるように苦しくて、辛くて、悲しくて。
私なんかじゃこんな思い叶うわけないから。
叶わない思いを抱くつもりなんてなかったのに、知りたくなかったのに。
忘れよう、忘れようと思う度に胸が締め付けられた。
もう、手遅れなのに。






気付かないようにすればするほど苦しくなる。
最近は姿を見ることすら辛くなってしまった。
街を歩いたらきっと会ってしまうから、任務以外では外に出ないようにした。
姿を見てないのに、それでも苦しいのはなんでなんだろう。






私のこの気持ちは多分勘違いだから、ただの気のせいだから。
私があの人にこの気持ちを伝えることは一生ないんだと思う。
この気持ちは私が一人で抱えてればいい。
伝える必要は無い。
だって断られたら怖いから、きっと立ち直れないから。
それに優しい人だから、そんな気もないのに気持ちを伝えて苦しめてしまったら意味が無いから。
私が一人で苦しめばそれでいい。誰かを巻き込む必要はない。






これが恋だなんて信じたくなかった。
こんなに苦しいものだなんて、辛いものだなんて。
だから人魚姫も苦しんだのかな。
苦しんで苦しんで、自分だけが死ぬ結末を選んだのかな。
今ならその気持ちがわかるかもしれない。
きっと私も、自分の命かあの人の命、どちらか選べって言われたら自分の命を選ぶだろうから。
恋ってこんなに苦しいものだったんだ、知りたくなかったな。






凄く凄く苦しくて、涙が出そうになる。
会えば会えで苦しいのに、会わなければ会わないで苦しくなる。
どうしたって、何をしたって苦しくなるのに、何もしなくても苦しくなる。
自分がこんなふうになるだなんて知らなかった。
毎日毎日苦しくて、泣いて、どうしようもないこの気持ちを持て余して。
どうしたらいいんだろう、もうどうしようも出来ないのに。
会いたいのに会いたくないだなんて、おかしいよね。






なんだろう、凄く怖いんだ。
嫌な予感がする。
凄くよくない感じが。
久しぶりに夢を見た。
幼い頃の夢。
絵本に夢見ていた頃の自分。
親に絶望した時の自分。
全てを思い出して起きて直ぐに涙が溢れた。
嫌なことを全て思い出した、私がバケモノだってこと、私が今以上の幸せを望んじゃいけないってこと。
ねぇ、なんでこんな思いに気付いてしまったんだろう。
なんで恋なんてしたんだろう。
人魚姫は王子様とは結ばれない、でもね、私は人魚姫ですらないんだよ。
変な勘違いをして、勝手に傷付いている名もないモブ。
だから、だから伝える気持ちはないんだよ。

でも、そうだな。この日記は誰にも見られないだろうし、ここでならいいのかな。


結城 星くん、ごめんね、キミが好きです。
大好きだよ。








最後のページは何度も何度も書き直したのか消しきれていない文字が残っていたり、紙がくしゃくしゃになっていたり、涙のあとが数滴、残っていた。











『ミコが、ミコがちゃんと届けるから。だからどうか、泣かないでね、やさしいやさしいかわいい子。かわいいかわいいアクア』​
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ヘルさん (903qgc6v)2024/1/21 16:36 (No.91408)削除
俺の父は犯罪組織のボスだ。愛情なんてない。そういう男だった。母親は愛情深い人だった。優しかった。優しい匂いがしてとっても好きだった。俺を1人で育ててくれた。10歳の誕生日の日母親がケーキを作ってくれた。苺をいっぱい使ったケーキ。生クリームが美味しくて大好きだ。
「母様!ありがとう!!」
「ふふ、玲也は偉いね。」この時までは幸せだった。あいつがくるまでは…、
「おい!玲也!」
「ビクッ、なんでしょう…父様」父親が来た。また俺の能力を使って人を殺すんだ。そう思った。彼には不思議な力がある。母様から受け継いだもの、「薬毒創製」だ作りたい薬を思い浮かべるとその薬が作れるという能力だ。父親はそれを利用し、毒を作らせた。
「早く次の毒を作れ!神経毒だ!いいな!」また作らなければいけない…、
「もう、辞めてください!あなた!玲也にもう辛い思いをさせないで!」
母様が反抗した。俺の為に、でもそうすると母様が殴られた蹴られた。父親はやめなかった。どうやらうちの父親は屑らしい。
「うるせぇ!早く来い!」声をあげて俺の手を引っ張った。「いたい!痛い痛い!」
俺は声をあげた。とてつもなく痛い!骨が折れるんじゃないんだろうか‥、そう思っていたら誰かに抱きしめられた。この匂い…、母様だ、「玲也は絶対渡さない!玲也は私の子よ!」母様が
父親に反抗、父親はそれが頭に来て母様目掛けて刀を振り下ろした。見事母様は腹を斬られ倒れた。「母様!」俺は父親の掴んだ手を振り払い母様のそばによった。
「母様!母様!死なないで!今薬を作るから!」俺は母様を治そう。その思いで俺が能力を使おうとした時母の手が俺の手を触った。その手はほんのりあったかくて冷たかった。
「玲也、大丈夫よ、」大丈夫!?母様は巫山戯ているのか!?俺は思い、また薬を作ろうとした。「玲也!やめてもう、無理よ…あなたの力じゃこの傷は治せなないわ…」俺は母様の命が尽きるのを見ていることしかできなかった母様が死ぬ間際に言った。
「玲也、母様はいつも貴方を思っています。その能力を使い人々を守りなさい。いいわね?」
「はい、分かりまし…母様?母様!うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
俺は泣き叫んだ俺が掴んだ母様の手はもう冷たかった。
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緑茶さん (8z88g5i0)2024/1/11 20:55 (No.89813)削除
神についての書物


【人類に希望を与える神々】


まずはこの天空都市を守っている女神について記載しておこう。彼女の名前は[規制済み]。守護と救済の女神と呼ばれている。旧支配者が封印されてからの天空都市を守護すること、そして世界の守護と救済が役割とされている。人柄としては純粋無垢な子供みたいな、真っ白な性格。[規制済み][規制済み][規制済み][規制済み]



次は太陽神について記載しよう。[規制済み]と言い、明るく朗らかな人柄をしている。太陽を愛し、そして太陽を司っている神。太陽を守り、世界を守っている圧倒的守護者として存在している。その他の詳細は不明。



法律の女神。[規制済み]と言い秩序と法律を守り、そしてそれらを制定している。規則には厳しくそれと共に隙がない。混沌と悪を絶対に許さないと言う正義が垣間見えることだろう。悪人は会わないことを薦める。



何を司っている神、女神かは不明だが聖母と呼ばれる神が居る。敵意こそはないが、会った者は全てその神のことを母親と思ってしまうと言う。悪では無いが、善でも無い…と言った感じだろう。



【人類に絶望を与える神々】


混沌と狂気。それを司る邪神。旧支配者と呼ばれ、この天空都市を支配していた邪神。最低最悪。そう言いざるおえない存在である。今は封印されているが、封印される前は持っている力を振り回し暴れ回っていた。人類にとって最大の脅威と言えるだろう。



地獄の神、またの名を冥府の神。死者の魂を操り、そして地獄(冥府)そのものも意のままにすると言う。その他は不明。そもそもの話、死後の世界に居る神についてのことなため謎に包まれている。



蛇神。神以外に対する支配の力が強く、また蛇を司っているため蛇ができることはなんでも出来、また蛇の五感全てが蛇神に共有されている。



魔神、その名は[規制済み]。しかしその存在も力も不明とされている。



闇の神は[規制済み][規制済み][規制済み][規制済み][規制済み][規制済み][規制済み]



【神に近い存在】


『どう言う原理で誕生したのかも分からないんだが、神に近い存在が居る。だが神ではない。そんな奴等だ。』


パンドラと言う世界初の女性。圧倒的な力を持つと言う。だが神話上の存在としか思われていない。深い詳細は不明。だが「会うな。会ったら逃げろ。」そう言うことしか出来ないな。



反逆者…。名前の通りだ。世界に反逆した者。こいつに攻撃なんて当たらない。あのノアの方舟のリーダーの攻撃さえ当たらなかった。それを目撃して衝撃を受けたね。



レリギオスは人間だ。だが人間の中での最高傑作と言った形。…ハルカに似た者を感じるが、分からない。理解不能の存在だ。神に近い人間。そう言うに相応しいだろう。



バベルは人の概念すらも思うがままにできてしまう。だが彼は人間でもなければ神でも無い。ただ神に近いと言われればそう、頷くことしか出来ない存在だ。君はあの[規制済み]を知っているかい?



今現在分かっていることはこれくらいだ。引き続き情報を得たら共有するよ。私は情報屋だからね。
緑茶さん (8z88g5i0)2024/1/21 01:08削除
「法律の女神の名前を知ることができた。名前はリヒテンと言うようだ。どうも、輝ける石と言う意味を持つみたいだよ。
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さん (8zf1pchi)2024/1/10 21:51 (No.89688)削除
その子は風と共に木の幹で生まれた。シルフ、風の精霊。風と共に生まれ、風と共に散りゆく運命。風と共に木の幹の間に生まれた少女も例外ではなかった。
だが彼女は生まれてからの約1000年、目を覚ますことはなかった。
突然変異で生まれた彼女は『ヘラ』という名前を与えられた。名の由来は『嫉妬』。なぜそのような名前がつけられたのか、そして付けたのは誰なのか。ヘラには分からなかった。
けれど本能的に自分の名前は『ヘラ』であるということ、そして自分が風の精霊シルフであることは分かっていた。

生まれてから1000年と少し、やっと彼女は目を覚ました。
細身で美しく輝く若緑色のサラサラとした髪にぱっちりとした大きい翠色の瞳。見る者全てがヘラの虜になってしまうような美しい見た目を持って生まれたヘラは長い眠りから覚めると外へと足を向けた。
何があるのか分からない、喋れもしない。けれどヘラの好奇心はその恐怖よりも強かった。

