鼓
鼓さん (8zf1pchi)2024/2/3 21:48 (No.93585)削除男は罪を犯した。人としても、そして父親としても。
その男はとても貧しかった。
けれど幸せだった。
なぜなら、その男にはどんなに貧しくてもいつも笑顔で心から愛してくれる妻がいたのだから。
男は妻が笑っていてくれるなら全てがどうでもよかった。
妻のためならその命すら差し出す、と豪語する程だった。
そんな妻との間に子が出来た。
日に日に膨れゆく妻の腹を妻と共に擦り2人で喜んだ。
たとえ何があろうとも、どんなに貧しくとも、自分がこの2人を幸せにする。
男はそう決心したのだった。
しかしそんな幸せな生活にも影が差す。
妻が突然病に冒されたのだ。
苦しみ唸る妻を目の前にしても男は何も出来ない。
貧しいがゆえ、医者を呼ぶことすら出来なかった。
どうにかして妻を、子供を救いたい。
けれど救う力も金もない。
悩みながら日雇いの仕事をする。
仕事場でニヤニヤと笑う男から何やら怪しい噂を聞いた。
『森の奥に住む『湖の乙女』を捕まえれば大金が手に入る』
男はそう言って笑い、そして続けた。
『たとえ亡骸だとしても大金が手に入る、俺はこの仕事が終わったら捕まえに行くがお前はどうする?』
と。
男は悩んでそして首を横に振った。
湖の乙女の話自体は知っていた。
少数種族でありながら、その美貌や歌声から観賞用として所望する金持ちが多いと。
だが彼女達だって"人"だ。
そんな非人道的なことは出来ない、と。
話をもちかけて来た男はつまらなそうな顔をしてその場を去った。
しかし翌日。その男はなんと大金を持って現れたのだ。
『昨日湖の乙女を捕まえた。売りさばいたらこんなに貰えたんだ』
まるで自慢のように、いいや、自慢をしに来たその男は札束を目の前にチラつかせた。
この金があれば、妻と子供を救えるのではないだろうか。
そう思うもそれは目の前にいる男の金。
奪うことは出来ない。
ごくり、と唾を飲んだ。
『…いいか、湖の乙女を捕まえればこれが手に入る。忘れるなよ』
そんな男の様子を見て目の前の男はニヤリと笑うとそれだけ告げてその場を去った。
それにどんな意図があったのかはわからない。
けれど、あれほどの大金があれば愛する2人を救うことが出来る、それだけはわかった。
迷いながら帰路につく。
頭の中はあの男の言葉と大金。
すぐにでもあの大金が手に入れば妻達を救える。
しかし、同じ人類を捕まえて売りさばくなど非人道的すぎる。
悶々としながら家の扉を開けた。
いつものように声をかけるが、妻の声は聞こえない。
おかしい、いつもならどんなに苦しくとも返事をしてくれると言うのに。
男は急いで寝室の扉を開けた。
そこには力なく横たわって、浅い息をしている妻がいた。
妻には死期が近付いていた。
男は焦る。
すぐにでも薬を手に入れなければ妻も、お腹の中にいる子供も死んでしまう。
だが薬を手に入れるにも大金が。
…男は浅い息を繰り返す妻を1人残して家を後にした。
その手にはサバイバルナイフとロープが。
そして1人、森の奥へと進んで行った。
非人道的な行為であることは分かっている。
しかし、これしか方法が残されていなかった。
今からどう頑張ったって大金を手に入れるには数十年かかる。
もう妻の死期はすぐそこまで近付いてきている。
時間はかけられない。
すぐに出来て、大金が手に入る方法。
それ即ち『湖の乙女を捕まえて売りさばくこと』だった。
男は湖の乙女が現れる場所を知っていた。
普段からそこで水浴びをする湖の乙女がいたのだ。
木を切り倒し、薪を作っている時に見かけたのだ。
最初はその1回だけかと思っていたが、よくよく見てみれば毎日のようにそこで水浴びをしているではないか。
水浴びにくる時間はいつも不定期、もしかしたら既に水浴びを終えているかもしれない。
しかし、望みをかけずにはいられなかった。
小さな滝が流れる川の上流。
そこに湖の乙女はいた。
男は運命だと思った。
彼女を捕まえれば妻と子供は助かる。
すぐにでも捕まえたかったが男はグッと耐える。
勘づかれては困る、出来るなら生きて捕らえたかった。
こんなことならあの男に詳しく話を聞くんだった、と後悔する。
だがそんな後悔はもう遅い。
ここまで来てしまったならやるしかないのだ。
彼女が水で濡れた体を拭い、服を着ようと服に頭を通した瞬間、男は素早く飛び出し彼女をロープで身動きが取れないようにぐるぐる巻きにした。
彼女は驚いて声を上げようとするがその口を塞ぐ。
そしてサバイバルナイフをチラつかせて脅した。
『声を上げたら殺す』
と。
彼女は怯えて頷く。
ぐるぐる巻きにした彼女を抱き抱えて来た道を戻っていく。
心臓は驚く程に高鳴り、今にでも飛び出してしまうんじゃないかと感じる。
しかし犯してしまった罪は変えられない。
もう後戻りは出来ない。
街へ続く森の入口、ここを抜けて人身売買の商人の所へ行けば大金が手に入る。
緊張で強ばっていた肩から少しだけ力が抜けた。
だがその瞬間、彼女は身をよじらせ抵抗し、男は彼女を落としてしまった。
彼女は魔法でロープを焼き落とすと森へと走って逃げていく。
男は急いで彼女を追いかけた。
必死に逃げる彼女を捕まえようと手を伸ばすもあと一歩のところで届かない。
追いかけ続け、やっと肩に手が届く。
そして脅すためにナイフを取り出した。
それがいけなかった。
振り向いた彼女の腹にそのナイフが刺さってしまったのだ。
刺すつもりはなかった、脅すためだった。
しかし彼女の腹に深く突き刺さったナイフが彼女の命を奪うことになった。
倒れて腹から血を流す彼女を見ても男は動けない。
動揺してその場に立ち尽くすしかなかった。
どうして、こんなつもりじゃ、俺は悪くない。
頭の中で自己保身に走る。
そんな事をした所でどうともならないのに。
『たとえ亡骸だとしても大金が手に入る』
あの男の言葉を思い出しやっと我に返った。
幸いにも近くに川が流れている。
川まで彼女を移動させると川に浸らせて血を洗い流した。
ナイフはその場に捨ててしまった。
もうナイフに用はない、それに視界に入ると嫌でも罪を自覚させられる気がした。
血が出ないことを確認するとまるで眠っているかのような彼女を再び抱き抱えて街へと急いだ。
人身売買の商人の元へ着けば商人は最初こそダルそうな顔をしていたが、男が抱えている湖の乙女を見ると目の色を輝かせた。
男が『死んでしまっているがいいのか』と問うと商人は何度も大きく頷いた。
亡骸を引き渡した後、商人は男に大金を握らせた。
『たとえ亡骸でも剥製にして飾りたいという物好きはいる。助かったよありがとう』
そう言って笑顔を見せた。
男は手にした大金を呆然と眺めた。
とんでもない事をしてしまった。
人として、許されないことをしてしまった。
そんな後悔が今更男の心を支配する。
しかし妻のことを思い出してすぐに医者の元へ駆け込んだ。
夜遅くだったこともあり医者は嫌そうにしていたが
『いくらでも金を積む』
と言うと喜んで着いてきた。
医者が言うには妻は風邪をこじらせてしまっていたらしい。
なぜもっと早く薬を買わなかったんだ、と医者に怒られてしまったが薬を買うほどの金も無かったのだ。
そう、今までは。
今は違う。
医者に金を渡してもあまり余るほどの金が男の手にはあった。
医者のおかげもあり、妻は順調に回復して行き、そして子供を産んだ。
男の子だった。
妻に似た金色の髪に男に似た青い瞳。
2人は泣いて喜んだ。
これから、3人での暮らしが始まるのだと男も喜んだ。