ヘラが外へ出るとそこには夢にも出てこなかった大きな建物や動く鉄塊、また多種多様な人類が行き交っていた。
何も知らない、喋れもしないヘラは行くあてもなくさ迷った。男にぶつかり激怒され体を縮こまらせて怯える。
だがそんなヘラを見た男は顔を綻ばせる。そしてヘラの手を無理やり引くとどこかへ連れていく。
嫌がることも出来ずに困っていると、ヘラの空いている方の手を引いた人物が。
『その子から手を離してください』
ハッキリとした口調で冷たく告げられた言葉。ヘラも怯えてしまったが、声の方を振り向けばそこには青い瞳の青年が。
男は青年に文句をつけようとするが青年の鋭い眼光に言葉が言い淀んでしまう。
その間に青年は掴んでいたヘラの手を引くと自分の体の方へと抱き寄せた。
『彼女は僕の連れです。用があるなら僕を通してからにしてください。』
抱き寄せられたヘラは何が何だか分からなかったが、それでも助けられた、ということだけはわかった。
青年に睨まれた男はそれ以上何も出来ず足早に遠がっていく。
それを見た青年がヘラの両肩に手をかけて優しく微笑んだ。
『大丈夫?キミは精霊さんかな、どこから来たの?』
青年はどうやら他種族に詳しいらしく、ヘラを見てすぐに精霊と見抜いた。青年は優しい微笑みのままヘラの手を引いて近くの公園へと入っていく。
先程とは違う優しくて温かい手。ヘラも今度は素直について行った。
『僕はユノ、キミは?』
公園にあるベンチに青年、ユノはヘラを座らせると隣に座って自己紹介をした。
けれどヘラは喋り方を知らない、ヘラがじっとユノの方を見るとユノは困ったように眉根を下げた。
『もしかして生まれたばかりの子かな?喋り方を知らないの?』
ユノの問いにヘラは少し考えてから頷く。するとユノはうーん、と少し悩んだ後に顔をぱっと明るくして言った。
『ならヴェールって呼んでもいいかな?』
ヘラは意味が分からなず首を傾げる。ユノはそんなヘラを見て楽しそうに笑った。
『キミのその綺麗な髪色を意味する言葉だよ』
ヘラの髪を一房手に取って笑う。その笑顔を見てヘラの心が少し暖かくなる。だがヘラはまだその感情を知らない、言葉にも出来なかった。
『どう?ヴェール、僕的にはいいかなって思ったんだけど…』
いつまでもユノのことを見つめてなんの反応も返さないヘラにユノはおずおずと尋ねた。
ヘラはそこで我に返り、首を縦に振った。それも取れそうな勢いで。
それを見てユノは楽しそうに笑う。ユノは立ち上がるとヘラの前に立って手を差し出した。
『じゃあこれからよろしくね、ヴェール』
ユノはヘラににっこりと笑いかける。その笑顔を見てヘラもなぜだか口角が自然と上がって微笑んでいた。
ユノの手を取る。するとユノはヘラの手を引っ張って無理やり立ち上がらせると、先程したように再び抱き寄せて『ありがとう!』と笑った。
本来ならばヘラがお礼を言わねばならない側。けれどユノは逆にヘラにお礼を言って嬉しそうにする。
ヘラは何が何だかまだ分かっていなかったがユノが笑ってくれるなら、と再び微笑んだ。



それからというもの、ヘラはユノの自宅で世話になった。まず服、ヘラは1枚の布を纏っていただけの状態で裸足だった。
それに気付いたユノは急いでヘラを抱き抱えて自宅へと走った。
生憎、ヘラの足のサイズに合う靴は無かったが代用としてユノの靴を与えた。
大きくてかなり余る。だが裸足で歩くよりはかなり楽だった。
そして服、1人で暮らしているユノの自宅には女性ものの服は当然置いていない。仕方なくユノの古着とローブをヘラに渡した。
『着方わかる?ここに頭を通して、ここ2つの穴は手を入れる所だよ』
ユノは服の着方も分からないヘラに優しく丁寧に教えてくれた。なんとか服を着るとユノは満足そうに笑った。
『お出かけする時はこれを着てね、また変な人に狙われたらキミだって怖いだろう?』
そう言って手渡された真っ白なローブ。
ヘラは先程同様に空いている大きな穴に頭を通そうとすると前が半分に割れる。ヘラが驚いているとユノは愉快そうに笑った。
『これは前閉じ、つまり…ほら、こうなるんだよ』
ユノはヘラの手からローブを取るとヘラに着せてローブの前のボタンを止めた。ヘラは面白い物を見たかのように顔をぱぁっと明るくさせてくるくる回る。
そんなヘラを見てユノは再び笑った。

それからヘラはユノに言葉を教わり、家事を教わり、この世界のことを教わった。
ユノは物知りでなんでも知っている。だからこそ、最初にヘラを見た時、ユノはヘラが精霊だと気付いた。
ヘラはユノが話す魔女の話が大好きだった。基本的に色んなものを楽しそうに話すユノだったが魔女の話になるとまた特段と楽しそうに笑った。
『それでね、魔女様は凄いんだ!』
幼い子供のように笑って話すユノ。そんなユノを見るのがヘラは好きだった。
ユノと過ごす日々はとても楽しく、あっという間に過ぎていった。
ヘラは突然変異で生まれたシルフの子。1000年も眠っていることができる。けれどユノは違う。ただの人間の子供。寿命が尽きるのは一瞬だった。


ユノが25歳になった時、ユノはヘラを初めて会った日に連れていった公園へ呼び出した。
『ユノ?どうしたの?』
もうすっかり喋れるようになっていたヘラ、深刻そうな顔をしているユノに心配そうに話しかける。
ユノは少し俯いて、覚悟を決めるとヘラの前に跪いた。
『ヴェール、ううん。ヘラ、僕と結婚してくれませんか』
ユノは綺麗なエメラルドが装飾された指輪を取り出してヘラにプロポーズをした。夜とはいえ、そこそこ人が残っている公園。突然の告白に周りも息を飲んで見守った。
驚いて固まったままユノを見つめるヘラ。ユノが内心焦っていると突然ヘラはその大きな目から涙を零した。
『へ、ヘラ!?ごめんなにか』
『ありがとう』
焦って立ち上がったユノ、ヘラを心配して声をかけるがその声に被せるようにしてヘラがお礼の言葉を述べた。
『ユノ、こんな私を選んでくれてありがとう』
涙が零れる大きくて綺麗な翠色の瞳、喜びから紅潮している頬、優しく微笑んでいる口元。ユノはその言葉を、顔を見てヘラを抱きしめた。
周りからは『おめでとう』『お幸せに』といった言葉が投げかけられる。名前も顔も知らない人々に祝福されて、ヘラはユノから婚約指輪を受け取った。


けれどその幸せは長くは続かなかった。ヘラは1000年も眠り続けた精霊。
一方ユノはただの人間。寿命があまりにも違いすぎた。
ヘラが歳を取らない代わりにユノはあっという間に年老いてしまった。
元気に走り回っていたユノは歩けなくなり寝たきりに、よくヘラを楽しませていた言葉はもうほとんど聞こえなくなってしまっていた。
それでもヘラはユノの傍に居続けた。
永遠を誓った人、死ぬその時まで傍に居続けると約束したから。


享年96歳。ユノはこの世を去った。
ヘラが生まれてから約1100年。ヘラからすればあまりにも早い別れだった。
ヘラにとって最初で最後の伴侶。彼以上の相手に出会えるわけがない。
伴侶を失い、深い悲しみにくれたヘラは生まれた木の幹へと戻った。
不思議と100年近く訪れていなかったというのにその場所は変わらずあり続けていた。
ヘラは彼がくれたローブを身にまとい再び眠った。
もしも転生が存在するのならば、また1000年眠るから、どうか、どうかもう一度ユノに会わせてほしい。そう、願って。





それから約1590年ほど。ヘラは同じローブを纏ってとある場所に立っていた。アイビーの花束を抱えて、奇跡的に残った1つの墓石の前に佇む。
『また、会えるといいね』
花束を墓石の前に置いて悲しそうな笑顔で微笑んだ。
踵を返すとヘラは涙を堪えてその場を後にする。

その言葉はユノが最後に遺した言葉だった。​
さん (8zf1pchi)2024/1/16 21:45削除
『あの子が怖い』
もう何度目かは分からないがヘラは泣いて颯懍に訴えた。
あんなにニコニコしてユーリを大事に大事に育てていたヘラが急にユーリの元を去り、ユーリが探し出したかと思えばユーリを見て怯え出す。
それになぜ急にこんな事を言い出したんだろう、と颯懍は不思議に思った。
するとヘラは颯懍すら知らないであろう過去の話をした。



ユノが25歳の時、ヘラはユノのプロポーズを受けて結婚した。近所の人々に盛大に祝われて新たな門出を迎えたはずだった。

だがヘラにも気付けなかったことがあった。まだ人間として過ごして約7年、知らないことだらけだった。
ある日ヘラが1人でユノとの家で編み物をしていると一人の女が家に乗り込んできた。ヘラが驚いて編んでいたマフラーを落とすと女は発狂した。
『アンタが浮気相手ねっ!?!?!?!?』
それはもう常軌を逸した雰囲気で、ヘラも動けなくなってしまった。
女は持っていた鞄から包丁を取り出してヘラに向けた。
『アンタがいるからアタシは振られたんだ』
『アンタがいるせいでこの子達は父親と会えなくなるんだ』
『お前を殺せばあの人はアタシのものになる』
理解が追いつかない頭でなんとか聞き取ったのはそんな言葉。
振られた?この子達?父親?、意味が分からなかったが殺されそうになっているのはわかった。
包丁を両手で握ってヘラに突進をしてくる女。ヘラは慌てて椅子から降りて逃げ出した。
手元にあるもの全てを落として女が追いつかないように。だがそれでも女はヘラを追いかけ回す。
そこまで広くないこの家で逃げ回るのは不利だと察した。なんとか女を家具で撒きつつ家を飛び出す。
近所の仲のいいおばあちゃんが散歩していた。
ヘラに声をかけようとしたが、ヘラの慌てた様子とそんなヘラを追いかけて飛び出してきた女を見て固まった。
ヘラはおばあちゃんに目もくれず逃げ出して、女は相変わらず包丁を持ったまま血走った目でヘラを追いかけて行く。
おばあちゃんはなんとか我に返ると、ヘラが飛び出してきた家の中を覗いた。
そこには家具やら小物やらが倒れて、まるで泥棒にでも入られたかのような惨状だった。


逃げて逃げて逃げて、もうどれほど走ったか、どこまで来たかも分からない。
人として過ごすようになってまだ7年、遠出をしたことがなかったヘラは見たことの無い景色に恐怖を感じた。
だがそれよりも恐ろしかったのが後ろについてきていた女だ。
よく見れば腹は大きく膨れ上がっている、それなのにも関わらず一心不乱にヘラを追いかけ続ける。
どこから湧いて出てくるのか分からないその体力は尽きることを知らず、ヘラを追いかけ続ける。
だがヘラは段々と疲れていき、スピードが落ちていった。
もう一歩も歩けない、と言わんばかりに膝から崩れ落ちる。もう逃げることは出来ない、殺されるしかない。ヘラが覚悟を決めた時だった。
『ぅ゙、ゔぅ゙…』
女は突然呻き声を上げながら蹲った。どうしたのか、とヘラが様子を見つつ肩で息をしていると女の声は段々と大きくなり、悲鳴に近いものになって行く。
焦って近寄れば女が蹲っている場所だけがなぜか濡れている、ヘラが焦っていると女はヘラに縋り付いた。
『ぁ、赤ちゃん、赤ちゃん、産まれちゃうっ…!』
だがヘラもどうしたらいいのか分からなかった。前に本で読んだ時、出産の体制は今の女とは真逆、仰向けに寝転んで足を開いていた。
まずその体制をとらせようと女の体を起こす。女も背に腹はかえられないと思ったのかされるがままになる。
女の体制を変えると足を開かせた。ロング丈のゆったりとしたワンピース。足を開かせれば下着が見えるがやはり濡れている。
『な、なんで濡れているの?』
ヘラは動揺しながら女に聞いた。女は苦しそうに呻き声をあげながらも
『破水、破水したのよ』
そう返事をした。本に書いてあった破水、ここまで来ればもう産まれるだけだ。
どうすればいいのか分からなかったが、子供が出てきてもいいように羽織っていたカーディガンを敷いた。
それから10分、20分ぐらいだろうか。無事に男の子が産まれた。ヘラが敷いていたカーディガンで包んで抱き上げ女に渡す。
女は嬉しそうに笑って赤ん坊を抱く。優しそうな、先程までの狂気じみた顔ではなく母の顔で。
『…話を聞かせて欲しいの』
ヘラは冷静に女に声をかけた。女もヘラの方を見て、そのつもりだったのだろう。頷いた。

場所を移してベンチに座る。まだ歩くのも覚束無い女だったか、なんとかヘラが補助してベンチまで移動した。
『アタシね、ユノとの間に子供が3人いるの。この子が4人目』
女が話し出したその内容にヘラは驚きが隠せなかった。と同時に悲しくなった。
あの日、真剣な顔でヘラにプロポーズをしたユノ、近所の人々に祝われヘラの隣で嬉しそうに笑っていたユノ、ベッドの中で2人で横になって顔を見つめて笑い合う。
そんな幸せな日々が音を立てて崩れていった。
『ちがう、そんなことしない。…ユノは、そんな、ひとじゃない…』
『これが事実よ、諦めて認めて。』
泣きじゃくって否定するヘラに先程までヘラを殺そうとしていた女が冷静な口調で慰める。嘘だ嘘だ、と頭を横に振るヘラ、そんなヘラの背を慰めるために撫でる女。その手は優しくてヘラは更に声を上げて泣いてしまった。








『…ねぇ、ユノ』
『あっ、おかえりヘラ。家の中凄いことになってたけど…』
ユノが家に帰ると家の中はめちゃくちゃだった。
ヘラを呼び探したがどこにもいない、何かあったのだろうか、と思っていると近所のおばあちゃんから声をかけられる。
『さっきヘラちゃんお腹の大きい女に追いかけられてたよ』
ユノには心当たりがあった。礼を言って1度家の中へ入る。部屋を片付けながら最悪の事態を想像した。
もし、ヘラがその女に殺されていたら、その時は。
そう考えていた時にヘラが帰ってきた。笑顔を向けながらヘラに声をかけて立ち上がりヘラの方を見る。
しかしそこにはヘラと、ヘラのカーディガンに包まれた赤ん坊を抱いている女の姿があった。
『あれ、ヘラ。ミィスと知り合いだったの?てか生まれたんだ〜、わぁ〜かわいい〜!ユノそっくりじゃない?ねぇヘラ』
ユノはにこにことしながら赤ん坊を見てヘラに話しかける。
だがヘラはそんなユノを睨みつけた。ユノがヘラの視線に困っていると女、ミィスも1歩下がってユノから距離をとる。
『どうしたの?2人とも。そんな怖い顔しちゃって。あっ、そうだミィス、ヘラのこと追いかけ回したんだって〜?もぉ〜やめてよねぇ〜、ヘラに何かあったらどうするのぉ〜?』
『ねぇ』
へらへらと笑ってミィスを見るユノ。ミィスは泣きそうな、悔しそうな顔をしてユノを見ている。
ヘラがユノに声をかけた。ヘラは相変わらずユノを睨み付けている。
ユノが『なぁに?』と返事をして首を傾げた。今までのヘラなら騙された小動物のようなこの可愛らしい仕草。
しかし、全てを知ったヘラにはもう効かなかった。
『どうして騙していたの?』
『どうしてって?』
ヘラの問いかけにユノは本当に不思議そうな顔をした。ヘラは不愉快そうに顔を歪めた。
『ねぇ、どうするのよ。アタシとその女どっちを選ぶの?ねぇ、ねぇ!』
突然ミィスが包丁を取り出してヘラの首に当てた。突然過ぎてヘラも反応が出来ず、ユノも動けなかった。
『ミィス?一体何を』
『聞いてんのッ!!!!アタシとソイツどっちを選ぶのッて!!!』
情緒不安定、それを体現しているかのようなミィスにヘラは動かない。きっと今動けば殺されてしまうから。
『どっちって…どっちも選べないからヘラとミィス両方とったんじゃん?』
『は?』
『え』
平然と、まるで常識だ、と言わんばかりに告げるユノ。その言葉にミィスもヘラも呆気にとられた。
『可愛さはヘラの方があるけど、子供を取るならミィスじゃん?流石に精霊と子供は作れないよねぇ〜』
またへらへらと笑うユノ。ヘラはその言葉に深く傷ついた。自分と結婚したのは顔だけってこと?
『ふざけ、ふざけないでよッ!!!!!』
ミィスは子供から手を離して包丁をユノへ振りかざした。
ヘラはユノを助けるのは諦めて子供の方を受け止めようとした。
『あっ…ぶねぇっ!!』
子供を受け止めたヘラは子供を庇うようにして2人に背を向けていた。けれどユノの言葉を聴いて2人の方を見る。
ユノの手には血のついた包丁、目の前には血を流しているのに笑っているミィス。
ヘラには2人がおぞましいものに見えた。
『ヘラ?どうしたの?』
血の気が引いた真っ青な顔で子供を抱いて怯えているヘラ、ユノは笑顔を向けながらヘラに尋ねた。
しかしヘラは今度は自分が刺されるんじゃないか、と恐ろしくなり首を横に振った。
『あ〜、うるさいよぉ〜?ミィス』
いつまでも笑い続けるミィス。ユノは不愉快そうな顔をして胸に包丁を突き刺した。
ユノが包丁を抜いた瞬間血が吹き出し、ヘラやユノ、子供の顔にもかかった。
『あちゃぁ〜、やっぱすぐ抜くのはよくないね。ごめんねぇ〜ヘラぁ〜』
包丁を持ったまま血塗れの笑顔でヘラに近付いて、ヘラの頬についた血を拭う。
にこにことしているが状況が状況なため、怯えるな、というのが間違いで。
『ん〜?あっ、赤ちゃん達どうしようねぇ〜あと3人はいるんだよなぁ〜、めんどくさぁ』
怯えているヘラをよそに泣いている子供を見てユノはガシガシと頭を搔く。
ヘラは目の前にいるユノへの恐怖と、次は自分達が何かをされるんじゃないか、という思いから子供を泣き止ませようと必死にあやす。
お願い、お願いだから泣き止んで、と。
『…じゃあさ、ヘラが面倒見てくれる?』
そんなヘラを見てユノは笑顔で尋ねた。その笑顔にヘラは首を縦に振ることしかできない。
首を横に振ったヘラを見てユノは満足そうに笑った。
『そっか!ありがとね、じゃあ住所教えるから子供達連れてきてくれる?あっ、その子の名前まだ決めてない?決めてなかったらヘラが決めてね、僕興味ないしぃ〜』
一気に喋ってユノはミィスの亡骸を移動し始めた。
ヘラはなんとか足を動かして脱衣所へ向かう。
タオルで血を拭って、服を脱いで、子供に巻いていたカーディガンを取り払って柔らかいタオルを巻いた。
『…あっ、ヘラぁ。あんまり裸でうろちょろしないでね、襲っちゃうよ?』
裸で、タオルで巻いた子供を抱いたヘラを見た遺体を処理していたユノが優しく笑う。
けれどヘラはその笑顔すら恐ろしくて慌てて頷いて寝室へ逃げ込んだ。
子供をベッドに1度寝かせて、クローゼットから服を出す。着替えてから使わない古着を取り出してそれで子供を巻いてからまたタオルで巻いた。
『む、迎えに、行ってくる、から』
怯えて声が途切れ途切れになるヘラ。ユノはヘラを見てにっこりと笑った。
『ちゃんと帰ってきてね、どこに逃げても追いかけるから』
あまりにも恐ろしくてヘラは頷いてから急いで家を飛び出した。





本当なら逃げるべきだった、逃げなきゃいけなかった。けれど子供を4人も抱えて逃げれるほどヘラもまだ人生経験を積んでいなかった。
子供の手を引いて家へと戻る。もしまだ荒れ放題な家だったらどうしよう、子供達になんて説明しよう、とそんな事ばかり考えた。
1番上の子でまだ5歳。1番下が産まれたばかりの子で間に3歳と1歳の子。
ヘラ1人で育てることが出来ないのは確かだが、この子達だけで生きて行けないことも確か。
自分の苦労と子供達の苦労、どちらかを取れと言われたらヘラは自分が傷付くことを選んだ。
『…ねぇ、アレン、エレイン、へーバ』
子供達の名前を呼ぶ。3人とも元気よく返事をする。
ヘラは優しく笑って3人をそれぞれ順番に撫でた。この子達だけは絶対に自分が守ろう、と決めて。