罪を犯せば必ず罰が与えられる。
ある日の晩、妻と共に子供を寝かしつけていると扉がノックされる。
妻は子供を男に託し、自分が扉へと向かった。
返事をしながら扉を開ける。
妻は扉を開けると同時にその場に倒れ込んでしまった。
男にも何があったかは分からない。
だが異様な雰囲気を感じて、男は子供をゆりかごの中に戻すとゆっくりと近づいた。
そこには男が捨てたはずのナイフを持った美しいブロンド色の髪を持つ美女が。
男の顔から血の気が引く。
それは紛れもない"湖の乙女"だった。
足裏で生暖かいものを踏む。
妻から流れ出した血液だった。
女は笑う。
『リエルを返してもらうわ』
大金を手に入れるために、妻と子供を救うために犯した罪。
その罰が男に下されたのだ。
男の息の根が止まったことを確認すると、女はゆりかごに入れられた子供を取り出して家を後にする。
家に残されたのは1組の夫婦の遺体と先程まで赤ん坊が入っていたであろうゆりかごだけだった。
女は子供を湖の乙女達が住まう森の奥、湖のほとりへ連れて帰ると皆に見せた。
皆は喜び子供を可愛がった。
子供の母となる予定の女も、子供を預かり喜んであやした。
けれど排泄物を洗い流そうとした時、それに気付いた。
子供には男根がついていた。
女ではなく男だったのだ。
それを見た瞬間、母となる予定だったその女は子供をその場に放り投げた。
女は泣いて嫌がる。
『男なんて穢らわしい、育てたくない』
周りの乙女達も女に同情した。
子供を連れてきた女が提案をした。
『予定通り、子供には『リエル』と名付けて地下牢に入れておけばいい。一日に何度か食事を与えれば勝手に生き延びるだろう』
と。
そしてその子供は"リエル"と名付けられ、生まれて直ぐに地下牢へと閉じ込められた。
それから6年、リエルは言葉も喋れないまま地下牢の中で僅かな光を頼りに長く汚い髪を編んでいた。
一日に数回しか与えられる食事、それ以外の時は人なんて寄り付かない。
その時ですら、配給係は汚物を見るかのような瞳でリエルを見る。
生きてる心地のしないこの地下牢で遊べるものなんてリエル本人の髪しか無かった。
そんな彼の元に1人の少女が現れた。
ブロンドの髪に美しい色をした瞳のまだ幼い少女。
どうやら乙女達には嫌われているらしく雑に扱われ、牢屋の中に投げ飛ばされる。
乙女は鍵を閉めるとそのまま踵を返して行ってしまった。
『…アナタはだあれ?アタシはライラ!』
投げ飛ばされたと言うのに少女は起き上がると笑顔でリエルに声をかけた。
ライラ、彼女こそこの後に起こる悲劇の主役であり犯人。
可愛らしい笑顔で声をかけてくるライラだが生憎リエルは言葉を知らない。
自分に投げかけてくる言葉が酷いものである、それは分かっていたが、それ以外の言葉は何一つ知らなかった。
ライラはそれを察したのか自分が知っている言葉を全てリエルに教えた。
喋れるように練習もした。
リエルしかおらず、遊び相手が髪しかなかったリエルに遊び相手と妹ができた。
ライラはリエルのことを『お兄ちゃん』と呼び慕い、笑顔を見せた。
リエルもライラが可愛くてしょうがなかった。
3年後のある日、ライラが呟いた。
『お外に行きたい』
ライラは3年前、地下牢に閉じ込められるまでは地上で自由に暮らしていた。
突然地下牢に閉じ込められて、リエルと2人きり。
つまらないのも当然だろう。
リエルは可愛いライラのためならばなんでもしてあげたかった。
だから、その願いを叶えようとした。
この9年間、リエルは何も知らないわけではなかった。
鍵の開け方を覚えていたのだ。
鍵に近付いて少し細工をする。
するとどうだろう、簡単に鍵は空いてしまったのだ。
後ろを振り返ってライラに笑顔を見せた。