『こら、アン?お姉ちゃんに返しなさい』
『やぁーだよぉ〜』
『アン返してったらぁ〜!!!』
『エレイン、これはダメなの?』
『それじゃダメなのっ!!』
『へーバ、アンから取り返してエレインに渡して?』
『はいはーい』
それから10年、子供達はすっかり大きくなっていて、ヘラも母親として板に付いてきた。あれからユノに怯える日々を過ごしていることに変わりは無い。
だが今は子供達だけがヘラの癒しだった。
優しく育ってくれた4人の子供達。ヘラが産んだわけじゃない、けれどまだ幼かった4人はヘラのことを母親だと信じ込んでいた。
『こらこら、朝から喧嘩しちゃダメだよ?』
『あっパパ〜!!』
『ねぇパパっ!アンに言ってよ!!』
『まぁまぁ、アンもお姉ちゃんの真似がしたかったんだよ』
仕事へ行く準備をしながらユノが現れた。必然と固まってしまう。
けれど平静を装って笑った。
『こらこら、パパに迷惑かけちゃダメでしょ?』
長男のアレンがヘラの言葉を聞いて三男アンと長女エレインをユノから剥がす。次男であるへーバはママっ子なせいかヘラから離れずに3人の様子を見守る。
『あはは、みんな仲良く、ママを困らせちゃダメだよ?じゃあ行ってくるね』
『行ってらっしゃーい!』
『行ってらっしゃーい』
アンとエレインが手を振る。年頃のアレンとママっ子なへーバは特に何もせず、仕事へ向かうユノを見送った。








しかし子供達が大きくなれば、ヘラはユノと2人でいることが苦痛になった。
ユノが一言喋ればヘラは肩を跳ねさせ怯える。
今まで子供達に見せていた笑顔が自分に向けられないことにユノは苛立ちを隠さなかった。
『ねぇ、ヘラ?』
ユノの一言一言に怯えるヘラはおずおずとユノの方を見る。
ユノはあまりにも恐ろしい顔をしていた。
ヘラが思わず固まるとユノはにっこり笑った。
『ヘラ、どうして昔のように笑ってくれないの?どうして子供達に向けてたような笑顔を見せてくれないの?最近は夜も顔を見てくれないよね、ねぇ、ヘラッ!!!!!』
まくし立てるように喋って怒鳴る。ヘラは怯えて体を縮こまらせた。
怯えているヘラを見てユノは優しく笑う。
『ごめんね、ヘラ。ヘラが最近僕のことを見てくれなくてイライラしてたんだ。だからさぁ、次からはちゃんと笑顔でユノのこと見てね?』
ヘラはコクコクと頷く。早く頷いて、早く話を終わらせたかった。けれどそれでユノは満足しない。
『ねぇ、ヘラ。こっち見ろ、見ろってばッ!!!!!!』
再び怒鳴って壁を殴る。ヘラはもう恐怖で涙しか出ない。怖くて怖くて、新婚初期のような愛情はとっくの昔になくなっていた。
『…僕はね?ヘラは精霊だから、いつまでも見た目が変わらないと思って手元に置いておきたかったんだ。だってみんな好きな人形は傍に置いておくでしょ?それと一緒だよ。精霊ってあんまりいないからさぁ、子供を産んだらどうなるのかだけわからなかったんだよね。だから子供は望まなかったの。わかるでしょ?』
ユノがなぜヘラと結婚していたのに不倫をして子供を作ったのか。それを突然語り出した。凄く優しい声、けれどヘラには恐ろしい声。
『だからアイツは本当に子供を産むだけの女だったの。ごめんね?怖がらせちゃったよね、傷付けちゃったよね』
ヘラの頬を優しく撫でて気遣うような言葉をかける。伝う涙を拭って優しく笑う。
空いている方の手でヘラの肩を掴んで逃げないようにする。
『アイツが死んだあとも何回も浮気しちゃったけどさ、本当に好きなのはヘラだけなんだよ?』
数十年、ユノが外に女を作らない日はなかった。1人で子供達の世話に追われるヘラをただ家政婦のように扱い、それが終われば女として求める。
あまりにも自分勝手だが、それを平然とやってのけるのがユノだった。ユノはその行為が悪いこと、だなんて思っていないのだ。
怯えて、機嫌を損ねないように声を殺して泣いているヘラの顎を掬い自分と目線を合わせるように顔を無理やり上げさせた。
ヘラは恐ろしくて目が開けられない。怯えてカタカタ震えていると唇に何かの感触が。
『…ふはっ、目を閉じられたらキスしちゃうでしょ?』
どうやらユノがキスをしたらしい。その声を聴いて、頭で言葉を理解してヘラは初めてユノを気持ち悪いと思った。
かつては愛していた人をここまで気持ち悪くなれるのか、と驚きが隠せない。
『ねぇ、ヘラ。ヘラは僕のこと捨てないもんね?捨てたらどうなるか…わかるもんね?』
逃げたら殺す、そう言わんばかりのユノの笑顔。ヘラは数十年前、不倫が発覚した日と同じように怯えたままコクコク頷いた。







それからまた数十年後、ユノが死んだ。享年96歳。人間としては大往生なのではないだろうか。
しかしユノの本性を知ってからの約71年、ヘラは生き地獄を過ごしていた。
やっと、これで開放される、と笑っていた。
ヘラはもう限界だった、これ以上人として生きたくなかった。
だからかつて生まれたあの地へ戻った、もう一度眠りたかった。
もう、ユノがいつ起きて暴力を振るうんじゃないかって怯えてまともに寝れなかったあの頃とは違う。自由なんだ、と。





それから約1100年後。再び目覚めたヘラは次こそ、自分の好きなように生きようと決めた。様々な地域を歩いて周り、そこで出会ったのがまだ幼い頃の颯懍だった。



そこからは颯懍も知ってのこと。だがしかし颯懍には疑問がいくつかあった。
「なんで墓参り行ったネ?嫌いなら普通行かないヨ」
「行きたくて行ったんじゃないの」
ヘラはまだ泣きながら答えた。





墓参りに行った日、その日ヘラはユーリからとある物を貰った。
『ヘラ姉、あの、これ受け取ってくださいっ!そして、あのもし、ユーリが死んでも、また、ヘラ姉と会いたいです』
渡されたものはアイビーの花束。それを受け取ってヘラは笑顔を作った。
喜ぶユーリを置いてヘラは『用事があるから』と足早に墓場へ向かう。
そしてアイビーの花束を墓石に叩きつけた。花束は墓石の前に転がる。
『また、会えるといいね』
それはユノが最期に遺した言葉。そしてユーリの言った言葉、あまりにも似すぎていて思い出してしまった。
「…ふざけないでよ、折角忘れて生きようとしていたのに、今更なんで私を縛るのっ!?いい加減にしてよ、私はもう、貴方達に縛られるのはうんざりよっ!………私は幸せになることすら許されないの…?」
墓石へ向かって吐き捨てる。そこには『ユノ』の文字が。自嘲するように笑うと涙を堪えて踵を返した。






「…まずなんでユーリが怖いヨ。ヘラ姉の事が好きすぎるだけアル」
「…そっくりなの、私を想って言葉を紡ぐあの子の顔が、…。私を脅して思い通りにさせようとする、ユノの顔に…」
ヘラに愛を伝えるユーリの顔、それはヘラから見れば怯えているヘラを脅して自分の思い通りに扱おうとしていたユノと重なっていた。
思い出すだけで恐ろしいのかカタカタと震えるヘラの手を颯懍は握る。
「分かった、気持ちは分かったヨ。でも誰か頼れないネ?あの友達は?仲良いアル。頼るヨロシ」
「頼れるわけないでしょっ!?」
颯懍がヘラの親友を出すと食い気味でヘラは叫んだ。呆気に取られている颯懍を見てヘラは冷静さを取り戻す。
「ごめん…でも、サヨだけは頼りたくない…」
「なんでヨ」
「颯懍は少なからずあの子の事を知ってる、でもサヨは本当に関係の無い人でしょ…?巻き込みたくないの…」
謝りつつ、それでも親友は頼りたくないと言うヘラ。巻き込みたくない、『別にアイツなら気にしないと思うネ』と思うが颯懍はそれを口に出そうとはしなかった。
「はぁ〜…分かったヨ。なんとかしてみるネ、ヘラ姉には恩が沢山あるヨロシ。でも、あんまり期待しないで欲しいアル」
「…うん、ごめんねありがとう」
颯懍はため息をつきながらも恩人であるヘラを助けない、という選択肢はない。ヘラは颯懍の言葉を聞くとそこで初めて優しく笑った。



「ユーリはユノの子孫、んでユノそっくり。とんだ輪廻アル」
キセルの煙。吐きつつ独り言を零す颯懍。
ヘラは1ヶ月に1度住居を変えているためユーリがストーカーをしなければ居場所がわかることはない。
しかし、ヘラの昔馴染みである颯懍に接触しないとは限らない。
颯懍はまた軽くため息をつくと、夜の街へ消えていった。
その後を追うピンク色の可愛らしい髪色をした青年。
「あれぇ、リェンくんいた気がするんだけどなぁ」
どこか気の抜けそうな声を出したその青年こそ、ヘラが怯え恐れているユーリだった。​
さん (8zf1pchi)2024/1/19 12:45削除
幼いながらにおかしいとは気付いていた。
唐突に消えた恐ろしい実母、突然現れた優しい継母。
今までは1ヶ月に1度会えるかどうか分からなかった父親が毎日家にいて、継母はそんな父親を見て顔を引き攣らせる。
何かがあったんだ、これは聞いちゃいけないんだ。
幼くてもそれだけは理解出来た。
幸い継母は実母と違ってとても優しかった。
実母は自分の機嫌が悪ければまだ言葉も喋れないほど小さかったをへーバ殴り、泣きじゃくるエレインに罵声を浴びせて俺に熱湯をかける人。
だが継母は物を壊しても、喧嘩しても、故意じゃない限り絶対に怒らなかった。
『間違えたなら仕方がないよ、今度は気をつけてね』
そう言って笑ってくれた、心配してくれた、許してくれた。
初めてだった、そんな優しさを与えてもらえたのは。
妹弟もすぐに継母に懐いて、ヘーバなんてベッタリくっついて離れなくなった。
そんなへーバのことも優しく笑って許して、抱き上げて『可愛い可愛い宝物』って言って笑っていた。その宝物はもちろん俺もエレインも、アンも一緒。
『4人みんな、ママの宝物なんだよ』
ヘーバばかり可愛がってる継母に嫉妬したエレインが拗ねて尋ねたとき、継母はそう言って笑った。その笑顔に嘘はなかった。
でも、父親に向ける笑顔だけは違った。作り笑いで、なんとか機嫌をそこ寝ないように無理している笑顔だった。
幼い頃はなんで優しい継母が父親に対してそんな顔を向けるのか分からなかった。
でも大きくなって、ある程度物事を理解出来るようになった時に気付いた。
父親は継母に手をあげていた。
継母は俺達を寝かしつけたあと、必ずと言っていいほど暴力を振るわれていた。
しかも身体的暴力、精神的暴力、性的暴行、全てを受けていた。
それでも力のない俺にはどうしようも出来なかった。けれど、ある時聞いてしまった。
『私が代わりになるから、だから子供達には手をあげないで』
泣いて懇願する継母の声。継母は俺達を守るために暴力を受けていた、父親が俺達に暴力を振るわないようにしていた。
気付くことはいくらでも出来たはずだ、だって俺達が騒がしくしている時の父親の目は実母そっくりの、今にでも手をあげそうな目をしていたんだから。
そんな父親が手をあげないのは継母が守っていてくれていたから、怯えて顔を引き攣らせてはいたが、必ず俺達を守るように背中や腕の中に隠していたこと。
それに気付いた時、父親への怒りと共に継母への感謝と後悔が溢れ出した。
それでも力の弱い自分には何も出来ない、せめて、継母が、ママが笑っていてさえくれればそれでよかった。


妹弟達も大きくなるにつれ、ママが暴力を振るわれていることに気付き始めた。
最初、俺が反抗期として父親と会話するのをやめた。
ずっとママの傍でママを守るために少しでも父親がママに対して近付くものならすぐに俺が邪魔をした。
次第にエレインも同じく反抗期として父親との会話をやめた。
何かあればすぐに睨みつけて返事をせずに部屋に籠る。
女の子だし、本当に反抗期なのもあったかもしれない、けれどママや俺達には普段通り接していたから、辛辣な対応をしていたのは父親にだけだろう。
ヘーバも元々ママにベッタリだった影響で相も変わらずママにくっついて父親が視界に入ればすぐに睨みつけた。
アンは何が何だか分かっていないようだったから俺が教えた。
するとアンもママの味方になって、ママを守るようになった。
でも、それが逆効果だった。
父親は更にママに強く当たるようになって、ママの服の下は痣だらけになった。
たまたま、ママが着替えている時に部屋に入ってしまって見てしまっただけだった。
ママは慌てて『ぶつけたんだよ、転んだんだよ』と言い訳するけど全部分かってた。
それが父親につけられた痣だって。
ずっと強かで優しくて、俺達を安心させる笑顔を見せてくれていたママの体があまりにも小さくて、細くて、力を入れて抱きしめたらすぐに折れてしまいそうな、まるで子供のようなその体。
ずっとその小さい背中や、細い腕に抱かれて守られていた。
そんな自分達がどうしようもなく情けなかった。
ママを抱きしめる腕が震える。『ごめんなさい、守れなくてごめんなさい』。
言ってしまうのは簡単だ、でもそれじゃ今まで沢山我慢して耐えてきたママはどうなる?俺が謝ったところで父親が暴力を振るうことが無くなるのか?
だから、泣きたかったけど我慢して声を振り絞った。
『気を付けてね』
ママは優しく、でも力強くギュッと抱きしめてくれた。『うん、気を付けるね』優しいその声にまた泣きたくなる。
頭をママの肩に擦り付けて泣くのを我慢した。


俺が家を出る日から1週間前、ママに『お外でご飯食べようか』と誘われた。
時々ママと一緒に買い物や食事に出掛けていた、ママは『デートだねぇ』といつも嬉しそうに笑うから、俺も楽しくて誘いには断らなかった。だから今回もそれと同じなんだと思っていた。
けれど、ファミレスでママが深刻そうな顔をして全てを語り出した。
俺達とママの血が繋がっていないこと、実の母は父親に殺されたこと。
本当なら、ママが俺達4人を連れて逃げなければいけなかったのにそれが出来なかったこと。
ママの見た目がずっと変わらない理由。
その全てを聞いて俺は泣いてしまった。自然と涙が溢れてしまった。
泣いている俺を見てママは悲しそうな顔で俺の頬を伝う涙を拭ってくれた。
俺は年甲斐もなく泣いた。ずっとママが守ってくれていたのは知っていた。
でもママが父親からどう思われていたのか、またどれほどの覚悟で俺達4人を育ててくれていたのか。
きっと大変だったと思う。だって子育て経験がないのに1歳と産まれたばかりの年子の弟達、少し歳が離れているとはいえ、まだ幼かった俺とエレイン。
父親は絶対に協力しなかっただろう、なんせずっと見てきた俺がそう感じているんだから。
1人で、人として生きてまだ7年しか経っていない精霊が必死に子供達を、俺達を育ててくれた。
感謝をしても、暴力を振るう原因にはならない。むしろ原因がない。
きっと、泣きたいのはママの方だったと思う。ずっと我慢してたんだと思う。
でも俺が泣いたら俺を慰めて、妹弟達が泣いたら妹弟達を慰めて。
ママの泣いている姿なんて、父親に暴力を振るわれている時だけだった。

その日は俺が泣いてしまってまともに会話が出来なかった。
それでもママは
『伝えたいことは伝えたから、あとはみんなの判断に任せるよ』
そう言って笑った。
判断、きっとママは自分が断罪されるとでも思っていたのだろうか。
そんな事を聞かされても悪いのが父親だっていうのは誰だってわかるはず。
ママが悪いところなんてひとつも無い。
けれどママは父親に長い間暴力を振るわれ、責められ続けて『自分が全て悪い』と思うようになっていた。
俺達がどんなに『ママは悪くないよ』『ママは凄いよ』『パパが悪いんだよ』、そう言い聞かせても父親にかけられたママの洗脳はついに解けることはなかった。




俺の結婚式の日、母も呼んでいた。
だってどんなに姿かたちが変わらなくても、どれだけの年月が過ぎようともまるで可憐で美しい少女のような見た目をしている母は、俺を育ててくれた母に変わりは無いから。
けれど、結婚式に来たのは父親だけだった。
『母さんは?』
『なんの話しをしているんだ?』
俺が父親に尋ねると父親は笑顔のまま答えた。どうやら母は居ないものとして扱うらしい。妻には話してあった、母が本当の母ではないこと、精霊であるため見た目が変わらないこと。
妻も納得してくれて『貴方を育てた人だから』と会うのを楽しみにしていたのに。
余計な揉め事を起こしたくはなかったが母のことをまるで駒のように扱い、気まぐれに力振るう父親を、父として認めたくなかった。
幸い俺は男で新郎、父親とバージンロードを歩かなくても済む。
妻、そして妻側の両親と相談して父親を追い出すことにした。
式場のスタッフに促されると父親は何も言わず笑顔のまま去っていった。
あまりにも不気味でこれから嬉しいはずの結婚式が始まるというのに血の気が引いて青い顔をしてしまった。




全員が家を出てから約50年程。俺ももうかなり歳老いていた。
父親の死の知らせを聞いた。だが葬式に出向くことはなかった。
年老いていて、病気の影響もあり動くのも大変だったということと、俺達に優しく接してくれていた母にあんな暴力を振るっていた父親を死んでも許すことは出来なかったから。
だが唯一ここの残りなのは母のこと。
結婚して、子供も生まれて、孫も生まれた。だが1度も母に会わせたことはない。
俺としても会わせたかったのだが、母を呼ぶと必ず父親だけが訪れて母は絶対に姿を見せなかった。
おそらく父親が母に来ないように言いつけていたんだと思う。
俺が無理にでも出向いて迎えに行けばよかったのか、無理矢理母を引き取って父親と別居させればよかったのか。
もう動けもしないのにそんな事ばかり考えてしまう。

「あらあら、アレンったら」

ベッドに寝ていることしか出来ない俺は妻や子供達、孫達に介護をされていた。
いつものように寝ていると、昔、もうだいぶ前に聞いて以来、二度と会えないと思っていた母の声。
俺が何かを間違えたり、妹達のために喧嘩したり、母にプレゼントを渡した時に必ず嬉しそうに笑いながら言われた言葉。
懐かしくて涙が出た。空いていた窓から風が吹いてカーテンを揺らす。
もっと早く会いに行けていたら、もっと早く決断できていたら。
死ぬ間際に望むことが『ママに会いたい』だなんて知られたらママは笑うのだろうか。
また、『アレンったら、ママのこと大好きね』なんて笑ってくれるだろうか。​
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グラサンさん (8zkxxs3h)2024/1/17 21:01 (No.90966)削除
とある武家の名家の話。

仲睦まじい人間の夫婦がいた。
その間にとても愛くるしい娘が生まれた。
しかし、違和感があった。
その女の子には人間にはない白虎の耳と尻尾が生えていたのだ。そう…人間ではなく白虎の娘が生まれた。

貴虎家の家系図を辿ると元々は白虎の一族であったと分かった。
きっと娘は隔世遺伝、先祖返りをしたのだろうと言われた。
数百年ぶりに生まれた白虎だった。

娘は小菊と名付けられた。

娘は大きな期待を寄せられた。

生け花、舞踊、剣術、馬術、武道、花嫁修業…何から何に至るまで全ての教養と武術を徹底的に仕込まれた。
褒められることなどなかった。
何をしても半人前と言われた。
心が折れそうだった。
けど諦めなかった。

当然だ。
娘は貴虎家の長女であり、白虎として生まれたから。

けどその過度な期待に耐えられるほど娘はまだ強くない。

けど娘は諦めなかった。
毎日毎日毎日修練を重ねて言った娘は日に日に強く気高く美しく成長をしていった。

だがやはり毎日、勉強、稽古ばかりなどつまらない。こっそりと家を抜け出して町へと繰り出すこともあった。
そこで友人達も出来た。
友人達と過ごす時間はかけがえのないもので楽しかった。

そんなある日
友人達が悪漢に襲われてる場面を見つけてしまった、彼女は友人達を救う為にすぐさま駆けつけ悪漢に殴りかかった。
悪漢は数mの距離を飛んで行った。
何が起こったか分からなかった。
だが自分の力がこれ程までに強くなっていたとしった。

友人達は…恐怖心を抱いた。そうして友人達は娘から離れていき独りぼっちになってしまった。

望んで白虎になった訳では無かった。
白虎に生まれたから過度な期待を寄せられた。
白虎に生まれたから恐ろしいほどまでの力を手に入れ怖がられた。
けど娘は負けなかった。
恐れられるなら守る力になると。