ライラも本当に鍵が空いたことに驚きつつも笑顔を見せた。
『お兄ちゃん!ありがとうっ!』
と。
リエルはその笑顔を見れて満足だった。
ライラの喜ぶことならなんでもしたい。
だってたった1人の妹だから。
だがそのリエルの思いは裏切られることになった。
リエルが先に地下牢の中から出て、次にライラが出た。
外へ続く階段を下から覗けば上には誰もいない。
抜け出すチャンスだ、そう思って後ろにいるはずのライラの方を向けばライラは灯りとして使用されていた松明を持っていた。
このまま外に出るだけなのにどうするんだ、と思うが今まで見たことの無いライラの恐ろしい笑顔を見て動きが固まる。
『さっ、出ようかお兄ちゃん』
可愛らしいはずのライラの声に恐怖を覚えた。
ライラの後に続いて階段を上る。
今までちゃんと浴びたことのない太陽の光。リエルには刺激が強すぎた。
ライラに手を引かれ歩くも、目が開けられず、周りを見ることができない。
だが周りが騒がしい。
『忌み子だ』
『なんでここに』
『早く誰か殺せ』
『早く逃げろ』
逃げ惑う声や足音がハッキリと聞こえる。
何が起こっているのか分からず手で日陰を作りながら目を細めて開ける。
周りを見れば今まで見たことの無いような明るさと茂る木々に建物。
全てが新鮮であり、ライラの話通りだった。
感動していると悲鳴が響く。
驚いてそちらを見やるとそこには赤い液体を流して倒れている女性が。
その液体がなんなのかさえリエルは知らない。
驚いていると次から次へと乙女達が倒れていく。
やっと、目が慣れてきた頃には辺り一面に倒れている乙女達とその乙女達から流れ出た赤い血が。
ピクリとも動かず、生気のない瞳は閉じている者もいれば開いたままの者も。
ここでリエルは改めて恐怖感を覚える。
なんで、どうしてこの人達は倒れているんだ。
わけもわからず当たりをキョロキョロと見回せば倒れた女性の前に立つライラの姿が。
歩み寄り、声をかけようとした時、ライラが振り向きざまに剣をリエルの太腿の付け根に突き刺した。
驚きと感じたことの無い痛みで一瞬声にもならない悲鳴をあげ蹲る。
しかしすぐに苦痛の表情を浮かべながらライラを見上げると血に塗れたライラは楽しそうに笑っていた。
『お兄ちゃん、ねぇ、ありがとう。アタシをお外に出してくれて。アタシね、ずっとこうしたかったの』
そしてリエルにもう一度剣を振りかざす。
が、その瞬間、ライラの足元に倒れていた女がライラの足を掴んだ。
ライラはそちらに気を取られて剣をゆっくり下ろした。
リエルも女に目をやる。
女は額からも背中からも血を流しながらもリエルを見た。
『に、にげ…にげな』
『うるさい』
逃げろ、そうリエルに伝えようとした女の声に被せてライラは剣を女の背中に突き刺す。
罪を犯せば必ず罰が与えられる。
その女もまた、罰が与えられたのだった。
そんな事を知らないリエルはただただ恐怖に怯える。
痛みで動かせない足では逃げようにも逃げられない。
完全に動かなくなった女性を後目に興醒めしたのかライラはリエルの脇をすり抜けて、まだ生きており、怯えている女性の元へ近付く。
女性は怯えて泣いている。
『…ねぇ、母様。アタシ、綺麗でしょう?』
声だけでわかった。
ライラは笑っている。
心から楽しそうに笑っている。
地下牢では、聞かせて貰えなかった心から楽しんで笑っているライラの声。
自分の母親を何度も何度も突き刺して笑うその声は狂気じみていた。
痛む足と恐怖心、全てが初めてのものでリエルは混乱していた。
なんでライラが、なんでこんなことに。
いくら考えても答えなんて見つからない。
だってライラのサイコパスじみた考えは、幼く純粋で素直なリエルにはいくら時間がかかろうとも理解が出来ないからだ。
ライラは次々生き残りを殺していく。