そんな娘の唯一の癒しは人間の妹と弟だった。
魔力のなかったが愛されて育った大切な2人。
自身と違って褒められ、愛された2人。
そんな2人が羨ましかった。
褒められたことなどなかった。
愛された実感もなかった。
それでも娘は自身の魔法を見て目を輝かせる2人を愛していた。

そんなある日のこと
娘の両親がおかしな事を言ってきた。
婚約者が出来たと。
両親の古くからの友人の子供らしい。
相当頭にきたことだろう。
今まで必死に足掻いてしがみついて強くなり美しくなり誰にも負けないようにしてきたのに……家のために過度な期待に耐えながら頑張ってきたのに…
結婚も自由にすることが許されないのかと
きっと何時までも娘は家に縛り付けられるのだろうとそう確信した。

「…なんで…どうしてよ…私は何をしたの?ただ白虎として生まれただけでここまでしなきゃいけないの?自由に恋愛することすらも許されないの?」

それでも決して泣くことはなかった。
負けたくなかったから。
今までの努力を否定したくなかったから。

婚約者はいけ好かない人だった、正直嫌いなタイプだった。
それでもそれでもだ相手が娘を好くまではいかなくとも友人程度の情があれば良かった。
そんなものも感じられないほどに薄情な男だった。
気に入らない…全て気に入らない…正直羨ましかった。
自分よりも自由に生きれる婚約者が羨ましかった。
けど口にも態度にも出さなかった。
それが貴虎家の長女として白虎としての役目だから。

あんな風に生きたかった。

18となる歳、麗しい娘へと成長を遂げていた。

それは娘が家出をした日の昼のことだった。
婚約者に言われたのだ自身だけを特別扱いする理由は無いと。
……怒るしかなかった。好き勝手言っておけば何だと…こんなのが婚約者?…どうしてお互い好きでも相手と結婚をしなければいけない。
この人と家庭を築かないといけないのかと。
自身の人生を捨ててまで。
娘は手を高くあげて婚約者の頬を平手打ちした。吹っ飛んでいかないくらいには威力を抑えてだが痛みは相当なものだろう。

「…あんたなんて大嫌いよ!それならさっさと婚約破棄でもすればいいじゃない!何よ…何なのよ…好きでも無い相手と結婚する?あんたも嫌でしょ?ねぇ?…バカみたい…勝手に言いやがって…出ていって帰ってよ!」

目を赤くしながら大声を荒げた娘の頬には涙が流れていた。
初めて発した娘の本心だった。
娘はその場から離れて急いで荷物をまとめた。
妖刀も持ち出した、扱えるのは自分しかいないのだから別にいいだろうと。

そして誰もが眠った夜に愛馬の白蓮とともに家出をしたのだ。


「……最初からこうすれば良かったのよ…何が名家よ…何が貴虎家よ…父上も母上も私ばかりに期待を寄せる。負担を与える。勝手に婚約者を決めて幸せを決めつける…当の婚約者はあの言い草…幸せ?そんなのある訳ないじゃない……あはは!白虎になんて生まれたくなかった…」

暫く進むと広い広い丘の上にきた。

「……世界ってこんなに広かったのね…ねぇ白蓮…うんと遠くに行きましょ。もう誰にも縛られたくないの…せめて…数年くらいは自由でいたいわ。それくらいは許してください…父上…母上…」

そう言って少し微笑んだ娘の顔は今までで1番美しいものだった。

1度でも惜しみない愛を与えられたい。
誰もがそう思う。
両親からは愛を与えられた試しはない。
弟と妹からは好かれてはいたが愛ではなかった。
友人など自身を恐れて離れていった。
婚約者は薄情な酷い人だった。そこに愛なんて存在しなかった。

「…1度でいいの…誰でもいいから…私を愛してよ…」

そう小さな声で今まで1度も吐いたことの無い弱音を呟いた少女は白蓮と共に暗闇のなかへと消えていった。
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グラサンさん (8zkxxs3h)2024/1/16 18:32 (No.90727)削除
人生が詰まらなかった。
欲しいものがあれば手に入ったし、少し優しくしてあげれば女の子はみんな僕を好きになった。
最近気がついたのはそうやって恋に落ちた女の子を弄ぶのが楽しいって言うこと。
最初はとてもとても優しくしてあげる、そうして少しづつ自分に落として…最後に顔を歪ませてあげる。
これが楽しくて仕方なくてやめられなかった。

被害を訴えてきた子達も居たけど、親のおかげで揉み消すことが出来たから気にすることなく僕はその遊びを続けていた。

あくる日の春。
その日は入学式で新しい学生が入ってきた。
そんな時に彼女に出会った。
赤色の髪が綺麗な女の子、如何物可愛ちゃん。
一瞬で気がついた。あぁこの子は僕のことが好きになったんだと。だから声をかけてあげたんだ。
「入学おめでとう。新入生だよね?はじめまして、これからよろしくね。」
新しい玩具が手に入ったと思った。

この子は不思議な能力を持っているらしい、何でも食べることが出来るという能力を。
これは使える…そう思った僕は噂を流した。自分が流したと気づかれないよう細心の注意を払って。

「ねぇ……知ってる?あそこのクラスの可愛って女の子…両親がいないらしいんだけど食べちゃったんだって。」
「えぇ!?じゃあ…あれも本当?この前死んじゃった学校で飼育していた兎がいなくなったのって……」
「怖いなぁ…近づかない方がいいぜ。次は俺たちかもしれない…」

馬鹿な子達がすぐに信用してくれたから大成功だった、そうして悲しげに泣く彼女に優しく接した。「泣かないで…君は笑った方が可愛いよ。君は怖くなんてないとても綺麗だよ。」そういえば少し照れた顔をして喜んだ。あぁ…この顔が歪むのがとてもとても楽しみだよ。

そうして彼女が中学生2年生となった春。
初めて出会ったあの場所で告白をされた。
勿論、返事はYESだ。これから宜しく君の顔が歪むその時まで。

彼女を幸せにするために沢山のことをした。
幸せから転落した時がいちばん綺麗に顔が歪むから。
デートをしてキスをして愛の言葉を捧げてあげた。
その度に彼女は僕を好きになってるみたいで本当に単純で馬鹿だなぁと思った。

けど急に彼女が僕に会わないと言い出した。
なぜだ?計画がバレた?そんなはずない…大丈夫僕はどんな君も愛してる。そんな甘い言葉をかけ続けたらすぐに戻ってきてくれた。
ほら本当に可愛いだろ?

その年の冬。彼女とデートをした、久しぶりのデートを最後のデートを。
今日で終わりにしようと思った。飽きてきたから、だから最後に彼女の顔を歪ませて泣かせようと思ったのだ。
取引相手との待ち合わせは今から5時間後。待ち合わせ場所は路地裏。
彼女を路地裏まで誘導しタイミングを見計らって自分だけがそこから離れる。
そして、あとは取引相手が彼女を好きにするという算段。そこにタイミングよく僕が帰ってきたら…あぁきっと絶望した顔をするんだろう…そう思った。

「可愛ちゃん…あっちに綺麗なイルミネーションがあるんだ。近道を知ってるからそっちから行こう。」
彼女は素直に信じてくれてすんなり路地裏まで行けた。そうして理由をつけてそこから僕1人が離れた。1時間がたっただろうか?そろそろいいだろうと路地裏に迎えば彼女しかいなかった。なんだ?来なかったのか?と思ったが違った。彼女の足元には大量の血溜まりがあった。まさか…と思った早く逃げないとと思った。その時だった。
肩に強い痛みを感じた。
声も上がらないほどの痛み。鈍い音をたてて肩が外れた。
その正体は僕を食べる彼女の姿だった。
逃げようとしたが無理だった。彼女の力は人間と思えないほどに強かった。
足を食べられた。
手を食いちぎられた。
腹を食われ引き裂かれた。
首に噛みつかれた。

……これは罰なのか?僕が彼女を貶めようとしたから?僕が今まで沢山の人達を貶めたから?
こんな目にあっていいはずないだろ。

「化け物……この化け物め…お前なんて誰にも愛されねーよブス…死ねよお前が死ね!」

最後に絞り出た言葉は醜く冬の空に消えた。



両親は死に、叔母には疎まれ、友達には恵まれず、愛してくれたと信じていた彼は愛していなかった。誰にも愛されなかった可哀想な女の子。
愛する人を食べて心を病んだ可哀想な女の子。
けどそれは果たして愛しているから食べたくなったのでしょうか?
えぇそれは事実でしょう。彼女は確かに食べたいとそう思ったのですから。
彼を愛して好きになって食べたくなってしまったのですから。
けど最終的に彼女が彼を食べたのは愛していたから?それとも防衛本能でしょうか?
それはもはや誰にも分からないのです。

いつか本当の意味で彼女のことを心から愛してくれる人は現れるのでしょうか?
……まぁそんな夢みたいな話がおこるといいですね。
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みくろんサブさん (8z9a64t7)2024/1/14 18:30 (No.90418)削除
【希望の星空】


「とある少年の話をしよう」

『政府組織ノアの方舟』の構成員、『結城 星』の生まれは比較的不幸である。

生まれながら両親は死亡(といっても姉から聞いただけであるが)しており、9歳年上の姉と二人で暮らしていた。

しかし生まれこそ不幸と言えど、9歳年上の姉が自分の事を養ってくれたし、生活も十分とは言えなかったが、貧乏というほど貧しくは無かったので、星は幸せであった。


『彼の時までは』



その日は姉の14歳の誕生日だった。その時五歳だった彼は、健気にも何時も世話になっている姉へ、感謝の気持ちを伝えることも兼ねて、自ら稼いだお金で誕生日プレゼントを買おうとしていた。

...といっても、近所の人達のお手伝いをして、そのお礼として貰ったお金をかき集めたのだが。

そして彼は『黒色のフード付きローブ』を買った。

普通は誕生日プレゼントで黒ローブなど買わないであろう。

では、誕生日プレゼント、とは何のために買うのか?それは誕生日を迎えた人を喜ばせるためである。

即ち、少年の姉にとって『貰ったら喜ぶもの』は黒ローブなのである。

彼の姉は、フードつきの黒ローブを好んで着ており、その姿を沢山見ている彼だからこそ、プレゼントをそれにしたのである。

勿論買ったのは新品であり、中々に質感も良いものであった。普通、五歳の少年が誕生日プレゼントとして購入できるものではないのだが、それは彼の日頃の行いが良かったのが、現実的な意味で役立ったのであろう。

そしてお目当ての物が買えて、後は姉に渡すだけなので、自らの家に帰宅する。


_ここからが悲劇の始まり


少年の足が自宅の玄関前に差し掛かったというところ、自らの姉の慟哭が耳に響いた。

少年はとても嫌な予感がして、105cmという比較的小柄な体躯に合わない力で、扉を蹴り破る。

そして全速力で、声が響いた姉の部屋に駆ける。

「ねえさ…ッッ」

そうやって姉に何があったのかを聞こうとした彼の眼にはいったのは、身体中から血を流し、身体に深い傷を負った姉と、下卑た表情で姉の身体を触っている男…いや、悪魔だった。

少年は『悪魔』という存在を知っている。最も専門的な知識は存在せず、姉から聞いた『人間を害する悪者』という曖昧な詳細しか知らないわけだが。

「あぁ?何だお前。折角このガキで楽しんでいたっていうの…ガフッ」
その悪魔の最低な言葉を最後まで言わせなかった。「…っ…ねえさんにさわるなッッ!!」と激しい、扉を蹴り飛ばした時の数倍の威力の脚撃を、憤怒を浮かべた表情で悪魔の腹に放ったのだ。

彼…結城 星は五歳ながらも、姉の役に立ちたい、と思い武術をある程度習得している。

だからCランクにも及ぶ悪魔と言えど、能力を駆使せずに撃破できるのである。…即ち、もう少し早く、彼が帰宅できていれば結果は違っただろう。

そして気絶している悪魔に気をくれず、明らかに重症の姉に駆け寄る。

「ねえさんっ…!ねえさんっ…!」
もう手遅れになっていてほしくない一心で声をかける。その表情は、姉が死んでしまうかもしれない、という多大な恐怖で歪んでいて。

「…う…ケホッケホッ…アカリ…なの…?」
閉じていた眼を開き、苦しそうに呻き、血を吐いて、目の前にいる人物が、自らの弟なのかを確認する。恐らく視界もはっきりとしていないのであろう。

かなりの重症である。もう、長くは持たないであろう。

「…ぼくですよ!…よかった!すぐたすけをよびますから!」
返事をした姉を見て、安堵し、表情が明るくなった。

哀れだ。憐れだ。もう、目の前の姉が手の施しようがない所まで来ているなんて、幼い彼は分からないのだ。

「…待って…ボクはもう良いから…ケホッ…」
恐らく身体中の力を引き絞って、星の腕を掴む。

その反動か、また、血を吐いてしまう。

どうやら、ここまでして、最後に伝えたいことがあるようだ。

「…なんでですか!このままだとっ…ねえさんが…!」
今すぐ手を振りほどいて、助けを呼びにいきたい。少年はそう思っていた。

しかし、ここでそんなことをしてしまうと、姉の症状が悪化してしまうかもしれない。

だから彼はここから動けない。悲しいことに。

「…アカリ?ボクが居なくても生きていけるよね…?ケホッケホッ」
そんな言葉をいって、また血をはく。

そこで彼は察した。もう、姉は助からないのだと。

いやだ、そんなこといわないでよ。もうあえないみたいじゃないか。

大丈夫だよ。貴女を守れるくらい強くなったんだよ、と言いたかったのに、涙が溢れて、声が出ない。口から漏れるのは「えぐっ…ひぐっ…」という嗚咽ばかり。


「…アカリ。困っている人がいたら助けなさい…ケホ…誰にでも優しく…ボクの自慢の弟でいてね…」
安らかな笑みを浮かべて、姉は星に言った。

でも、未来の自分を姉に見せることはできない。どうしようもない、残酷な真実が彼を襲う。

流れ続ける涙を引っ込めて彼は、力なく頷く。


「あははっ…良かった……大好きだよ。アカリ」
「…ッッぼくもねえさんがだいすきです!!」
その姉の言葉を聞いて、それだけは最後に伝えておきたいと、星は言葉を返した。

星の言葉を聞いて、姉は満足そうに微笑み…眼を閉じた。

「…ひぐっ…ねえさん!ねぇ…ぼくをおいていかないでよ…」
涙を流しながら、既に事切れた姉の身体にすがり付く。

もう、姉からの優しい返事はない。

もう、姉と会えない。

もう、あの笑みを見ることはできない。

もう、一緒に生きることはできない。

彼はそれを理解した。



「うっ…うああああ!」
彼は慟哭する。この世界の残酷さに。彼の回りに創られた影の粒子が飛び、それは気絶していた悪魔の肉体を焼き付くす。悪魔は一声も発さず、絶命した。

_能力『永久之復讐』
それは姉を奪った世界への復讐心。それを叶える能力として彼はそれを獲得…する筈だった。

ただ、直前に姉の「誰にでも優しく、自慢の弟でいてね」「困っている人がいたら助けなさい」という二つの言葉が彼を包み込み、星を正気に返した。

それと同時に、周囲を飛んでいた影の粒子は消滅する。


_その後。駆け付けてきた近所の人、そして警察官に事情を説明する。星は姉の遺体は自分が持っておきたいと言い、数日かけて家の中庭に、『結城暗之墓』と刻まれた墓を立てた。


彼は決意した。この世界の絶望を否定して、希望を齋すことを。

その瞬間、彼の回りに『光の粒子』がふわふわと浮かぶ。それは彼のすべての人類を救うという意思を具現化したもののようで

_能力『絶望否定者(ディナイアリスト)』
獲得する筈だった『永久之復讐』の変わりに、『絶望を否定する』という願いが具現化し、獲得した能力である。


「姉さん。僕決めました!皆を救うって。だから…天国で見ていてください!」
六歳になり、言葉も流暢となった彼は姉の墓に、そう話しかける。

その時の晴れやかな表情は、希望に満ち溢れていた。

もう彼が絶望に悶えることはないのである。


そして「行ってきます」と一言。彼は家を去り、各地を巡る。

得た能力、光の粒子、剣技、光魔法を使い、絶望を否定して希望へと。

十二歳の時、彼は『政府組織ノアの方舟』に所属する。

悪魔を滅殺する役目についたのは、姉を殺した『悪魔』への憎悪があったからなのだろう。


結局のところ、渡せなかった『誕生日プレゼント』は彼が持っている。

一度は姉の墓に遺品として入れようかと思ったが、やめた。

彼の鋭い勘が、『後々使う時が来る』と告げたからである。


そしてノアの方舟構成員となってから三年の時が経った。

彼は少女の悲鳴を聞いて、路地を駆ける。

そこにいたまだ、14歳ほどの少女が、半ば諸刃の剣のような攻撃で悪魔を殴っていた。

星は即座に状況を把握し、これ以上彼女が傷付かないように、光の鎖で彼女を拘束した。

しかし、その拘束は直ぐにとかれてしまい、動き出した彼女は義足が崩れ、地面に倒れてしまう。そして自らの魔法を制御できず、小さく縮こまった。

その名前も知らない少女の姿が、不意に今亡き姉と重なった。

少年は彼女の炎魔法を自らの魔法『虚有崩光(アビスラクス)』で封じ込める。

そして所々服が燃えてしまっている彼女に、元々姉にプレゼントする筈だった黒ローブを被せる。
そしてこう聞いた。

「大丈夫ですか?」






今日も明日もまた翌年も

彼は希望の星空を作り出す
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グラサンさん (8zkxxs3h)2024/1/7 23:59 (No.89188)削除
とある研究者の研究日誌
【1日目】
ブラブラと夜の街を歩いていると悪魔を見つけた。どうやら低級の…E級の悪魔らしい。
ちょうど良かったので捕まえて持ち帰ることにした。
新しい被験体が手に入った!明日から実験を始めることにしよう。

【2日目】
昨日、捕まえた被験体をどうするか考えた。
とりあえず、血液を採取した。その後に皮膚や毛、歯、爪、尿など取れるものは取ってみた。
検査結果がとても楽しみだ。

【3日目】
検査結果はとても興味深いものだった。
人間とは違う細胞の構造や組織、成分が発見された。これがあれば新たな薬が作れるかもしれないと思うととてもワクワクした。
さて次は何をしよう。

【4日目】
今日は薬を試すことにした。
とても弱い遅延性の毒だ。抵抗をしていたが能力で大人しくさせて接種させた。
数分後、息苦しそうにして泡を吹き出して倒れてしまった。死んではいないらしい。
人間に使うよりも効果が高い…低級だからか?もう何体か捕まえて検証する必要がありそうだ。

【4日目】
今日は腕を切り落とすことにした。暴れて大変だから能力で大人しくさせてから固定、案外骨が硬いから切るのに時間がかかってしまった。
明日はこれで何かを作ろう。

【5日目】
被験体の腕を使って新しい武器を作ったが失敗。全然役に立たないし面白い効果もなかった。
研究には失敗が付き物だ。
さぁ!次の実験をしよう!