その顔はとても楽しそうで、そして嬉しそうでもあった。
動けないままその場に横たわる。
ライラが持っていた松明が辺りの木々や建物に火をつけて炎上していく。
リエルの周りにも炎が伝った。
逃げないと、生きないと。
そう思うが太ももから動かせない足を引きずりながら移動するのは無理がある。
少しづつ少しづつ、足を引きずって、ほふく前進のように移動する。
切られていない長い髪にも火がつくが今はそれどころでは無い。
何がなんでも逃げないと。
そう思った時、ライラの笑い声が突然止んだ。
辺りから人の足音が。
まだ生きている、普通に動ける人の足音。
現れたのはどうやら男性。
無表情で何を考えているか分からない。
だがライラが悔しそうにして逃げるのを見て彼が危険な人物なんだ、と錯覚した。
もう、リエルはわけがわからなかった。
全てが恐ろしく見えて、全てに怯えて。
再び足を引きずり森の中へ逃げていく。
しかし火のついた木製の建物が崩れるのは早かった。
リエルの上に落ちてきた建物の瓦礫。
逃げられるはずもなく、下敷きになる。
火のついた落下物、逃げようにも感じたことのない熱さと苦しみも息苦しさでパニックになる。
どうしてこうなったの、なんでこうなったの、誰が悪いの。
…そうだ、あの人が悪いんだ。
あの男の人が。
パニックに陥ったリエルの頭は正常に動くことが出来なくなっていた。
悪いのは、この残虐な事件を起こしたのはライラ。
だがリエルはたまたま事件現場に訪れた男性を犯人だと思い込んだ。
火で焼ける左目の周りの皮膚。
もう痛みすらほとんど感じなかった。
ただ逃げることだけ、それだけを考えていた。
足を引き摺ったまま移動する。
左目の周りの皮膚は赤くただれ、水膨れが出来ていた。
体の至る所に痛みが走る。
だが逃げることだけは辞めなかった。
森の中を足を引き摺ってほふく前進のように移動する。
引きずりすぎて服はいつの間にかちぎれ、足は剥き出しになり、また引きずりすぎて血が出ていた。
そんな事には気付かずただ逃げるリエル。
その目に生気は感じられなかった。
誰かの足音がする。
あの男の人が追いかけてきたのだろうか。
どうしよう、逃げられない。
動きが止まる。
しかし現れたのは茶髪のロングヘアの女性。
リエルを見て驚いた顔をした。
リエルと視線を合わせるかのようにしゃがむと心配そうな顔で覗き込む。
『どうしたんだその火傷、それに…足も怪我してるじゃないか、まて、今手当をする』
急いでローブの中でガサゴソと何かを漁る。
しかし今のリエルは彼女が自分に危害を加えようとしているように見えた。
怯えて、恐れて、涙を流して抵抗した。
嫌だ嫌だ嫌だ、怖いのはもう嫌だ。
現れたのは水で出来た小さな小鳥。
だがその小鳥は彼女に向けて突進し、続き始めた。
しかし威力はあまりなく、小突かれている程度のものでしかない。
だがリエルに出せる精一杯はこれだけだった。
両手で頭を覆い怯える。
その姿に彼女は悲しそうな顔をして、何か出来ないか、と考えた。
『……そうだ、女神様のお話をしよう』
彼女は突然そう言うと女神様の話を始めた。
優しい優しい女神様。
きっと誰をも救ってくださる唯一のお方。
どんな人にも祝福をもたらし、加護を与える。
そんな優しいお方の元へ共に来ないか。
彼女の話した物語はまさしく夢物語。
しかし今のリエルにはそれが物語ではなく、現実そのものとして見えていた。
リエルにはその話をしてくれた女性が女神の姿として見えていた。
既に壊れかけていた心、繋ぎとめたのは妹への思いと女神様への信仰。
リエルの脳は現実を直視することはなかった。
全てを物語へと書き換え記憶する。
リエルの記憶は全て夢物語となる。
統合失調症を発症していた。