【11日目】
もう採るところも無くなった。被験体は話さなくなったし心臓も止まったらしい。どうやら死んだようだ。
仕方ないから死体を使って何かを作ることにした、出来たのは面白い薬だった。
これはとてもいい成果になった。
今度、ほかの悪魔に使ってみよう。
次はどんな被検体が手に入るかな?とてもとても楽しみだ。
グラサンさん (8zkxxs3h)2024/1/13 20:38削除
今から千年と少し前のこと。

「あーつまらない。」
そう言ってため息をつくサキュバスがいた。
名はリリン・ホワイト。今や異端の天才と称される彼女だった。この頃の彼女は実験を研究をまだ行っていなかった。

サキュバスだから精を吸わないと生きていられない彼女は今日もつまらなそうに過ごしている。
そんなある日、運命の出会いをした。
今日も誰かから精を貰わなければ…そう思っている時に出会ったのが彼だった。

彼は科学者だった。彼は彼女に色んなことを教えてくれた。彼の話は全て新鮮でとても面白かった。
それに付き合って彼女も助手として研究を始めた。
とても楽しかった。今までで一番の興奮だった。
新しいことが発見される度に2人はとても歓喜した。
彼女は天才だった。彼よりも遥かに。
けど彼はそんな彼女を褒めたたえ、共に歩もうとしてくれた。嫉む必要なんてないだってこの2人は最高のパートナーだった。
別に恋人という訳では無かった、けど友人以上ではあった。そんな不思議だけどこれ以上にピッタリとピースがハマるような関係はなかったのだ。

ある日彼は彼女にいった
「俺が死んだら標本にしてくれる?骨格標本!俺は死ぬだけは嫌なんだ!友よお前にしか頼むことの出来ない重要課題だ?分かったな?」
と彼女は笑って
「骨格標本?生ぬるい!君の体の組織を使って研究をしてやる!そして君の名前を使い新たな新兵器を世の中に出してやる!」
と言い返した。
顔を見合わせながら楽しげに笑った。本当に幸せだった。

2人が出会って数十年が経ち彼はこの世を去った。
当然だ。彼は人間で彼女はサキュバス…生きる時間が違いすぎた。
彼女は彼の遺体を引き取った。
かつての最愛の友が残した言葉を約束を果たした。
「世界一の骨格標本をしてあげよう。君は本当に面白い人だったなぁ…」
と思い出に身を馳せながら作業を進めた。
優しく美しい手つき。
初めて君としたのはカエルを標本にすることだった。
懐かしいと思った。

「よーし完全だ!…すごく綺麗だね?まぁ当然だ!俺が作ったのだから!」

作業を終えたのは数日後。寝る間も惜しんで完成させた彼の骨格標本。

「あとは保存魔法をかけて…これで完璧だ。」

彼女は微笑んでいた。少しの涙を流しながら。
彼女はマッドサイエンティストである。
けど完全に人の心がない訳では無い。
唯一無二の最愛の友を失って悲しいわけが無い。けど…それを悲観することは無い。
これからも彼女は研究を続けるのだ、彼が成し遂げることがなかった偉業を達成してやろうと。

「覚悟をしていろ!俺は君よりもはるかはるか上を行く科学者になってやろう!せいぜいあの世で研究に勤しむが良い!」

最後の手向けの言葉を高らかに天に届け彼女は新たな研究をするためにまた部屋にこもった。

今も彼女の自室にはあの頃と変わらぬ状態の骨格標本がひっそりと眠っている。
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グラサンさん (8zkxxs3h)2024/1/11 22:40 (No.89851)削除
3回目の引っ越しだった。
本当は引っ越したくなかったんだ。
だってあの街には大好きな友達がいたから。
大好きって言ってもlikeじゃないんだけど…きっとキミは気づいてないでしょ?別にいい…アタシは町娘にはなれない。
それでもそれでもキミの一番の親友なのだからそれでもいいの。…なんて強がりなんだけど。
キミから貰ったこのチョーカーだけは宝物だから持ってきた。誰にもあげないアタシだけの宝物。

3回目に引っ越してきた町は小さな町だった。
キミと過ごした街よりも小さい田舎町。
ここでも友達が出来たらいいなって思ってた。
キミ以上の友達は出来ないだろうけど人間と仲良くなりたいし!友達になって沢山遊びたいしね!それでその事をキミに手紙にでも書いて自慢してやるんだ!

最初の頃は普通だった。
町の皆も優しい人ばかり、隣の人から野菜を貰ったり、近所の子供たちと遊んだりした。
弟も楽しそうで嬉しかった。
姉は恋人が出来たみたいで自分の事のように祝福してあげた。
小さな町でもそれなりに幸せだったな。キミが居ないことを覗いては。けどそんな幸せが壊れるなんて思っていなかった。
いや違う幸せだったんじゃない全部全部仕組まれたことだったんだ。

人魚の伝説は知ってる?
人魚の血肉を食べると不老不死になれるお話。
そんなことあるハズないのに誰が広めた馬鹿げたお話。

ここはそんなお話を信じてる人…いやその伝説の発祥の地みたいな所だったんだ。

そんなことにいち早く気づいたのは姉だった。
姉は言った。
「菜花!逃げるよ!」ってアタシは最初は分からなかった。だってここで出来た友達普通に遊んでる時だったから。
けど友達がいった。
「…ねぇねぇもしかしてバレちゃった?」
「そうかもそうかもどうしよう」
「大人たちに報告しなきゃ」
分からくなった何を言っているの?ねぇねぇ…ねぇ…

その日からアタシ達家族の自由は無くなった。
毎日毎日誰かが来て、皮膚を取られたり血を取られたりした。
自慢だった髪は引っ張られて短くなってしまった。
好きだった青い瞳は火傷を負い片目は失明した。
皮膚を無理やり取られ歪な鱗が浮き出てきた。
傷つけられて虐げられてどうしてこんな目にあわないといけないの?

姉は毎晩どこかへ連れていかれた、何をしていたのか知るには幼すぎた。

姉はある日、抜け殻のようになって「菜花ごめんね…」そう言い残して目の前で自殺した。

弟は利用価値がないと判断したのか暴れて抵抗する弟を殴って止めようとするアタシを跳ね除けて連れていかれた。

戻ってきた弟は真っ白な骨になっていた。残っていたのは数本の骨だけだった。
声にならない声で叫び泣き…涙は枯れきった。

ついにアタシの番が来たかと思えば、母がアタシを庇い連れていかれた。止めたかったけどそんな気力も湧かなかった。
もう疲れた。

母とはもう二度と会うことは出来なかった。

ある日のことだ…父がアタシを抱えていた。強い背中…大好きなアタシの家族。
父は言った「お前だけでも…お前だけでも俺が守るんだ…大丈夫大丈夫だからな」
父の声は不思議と安心できた。
海辺に連れてこられてアタシはそこに入れられた。「ここから逃げろ…父さんも後で追いかける。」
何も考えられなかった…けど父の言うことは聞いた。きっと追いかけてくる…そう思ったら…目の前にいた父の頭を槍が貫通し血が吹き出した。

絶望するしかなかった。

そこから先は覚えていない、ただただ必死で所々鱗がとれ淀んで傷んだ鰭を動かしながら逃げて居た。

どうしてどうして?こんな目に会わないといけないの。
アタシたちが何をした?
前にアタシたちの様子を見に来た友達だった子達が言った。
「君たちはご飯なんだよ?」
「とてもとても美味しいの不老不死になれるの」
「皆だって羊に優しくて飼って殺して食べるでしょ?」
「「「それと同じだよ」」」

しばらく泳いで泳いで海の真ん中にたどり着く。
キミから貰ったチョーカーが冷たく感じた。
ねぇキミもそう思っていたの?友達じゃなかったの?
…誰か教えて…分からない…どうすればいい…


何がが壊れて消えて行く音がした。


「許さない…人間なんて大嫌いだ」


彼女の瞳から光と笑顔が消えた 。
家族とすごした明るい思い出もキミと過ごしたあの時間さえも全てが幻想だった。
もう何も信じたくない…そうすれば裏切られないだろ?

そうして少女は深い深い海の底へと潜っていった 。
あのころの少女はもういない。
グラサンさん (8zkxxs3h)2024/1/12 07:19削除
とある町の新聞

○月✕日
とある田舎町にて大漁の人魚の骨が発見された。
どうやらここは、人魚を乱獲しては殺して食していた町らしい。
現場検証や証言の結果、人魚の扱いは酷いもので火をつけられる、皮膚を剥ぎ取られるなどおぞましいものだった。
一番新しい人魚の死体はここの町に越してきたという蘇芳という一家。
次女の蘇芳菜花は行方不明として捜索中。情報提供を求む。
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新山さん (8z9r6hv4)2024/1/12 00:43 (No.89872)削除
EP my dear cardia.

深層心理にて眠る記憶。
それは夢となって現れる。

失われている黒猫の呪いの記憶は、黒猫の深層心理にて眠っている。今のところは、起きたくない冬の朝の様に微睡み続けているのだけれど。



これは彼女に正確には伝わらない記憶、見聞き出来ても悪夢と幻覚、幻聴として悪く、恐ろしく伝わる。

今の彼女には、まだ、私を思い出すには速すぎるの。だって、今の彼女は、小さな猫のままなのだから。



【黒猫少女の深層心理】

私は✘✘✘✘に生み出された呪い、黒猫と少女の姿を持つ呪い。

✘✘✘✘は、私以外にも沢山の呪いを生み出していた、

✘✘✘✘は強さを求めていました。
だから、私達を沢山作ってはその持ってる強さを見ました。

みんなは魔法が使えました、特別な力も持っていました、なにかしらひとつは得意な事がありました。
強さを持っているみんなの事を✘✘✘✘はとても褒めました。

でも私は、

魔法は使えたけど、とても弱くて、なにも得意なことが無くて、特別な力が1つも無かったのです。

✘✘✘✘がそれを知ると、すごく怒って、私の片目に"ナニカ"をしました、

それはすごく痛かった気がします。
気付いた時にはその片目の視野はずっとぼやけていました。

それからは、

✘✘✘✘からも、みんなからも、私は失敗作だと、出来損ないだと、そう呼ばれました。

痛いや苦しいを毎日、✘✘✘✘とみんなから、沢山されました。

痛くて苦しくて、話す時のお約束、敬語を使うの、忘れちゃうから、また怒られて、もっともっと痛くなる、苦しくなる、

ごめんなさい、許してください、約束を破ってごめんなさい、

ごめんなさい、弱くてごめんなさい、役立たずで、ごめんなさい

おねがいします、もういたいの、やめて…。



それからは気を失っていたのかもしれません、私の最後の記憶、覚えてる限りの✘✘✘✘の後ろ姿、追い掛けて、謝らなきゃって、でも身体が動かなくて、声が出なくて、ずっと冷たくて、遠くに痛いのと苦しいのがずっと居て、でもだんだん頭と視野がふわふわして…………。

気付いた時には、私は深層心理に眠っていて。

その外にいるのは、私じゃない
"わたし"だった。

痛いも苦しいも、何も知らない、今までの事を何も覚えていない、偽りの記憶だけを頼りに、世界を彷徨う、捨てられた迷子の子猫。

呪いである自分を人類と誤認識し、存在しないたった一人の家族を探して、世界のあらゆるモノを恐れながら、今を生きている。

それが"わたし"だ。


いつか、深層心理を、私を思い出したら、"わたし"はどうなるのだろう。

おそらく、まだ生きている✘✘✘✘を探して、自ら死にに行く可能性が高い。

私はそれを阻止しなきゃいけない。
まだ、"わたし"には、あの痛みや苦しみを知ってほしくない、味合わせたくない、きっとあの子は耐えられない。

だから、私は、"わたし"が私を、本当の意味で、心から、深層心理を必要とする時が来るまで、眠り続ける。
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